第十話 戦後処理の裏側と貴族とは…
二話目です…
孝雄実たち三人は無事にオリマッテ・ロットロン男爵領へと帰還する事が出来た。名称をロットロン村と言い、エレオノーラにとっては故郷である。幸運にも彼の領地は鬼の被害を免れていた。表備えあれば憂いなしとは言うものの、何事も無かった事に彼女は安堵していた。当然であろう自分の家族が心配でない訳が無いからだ。表情も心底安心した柔らかい表情になっている。
先ずは報告である。孝雄実たち一行は真っ直ぐにオリマッテの住む屋敷へと向かう。
「お帰り、エレオノーラ!」
「よく無事で帰って来た!!」
「みんなー彼女が帰って来たぞー!!」
その道中、馬に乗る物はこの村では限られる。村人は真っ先にエレオノーラであると判断して近づき声を掛ける。その声に気が付いて他の村人も寄って来る。次第に彼女の帰還と無事を祝う声が大きくなるのを孝雄実とマリアンは少し距離を置いて見ている。
「エレオノーラは人気者だな、マリアン」
「そうだな、ご主人様」
そう二人で話していると村人は二人にも話しかけて来る。これに彼等は驚くが、それはエレオノーラが行かに凄いかを喧伝する為であった。彼女は周囲の村を含めて有名な才女である。そこで話されていたのが才女であり、面倒見が良く気立てが良いであった。
最後の言葉には孝雄実が首を捻りこそしたが、概ねその通りであると彼女の魅力を学んだのである。そこでは子虎も彼女と合わせて人気となる。大人しく、彼女に懐く虎がマッチしているのだ。
熱烈な出迎えは屋敷近くまで続いた。しかし、流石にオリマッテの敷地内までは入る事が許されない。元商人である事を知る村人も、貴族として彼を迎え入れている以上決まりは絶対である。
「二人とも御苦労であったな。何やら込み入ったことになったと連絡を受けたが一人増えていたのか…」
オリマッテは屋敷の前で彼等を出迎える。商人の頃より続けていた習慣が今でも残っている。しかし、こうする事で得られるものは意外に大きな物が在る。この小さな気遣いが彼の人柄を形成している。
「オリマッテ様、只今戻りました。エレオノーラと近藤孝雄実、無事に務めを果たして参りました。そして此方に居るのが孝雄実の奴隷となるマリアンです」
エレオノーラは馬を下りると代表して挨拶を行った。続けて孝雄実とマリアンも挨拶を行った。
「うんうん。無事で何よりだ。ブラスト辺境伯様から知らせは受けている。その事も含めて話さなければいけないな。さあコンドもマリアンも中に入りなさい」
中へと入ると屋敷とは言え大きめなお家、と言うものである。それでも今は軽く二十人は入れる広さである。此処にはロドム達やオリマッテの家族が待っていた。
「よう、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
先頭を切って話しかけて来たのはロドムである。
「エレオノーラ以外に女を連れてくるとは…やるな、コンド!」
グッジョブと言う様に親指を立てて孝雄実に見せる。
「えーでもそれだとエレオノーラはどうするのさ、アラン?」
「それはエレオノーラの頑張り次第だろ」
ダンの言葉に的確に返答しているアランだが何ともおざなりに聞こえる。
「仲良き事は美しき哉…」
ウォーレンはその様に述べ纏めた。
「お帰りなさい、エレオノーラ。怪我も無く無事に帰って来てくれて嬉しいわ。お二人は初めてですね。私はアリエマ、オリマッテの妻です」
アリエマはエレオノーラに対しては親しげに、まるで娘の様な雰囲気で接している。また彼女も親の様に感じて接しているのだ。対して孝雄実達には丁寧な物腰で挨拶を交わす。これは夫オリマッテと共に商人の妻として支えてきたが故の所作である。
「只今戻りました、奥様」
ただし、形式は必ず必要だと考えるエレオノーラはどうしてもその様に接してしまう。
「いつも堅いわね…まあ良いわ。さあ後ろの二人も席に着きなさい。もうすぐ料理が来ますからね」
元商人、平民の出である二人は心底畏まられる事をされるのが嫌なのだ。特にアリエマは農民の出であるから余計そう言って態度は慣れないのである。
オリマッテの家族を始め、ロドム達を含めた大人数での食事が始まった。最初はぎこちない雰囲気も美味しい、温かい食事を食べ始めれば雰囲気も和やかな物へと変わる。此処では貴族ならではの作法は必要ない。あくまでも外に出たらすればいいだけで内輪では求められない。
そうして宴もたけなわと言う頃、子供たちを部屋に戻したオリマッテは頃合いを見て咳払いを行い孝雄実へと話しかける。
「食べながらでいいからコンド。君の口からマリアンを仲間にした経緯を教えて貰いたい」
そう言われ、孝雄実は精神世界で白と黒に言われたこと以外を話す。エレオノーラには目新しい話しではないが、マリアンにとっては初めて聞かされる理由で驚いていた。特に『全ての功績と引き換えに』と言う言葉には不覚にもグッと来てしまったのだ。
「成程、理由は分かった。それに捕虜の扱いは基本捕らえた者の権利として与えられる。これはエレオノーラだけではない、多くの戦場に出るものは知る話しだ。だけど、貴族にはもう一つ権利が在るのだ。それを捕虜所有権と言う。これはどの様な爵位の者であろうとも決して所有者の意向に刃向かう事は許されないと言うものだ。だからブラスト辺境伯でもどうする事も出来ないのが本当の所なのだよ」
これはエレオノーラも知らない話であった。権利は知っている。だが、ブラストが手を出せないと言うのはどう言うことなのか、と言う事だ。
「いいかい、ブラスト辺境伯はコンドに準男爵位を与えて諸侯軍に編入させた。これで立場上は立派な貴族だ。彼等のプライドはこれで保たれる。これは遊軍として諸侯を援護する為だった」
此処までの話しは、ロドム達はオリマッテから聞いている。知らないのはマリアンとアリエマの二人である。
「ブラスト辺境伯の場合はね。捕虜の扱いで口を挟んでも許されるのは、私の様な陪臣と呼ばれる貴族だけなのだよ。コンドは諸侯の一人として諸侯軍で戦っているのだ。この場合は辺境伯であろうとも、一切捕虜の扱いと処遇に対して、手を出せない決まりになっていたのだよ」
領地を持つ貴族、領地を持たないが王宮で働く貴族などこの国には多くの貴族がいる。陪臣貴族とはそれらの領地を持つ貴族から俸禄、若しくは領地を分け与えられている者を言う。オリマッテはブラスト辺境伯から領地を与えられている。しかし、諸侯と言われる貴族は王から直接領地を与えられている直臣と言う立場である。故にあの戦場ではレイバーグ・コレスタント・ブラストと孝雄実は直臣として同格であり、捕虜について介入することは出来なかったのだ。
「あれ、ちょっと待ってくださいオリマッテさん。もしかして俺は損していませんか?」
漸くここで孝雄実は気が付いた。あのマリアンを仲間に入れる為の苦労はなんだったのかと言う事だ。あまつさえ功績全てを引き換えにして彼女を助けたのだ。
「貴族とはそう言う者なのだよ。知らない方が悪い、全てはそれに尽きるな。だが、ブラスト辺境伯も罪悪感はあるのだ。君を謀らざるを得ない状況が発生していたからな。それが君の功績だ。諸侯では第一位だそうだぞ。必然多くの諸侯は君にお礼をしなければならない。これは慣例となり、出来ない諸侯は淘汰される。実際そのお礼に関してブラスト辺境は多くの諸侯から相談を持ち掛けられていたそうだ。故に騙す形でだが、君から功績を放棄して貰う算段をあの瞬間に思い付いたのだそうだよ。手紙でだがその事に就いてブラスト辺境から謝罪と感謝の言葉をいただいている。後で読んでみると言い」
孝雄実はオリマッテの長い説明で理解はしたが、そんなことはどうでもよかった。
「まあ、それでマリアンの命が救えたのでいいですけど…」
全てはこの言葉に尽きる。孝雄実は彼女を仲間にすることに集中しているのだ。他の事はハッキリと言えばどうでもいい話しであった。
「ご、ご、ごじゅじんざばー」
マリアンは彼の言葉で涙腺が崩壊した。今までは部下をドヤし付け、常に組織を維持管理して護る側であった。当然彼女にもボスになる前がある、しかし少なくとも二年はその側に居なかったことで、人の優しさに触れて感動したのだ。
マリアンは人目を気にすることなく隣に座る孝雄実に抱きつく。マリアンの見た目は年齢以上に大人びて見える。ロドム達はエレオノーラよりも少し年上と見たのかこれは面白いと感じていた。
『エレオノーラにライバル出現だな!!』
そして四人の冒険者仲間は声を合わせて一斉に同じ言葉を発した。これにはオリマッテとアリエマも笑い出す。
「な、何を言って…オリマッテ様と奥様も笑わないでください!」
否定しようとしても顔は真っ赤な状態である。これでは致し方ないと言うものだ。
「ははは、済まないな。エレオノーラ君がそこまでコンドの事を慕っているとは知らなくてな」
そう言うと、エレオノーラは赤らめている顔をさらに赤くしてそっぽを向いた。それにまた笑いが起こる中、孝雄実は未だに抱きついて泣いているマリアンにどうすればいいのか分からないでいた。
「しかしだ、コンド良く聞きなさい。ブラスト辺境伯は君の提案を受けて、マリアンを奴隷として認めた。その事をよく理解して貰いたいのだ。」
彼には今までの笑みは一切無く、孝雄実に言い聞かせる様な真剣な面持ちである。それには孝雄実も泣いているマリアンも彼を見やる。
「野営地襲撃の知らせは聞いている。マリアンが周辺の賊を糾合し奇襲を行った、と言うこともね。この奇襲は随分と上手く言ったそうだね、マリアン?」
そこでオリマッテはマリアンへと目線をやる。すると彼女はギクッとする様に体が硬直する。
「別に責めている訳ではない、言い方が悪かったね。事実確認をしたかったのだ。ここからが問題なのだが、戦えば人は死ぬ。今回、軍勢を集めた理由は鬼の討伐だ。急遽編成せざるを得なかった諸侯は、多くの一族を引き連れているのだ。当主であったり、息子であったりと多く亡くなっている。だからこそ彼女以外は速やかに殺されている。そして首謀者のマリアン、君を殺せと言う声がブラスト辺境伯へと上がっていたのだそうだよ」
オリマッテは呆れている様な雰囲気で話すが、それは後に分かる。この話しは、レイバーグが伝書鳩を使って、彼に手紙を出している事で分かった話である。レイバーグは一諸侯として孝雄実を見ていたが、諸侯はそうは見ていない。準男爵といえども諸侯の一つであることは間違いない。しかし諸侯は、レイバーグが与えたと言うことで陪臣と見做していると考えているのだ。加えて彼等の家族を殺されているのだ。その怒りは半端ないものである。あくまでも表向きはである……
「コンドはマリアンを捕虜にしてから気を失ったそうだね。目が覚めるまで、ブラスト辺境伯がどれほど諸侯を抑えていたか分かるかい?表向きは家族を失い、多くの部下を失ったと言うメンツの問題で怒りを露わしている。下手をすれば戦闘も辞さないと言う程のアピールも行われていたのだ。彼らに君に対して礼金を支払う余裕はない。そして目を覚ましたコンドはマリアンを仲間にしたいと言い出した。そこで、ブラスト辺境伯は君の言葉を、諸侯を抑えつける事に利用したのだよ」
オリマッテはその後『予想だけどね』と付け加えて以下の言葉を話す。
「功績の返上、恐らくはこの言葉をコンドに言わせ、提案しようとしたのだ。諸侯は諸侯に救われればその功績に応じて礼をしなければならない。これは暗黙のルールのだ。今回コンドが助けた諸侯はかなりの規模に上っている。金額にすればとんでもない額となるだろう。しかし今回、諸侯は計り知れない被害を負ってしまった。それでもコンドには礼をしなければならない」
オリマッテはその様に話し、諸侯の本音を言い表して行く。これが呆れた理由だ。
「オリマッテ様、つまりブラスト辺境伯様は二重の意味で財政的に苦しい諸侯を救う為に、と言うことでしょうか?」
エレオノーラは此処までの話しを聞いて、そう結論付けた。二重とは軍事行動を起こした事とこれから発生する支出である。特に後者は予想出来ない苦しさが待っているのだ。
「そうだ、だからコンドに功績破棄をさせた。これで、この度の戦いにおける彼の戦功は無いものとなり、諸侯はお礼を気にしなくて良いことになる」
「でもオリマッテ様、どうして孝雄実に強制的に破棄をさせなかったのですか?」
ダンはそう尋ねる。孝雄実を含めた四人の中でブラスト辺境伯が一番上位に位置している。ならば多少強引に出て彼にそれを言わせてもおかしくはない。
「そこがあの方の配慮なのだよ」
そう言われてオリマッテは嬉しそうにレイバーグの人柄を話す。
「確かにそれも出来るだろう。でも、ブラスト辺境伯はコンドの事を考えたのだ。彼が自分から功績を返上したことで諸侯は、彼へのお礼は必要なくなった。そこが肝心なのだよ。印象だよ、ダン。自分からするのと、強制的にさせられるのでは諸侯の反応が変わって来る。後者ならば嫌々、仕方が無く、そう受け取られても仕方が無い。例えコンドがそんな気持では無くとも、受け取り手はそう考えるとは思えないだろ?」
「ああ、なるほどー」
ダンは納得の行く表情になる。周囲も頷いていた。これはレイバーグの配慮を感心してのことだ。
「そして奴隷だよ。これは従来の奴隷ではない」
そう言ってオリマッテはマリアンを見る。
「マリアン、君はこれから一生コンドの奴隷として生きねばならない事を理解しているかね?」
この世界には主に二つの奴隷がある。一つは一般的な奴隷、契約しての奴隷である。金銭面で困って、弁済できない場合これが主な理由だが、罪人が成るものではない。契約故に契約内容に定めた理由を満たせば解放される。もう一つ、これがマリアンの成った奴隷である。範囲は限定されないが、特別な理由が存在する場合、伯爵位以上の者が指定した者はこの奴隷にすることが出来る、と言うものだ。
彼女はその特別な理由に該当するのである。要は貴族を多く死なせたことである。この場合奴隷は所有物となる。人では在らず、即ち人権と言うものが無い。
日本国でもペットを飼っている方は多くいよう。そして彼等は家族として見做しているが法律において動物は物として見做されている。人を殺せば殺人、殺人罪に問われるが動物を殺しても器物破損となる。
奴隷とはその様な扱いとなる。人では無いのだから何をしても良い。それがこの世界の常識である。特にマリアンの様な者が成る奴隷は、一年以内に亡くなる可能性が七割にも登るのだ。だから諸侯は溜飲を下げてこの決定に異議を唱えなかったのだ。
「勿論理解しているっ、しています」
ついつい普段の言葉使いをしそうになり、慌てて言い直す。
「ならばいい。君はコンドが要求した事には異議を唱える事は決して出来ない。今は自由意志で行わなければならないが、折を見て契約を行うから覚悟しておいてくれ」
近くの教会にて行われる主従の誓いである。一般的な奴隷は契約書で関係を構築するのだが、後者は生涯と言うことで肉体的に契約を取り交わすのだ。
「わかりました!」
マリアンは意外にもウキウキしている。出会ってまだ数日しか経過していないが、孝雄実がどう言った人物を理解していたのだ。つまり、奴隷がどの様な扱いを受けるのか、言われていたほど過酷なものではないと悟っているのだ。
その後は全員が自己紹介を行い、食事は終了するのであった。そしてオリマッテはエレオノーラ達に燃料を投下する。
「そうだ、言い忘れていたよ。コンド、君には行く当てが無いだろ。暫くは此処で暮らすと良い。家は少し離れた場所に用意してある。直ぐにでも暮らせるよう準備は終わっているから安心してくれ。当然マリアンも一緒だ」
マリアンは孝雄実の所有物である。これは当然のことである。しかし、感情としてエレオノーラには受け入れられない話であった。
「私も、私も孝雄実と暮らします!」
恋愛は理屈じゃない。何時から恋をした。何時から好きになった。何時から…エレオノーラはオリマッテの言葉で遂に覚醒を果たす。自分の気持ちに素直になる覚悟を持つ。彼女の帰る家は確りと在るのだがそれでも、それでも二人にはさせておけなかった。
周囲は此処までとは思っていなかったが、オリマッテ夫妻は娘を送り出す心境で彼女を見たのであった……
最後までお読み頂き有難う御座いました。
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誤字脱字ありましたら御一報いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春