第十一話 奥さん?違うわよ!監視よ、監視! えっ、ウソでしょ?私が詠唱破棄で魔法!?
タイトルの前半部は嘘です…
オリマッテ・ロットロンから与えられた家は大き目な平屋であった。少し前に、住人が余所へと移った為に空き家となっていた家を改修し、二人が暮らせるように幾らか造りを変えていた。これはマリアンと言う奴隷がいる以上、オリマッテの屋敷に住まわせるわけにもいかない。この家は村のコミュニティーから距離を空けて建てられている。オリマッテにとってはこれ以上に無い条件であった。加えて、孝雄実には土地も与えられた。ここで畑を耕す様に指示を受けている。食料は在って困る事はない。いざと言うときの為に空いた時間に作業を行うと言うことだ。
「へー良い家だな」
孝雄実は外観を見てそう述べる。平屋建てではあるが大きさはまずまず。三人で住むには十分な広さであった。しかし、当初とは違い、エレオノーラが一緒に棲むと言うことで初っ端から構造を変えなければならなかった。
「そうだな、ご主人様!さっ、早く中へ入ろうぜ!」
そう言ってマリアンが扉を開ける。すると中は確りと掃除され、家具から調度品まで確りと揃っていた。これはオリマッテが手配した物だ。此処までされて、何にも思わない孝雄実とマリアンでは無い。しかし、今はそれに報いることが出来ない二人は、オリマッテがいる方角に向かって手を合わせるだけであった。
読者の皆様は不思議に思われなかっただろうか?エレオノーラの事である。彼女は見た目よし、器量よし、加えて才女として領主であるオリマッテにも気に入られている。であるにも拘らず、ロドムを始め、仲間内で何故恋仲にならないのかと言うことだ。
答えは簡単である。男は既婚者であり、さらにダンは弟なのである。これでは親しい中にも発展しない。不倫や浮気と言う事は厳禁である。この国の宗教ではそうなっていて、破れば異端者として処刑されるのである。此処には例外は無い。国教として認められる為に貴族を始め王族にまでその権限を及ぼすのであった。
そうならない理由はもう一つ。この村で一緒に育ち、ロドムらは彼女を妹の様な存在と認識し、エレオノーラは兄と認識している事もそうはならなかった一因であった。オリマッテは彼女の事をどうにかしてやりたいと考えて彼女の身分が障害となる。彼女の家は平凡な農家の家庭である。しかし、そこら辺の男と一緒にさせるには惜しい逸材である。それでは貴族はどうかとなれば、これ又身分と言うものが障壁となる。彼女の才能故に、これはと言う男性が現れなかったのだ。
しかし、それもこれで終わりだとオリマッテは孝雄実達と一緒に住むと言う提案を受け入れた。
「それじゃあ、私は引っ越すわね…」
エレオノーラは実家へと戻り家族と無事を祝い合った。その後彼女は孝雄実の家に住む事を伝えた。
彼女は持てる荷物を持つと実家を出る。大きな荷物運びにはロドム達が参加している。
オリマッテが孝雄実に家を用意した際、準備していたのは二人分の家具であった。彼女の家具は直ぐに手配された馬車に乗せられる。荷物も纏められ、僅か一時間ほどで準備が終わり、別れの挨拶をするのであった。
とは言え、結婚だのと言うものではない。両親、兄弟も今生の別れなどと言ったものではない。寧ろ『おめでとう』と祝いの言葉を、口を揃えて彼女を送り出している。農家の娘としては能力が高く不憫であると感じていた両親はことのほか喜んでいる。
最上位は貴族(君主もこれに含まれる)である。皆が口にする食材を生産する農家の人間が意外にも地位が低いのだ。その家に彼女が生まれてしまったことで心配していたところに今回の話しが在れば喜びも一入である。
「エレオノーラ、頑張るのだぞ。必ず旦那様と添い遂げるようにな!」
「お父さんの言う通りにね。幸せになるのよ!」
だが、この様に言われれば彼女の両親は完全に結婚するものだと勘違いしていると思わざるを得ない。兄弟たちも妹、姉の門出だと想いの籠った言葉を喋る。理由を知る家族はダンだけであるが、彼は敢えてそれを指摘しなかった。姉の事を考えてが三割、楽しいからが七割であったが…
「いや、だからね。お父さん、おかあさん私、結婚する訳じゃ…」
もう何度目であろう。こうは言っても誰も話しを聞いてくれない。又とない好機!両親はそのように考えている。ここで既成事実を作り上げる、二人の思いは一致している。二人の、エレオノーラの家族の中では作戦として『押して、押して行こう!』が主命と為っていたのである。強引に状況を作り出し、気が付けばあらこの通り。そう二人は画策している。この辺りの知恵は彼女に血を分けた者たちと言える。
かくしてエレオノーラは孝雄実が暮らす家へと引っ越すのであった。
「これで良いわね」
軽く息を吐くエレオノーラは安心したように言葉を発する。家の一室を彼女の部屋として、あれよと言う間に荷物を搬入してしまった。…主にロドム達である。皆嬉々として荷物を運び入れていたのを孝雄実たちは忘れない。
「義兄さん、姉の事よろしくお願いします」
極めつけはダンの一言である。実は、孝雄実は二人の関係を知らなかった。今迄彼女たちは関係を話していなかったからだが、話す必要が無かったことも起因している。しかし、そう言われて、孝雄実は大声を上げ驚いたのである。この場にはエレオノーラはいなかった。後に彼が話した言葉を話すと真っ赤になって俯いてしまったのだ。
「まあこれで三人が暮らす用意が出来た訳だが、これからどうすればいいんだ?」
頼りはエレオノーラである。やはり、この家には彼女は必要であった。その観点で言えば孝雄実は非常に彼女の判断に感謝している。マリアンとだけでは何も判らず仕舞いに為りかねなかった。
「夕刻になったらオリマッテ様のお屋敷に向かうことになっているわ。そこでこれからの事を話されると思うの。考えられる事は、私たちと同じ行動をする事ね。内容はオリマッテ様の護衛から周辺の警備、魔物や動物狩り等があるわね。それを報酬として日々の生計を立てる。あとは畑を耕して作物を育てることね」
「じゃあ姉ちゃん。私はどうするんだ?ご主人様とは一緒だけど、良いのかな?」
「それもあとで聞きましょう。それとマリアン、お願いだから姉ちゃんは止めて。普通に名前で呼んで…」
歳は下でも、見た目は年上な彼女に姉呼ばわりされる事は精神的に宜しく無かった。
孝雄実たちは約束の時間までには余裕があると外へと出た。
「ギャウ!」「ガウっ!」
二頭の子虎は、庭駆けまわるではないが、広い敷地を走りまわっていた。元が動物である二頭は、本能がそうさせているのだろうと孝雄実は思った。少なくとも孝雄実は動物と言う認識では無くなっている。
「とりあえず此処を耕すのか…」
彼は土弄りをした経験が無い。そもそも大都会のコンクリートジャングルで育った孝雄実では経験が無いのも致し方が無い。家庭菜園などは見た事があるが、作物を育てると言う行為は小学校で行うアサガオ以来である。
農法自体は知識としてある孝雄実は、幾つか読んだ小説を思いだして、実践してやろうと考えていた。何せ厨二を患っていた時期、もしかしたら俺は異世界に行くのではと、可哀想な考えの元必要とされる知識を蓄えていたのだ。今から五年ほど前の事だが、ふと思い出すと悶絶しそうになる暗黒史である。
「この辺りに井戸はないわね…」
エレオノーラは生活では欠かせない水の供給場を探す。家も周囲とは少し離れている。前の住人はそれが不便であったのだろう。そう彼女は考えた。
蛇口を捻れば水が出ると言う便利な時代では無い。基本的に井戸から水を汲み上げて使用するのが当たり前な時代である。故に家の中には水を溜めておく甕があるのだ。
「なあエレオノーラ、もしかして俺が魔法で水を生み出せば良いんじゃないか?」
二人は孝雄実の言葉にアッとなる。そんな簡単なことと思われがちだが、忘れてはならない。この国では詠唱破棄が出来ない事が前提なのだ。孝雄実が異次元すぎるのである。
「そうね…ちょっと出してみてくれる?」
「分かった、ほらっ」
エレオノーラがその様に言うと彼は簡単に水を出現させる。彼女としてはそうなれば良いわね、程度の気持ちである。そう簡単に魔法を出されては堪らない。
「えっ、本当の水!」
「そのようね…この水は飲めるのかしら?」
エレオノーラは孝雄実が出現させた水を手酌で受け止めると疑うことなく飲む。その間にも蛇口宜しく水がドバドバと流れ出している。マリアンも吊られて水を飲む。
「水だ!何も問題が無い水だよ!」
「そうね…でもこれで井戸の問題はどうにかなりそうだけれど、魔力の方は大丈夫なのかしら、孝雄実?」
彼女の疑問は最もな話しである。一般の魔法使用者はあっと言う間に魔力を枯渇させる。眠れば復活するとはいえ魔法を二度、三度唱えればそれで終わりと言うから、彼がどれほど規格外かお分かりになるだろう。
「そう言えばエレオノーラにも話して無かったな。この位の魔法は殆んど魔力を消費していないんだよ。だから気にしないでくれ」
その言葉に驚かされるのが二人である。この話でも、孝雄実の様に『呼ばれた者』がいた事は説明済みである。そしてその中の一人が、ゲンシと言う言葉を残しているのをご記憶であろうか。白も黒も『イメージを確り』と言うのはその事である。水も突き詰めれば原子の結合である。孝雄実はそこまで考えては居ないが、無意識に中学時代の理科の授業を思い出していた。
人の想像力は無限大である。人の想像力が未来を造るのである、と言っても良いだろう。孝雄実にはこの世界の魔法六元素、火・水・風・土・光・闇と全てが備わっている。それらを統合させる無属性魔法までも可能としていることからも、彼が思い描き、子虎がリンクしさえすれば出来ない事は無いのだ。
「魔法ってこんなに便利だったのかよ…」
マリアンは孝雄実が標準になり始めている。賊時代の仲間の魔法を見てもとても稚拙な物に見えてしまう程だ。
「違うわよ、マリアン。孝雄実を基準に考えないで!」
「なあ、エレオノーラはどの元素を持っているんだ?」
話しは変わり孝雄実が突然彼女に尋ねる。
「私?水と火よ。それがどうかしたの?」
突然何を言い出すのよ、と言った感じで尋ねた。
「詠唱破棄は出来ないって話しだけどさ、もしかしたら出来るんじゃないのかなって思うんだよ」
実際に孝実自身が詠唱破棄を行って魔法を使用しているのだ。ならば彼女も使用出来るのではないかと考えるのが自然な話しとなる。
「えっ、何を言っているのよ。そんな事、ある訳ないじゃない」
「でも俺は詠唱なんてしてないぜ」
「確かに、ご主人様は何も言わずに水を出したよな」
その様に言われればエレオノーラは黙らざるを得ない。目の前で魔法を出したことで反論のしようが無かった。
「でも、今迄だって詠唱破棄の研究は為されていたわ。それでも偉い学者は無理だと結論付けたのよ…」
彼女とて出来るならば詠唱なんて詠みたくないと思っている。それで時間を取られて必要な時期を逸するからである。だから本音では彼の言う通りにしたかった。
「エレオノーラは魔法を唱えるとき何を意識しているんだ?」
「それはもちろん詠唱の文言よ。これを間違えれば魔法は発動しないわ」
これが答えである。これが、そもそも魔法をそれほど発達させない原因なのである。使える魔法元素は限られ、詠唱しなければ発動しない魔法は使い勝手が悪い。そう言う認識なのである。
「成程ね…エレオノーラ、頭の中で水を想像してみなよ」
突然言われても水とは何なのかが分からない。彼女はそう思った。
「水ってどう言う事?」
雨粒、湖の水、海水等水は色々な言葉が生まれる。彼女は単に彼が言っている物がどれを指すのかが分からないのだ。
「ああ、悪いな。俺がさっき出した様な感じだよ。ほらこう言うの…これを頭でイメージして魔力を出してみてよ」
エレオノーラは半信半疑で実行してみる。詠唱では無く、孝雄実の指先から現れる水を、その流れを明確に意識して魔力を流す様にする。
すると彼女の手にジワリと水が出現し、徐々に塊となり手から零れ出す。
「おおっ!出た。出たよ、エレオノーラ!」
我が事のように喜んだのはマリアンであった。威力は弱いがそれでも確りと水が現れる。孝雄実は当初、武器から魔法を出現させていた。それがレベルアップの折にこうやって体から出す事が出来たのだ。つまり、エレオノーラは彼以上にレベルがあり。詠唱破棄を行える素養があったと言う事だと彼は考えた。
「う、嘘…なんで?」
エレオノーラは今自分が行っている事が不思議でしようが無い、と言った思いである。現に水は出ているが一体詠唱とは何なのかが彼女の中で崩れ去ろうとしていた。するとイメージが崩れ始めたのか水が途切れ始める。
「やっぱりそうか…エレオノーラ、あまり使用していると魔力切れを起こすから此処までにしよう」
孝雄実はそこで止めさせる。しかし、地面は彼女が出した水で水溜りを形成させていた。エレオノーラは泥で汚れようが構うことなく、地面の水を触る。
「これが魔法なの?これが、これが!詠唱破棄は無理だと言われていたのに!」
才女と評された彼女は、幾つもの書籍を読んで魔法に関する知識を求めた時期があった。幸い、オリマッテが彼女の才を気に入り、その知識欲を満たすべく書籍を与えていた。その書籍はどれもが高名な魔法使いが書いた本であり、大体は詠唱の文言と共にこう言った形の魔法が生まれると、絵図が書かれている物ばかりである。
そして必ず最後にはこう書かれるのである『詠唱破棄は不可能である』このように高名な魔法使いが、断定しては彼女とてそう思うのが当たり前と考える。
この瞬間エレオノーラはその常識を破り捨てた。再度、彼女は孝雄実が言った水を再現する。次はより大きな水を頭に思い浮かべる。すると次は自然と水が現れるではないか。出しては止めを二度、三度繰り返す。すると安定して水が出るようになった。イメージを強くすれば魔力消費は抑えられる。孝雄実が心配した魔力切れを起こすことは無かった。
「すげぇ!すげぇよ!エレオノーラ!!ご主人様の様に簡単に水を出すなんて…いーなー私なんて水は扱えないんだ…」
そうがっかりするマリアンだったが、孝雄実が折りを見てやってみようとの言葉で元気を取り戻す。
「孝雄実!」
彼はエレオノーラがそう呼んだのでそちらを振り向く。
「貴方は私の救世主よ!」
その様に言うと彼女は抱きついたかと思うと口付をする。一度確りと口を重ね、以降は軽く唇を孝雄実の唇に合わせる。そして最後は永遠に口付をするのではないかと言うほどに長く口を離さなかった。マリアンは目の前の光景に唖然としている。気がある事は知っていたが、まさか人前で出来るとは思わなかったのだ。
「プハッ!え、えええ、エレオノーラさん?何を急に…」
ファーストキス、孝雄実には生涯で初の口付である。それがこれほど熱烈に奪われる形になろうとは、想像すらできなかった。
「口付よ。私ね、初めてだったのよ…」
普段見せない彼女の照れる顔を目の前で見せられては破壊力抜群である。
「そ、そのぅ、俺も初めてだったよ…」
孝雄実がそう言うと二人は自然と見つめ合う。体勢は二人が抱きついたままだ。二人の顔は自然と近づく、最早言葉はいらない。今は二人の思いはシンクロしていた。後は口を重ねるだけである…
「んなこと!させるかよ!!」
その時、マリアンは蚊帳の外であった。加えて二人で変な空気を展開させ始めるではないか。最初は咄嗟の事で唖然としたが、二回三回…と繰り返していく内に怒りのボルテージは上がって行く。仕舞いには初々しい二人の告白である。お互いが『初めて』じゃないだろ!これが彼女の思いであった。
「ちょっといきなり何よ、割り込んできて!」
「うるせぇ、人の目の前で何乳繰り合っているんだ!そう言うのは…ふ、二人の時にしろ!いや違うな、これは私の役目だ!私はご主人様の奴隷だからな!こう言った事は私の仕事だ!」
二人はギャアギャアと騒いでは言い合う。未だに孝雄実は動悸が収まらない。初めて彼女を見たときから素敵な、綺麗な人だなとは思っても、恋愛だのと言う考えまではなかった。しかし行動を共にし、今に至ると明確に彼女を意識するようになったのだ…
『ふん、漸く孝雄実がエレオノーラに意識を向けたか』
『ホントに遅いわよね…』
『でも孝雄実が詠唱破棄を教えたのには驚いたぜ!』
『そうね。この世の理から外れる者ですものね。こうなっても不思議ではないわね』
『でも時期的に早いよな?』
『確かにね…後は孝雄実が気を失って私たちの声が聞こえるか』
『エレオノーラが、気が付くかだな』
『そうね。出来れば彼女に気が付いて貰いたいわ…』
二頭の子虎はじゃれあいながらそう話しをする。周囲の人間が聞けばただ鳴いているだけである……
最後までお読み頂き有難う御座いました。
現在、今野常春が執筆しているお話しは二つであります。当面は此方を掻き続けようと考えておりまして、一日一話を考えております。勿論もう一つも早い段階で投稿します。
ご感想等お待ちしております。
それでは次話でお会いしましょう!
今野常春