第六話 俺が貴族になる?何を馬鹿な…えっ、ホントなんですか!?
ブラスト辺境伯がぶち上げた諸侯軍救済作戦、それがオリマッテら家臣を悩ます深い森に住む賊の討伐であった。資金は全てブラスト持ちである。鬼が破壊する被害額と深い森での山賊対策を考えれば圧倒的に後者が安上がりである。加えてブラストには二つの利点がある。一つは諸侯に対して借りを作る事、もう一つは家臣が安心してブラストルアイクへとやって来ることが出来る事だ。当然諸侯もそのお零れに与る事が出来る。また商人も安心して商売が出来るようになる。経済効果を考えれば好機である。
この資金は鬼討伐で入る報酬金である。家臣のオリマッテが倒した事になっている為一度レイバーグに渡されてから彼に渡される仕組みである。自然災害級の出現である為に、王国から下賜される報酬金は莫大である。オリマッテに渡してもレイバーグには多くの金が残る事になっている。それを諸侯に支払っても利益が出る。マイナスになる事は万が一にも無い。
先鋒は諸侯が担う。飽くまでも諸侯の救済策である為に家臣等は後方で待機である。家臣等は補助として役割を与えられている。諸侯軍の兵士が被害に遭った際の対処も家臣の役目である。煩わしい補給等は全てブラスト家軍が担うと言う事だ。そう言ったことからも諸侯が頑張れる理由になる。
レイバーグは森には入らず、丘から双眼鏡で森を見ている。彼は一諸侯軍の総大将である。戦う諸侯の頑張りを見るのも彼の仕事である。負けるはずのない戦いである為に余裕を持って眺めている。既に森からは煙が登っているのが確認できる。そこでは戦闘が行われている。
「大分派手にやっておるな、諸侯等は…」
「何仕方ありますまい、最早恐れるものが無いのですから…」
そう言うのはアシュリ・ホルクス子爵である。彼は腹心として常に彼の側に仕える男である。
人とは現金な者である。そうアシュリは思っている。悲壮感が漂っていたブラスト家を中心とした諸侯軍。取り分け諸侯はその色が濃い物であった。それは対策の不備である。レイバーグは常に有事に備えて家臣等を集めて対策会議を行い、領地で暮らす領民への配慮も欠かさなかった。
その差が今回の行動に良く反されたのである。当然改善点が浮き彫りとなった点もある。だがそれすらない諸侯とでは圧倒的に領主の器と言うものが鮮明となった。それはレイバーグの家臣と兵士だけでなく諸侯の家臣と兵士にもレイバーグと諸侯との差が見てとれた。
彼はこう考えている。これに危機感を持った諸侯が自分を中心に防衛対策を構築できれば最良だと。既に彼の器をこの場にいる者に見せつけた。これで変わらなければそれまでの話しである。数人は切り捨てなければならない諸侯はいるが、必ずそうなると期待を込めた目で彼等を再度見やる。
「全くだな、それでコンドはどうなのだ?しっかりとやれておるのか?」
レイバーグが気にするのは急造編成した一部隊である、近藤孝雄実の遊撃隊であった。話しは彼が諸侯の救済策を話していた時である。恐れるもの無しだと勘違いした、どこかの貴族が孝雄実の実力は本物か、と投げ打ったのである。レイバーグを始め、こいつは何を言っている。そう心の底から彼の頭を心配したのだが、そう心配しなければいけないものが後三人続いた。その時点でキレてしまったレイバーグはオリマッテにこう言ったのだ。
「済まないがオリマッテ、君は領地に戻らねばならぬのだろう。そこでだ、君の所から人材派遣としてコンド・タカオミを貸して欲しいのだ」
そう彼はオリマッテに言ったのである。要は諸侯に実力を見せよう。そしてあの馬鹿どもに知らしめようと言う暗黙であった。それを知った彼はレイバーグの言葉に快諾して、エレオノーラを付けて参戦させると言ったのだ。オリマッテは二人の相性が抜群であると考えている。彼の商人の勘、そして領主となってから鍛え上げた勘を統合しての結論である。
結局二人を一諸侯軍の一つとして編成することとして、賊討伐に参戦させることにさせたのだ。その際、辺境伯に与えられた権限として準男爵位を与えることで諸侯軍と言う枠に入れる根拠とした。
そんな会話がされている遊撃隊の二人と二頭は悠々と森を進んでいた。諸侯軍の編成はまちまちである。少なくて百名、最大でも五百名である。賊の総数は三千人程が存在していると言う計算が為されている。賊は幾つもの集団で住んでいる。この中にも彼等の縄張りが有り、対立する集団もあるほどだ。だから結託する事は余りないだろうと考えて、各個撃破が可能であると考えられている。孝雄実とエレオノーラはそんな諸侯の補佐である。要請があればその援護を行うようにと言う命令を与えられていた。
「またこの森に戻って来るとは…」
孝雄実はそう言いながら、ボウガンで矢を放つ。この時は子虎が魔力を流す事はない。そんな事をしなくとも問題ないと考えているからだ。
「そうね、それも孝雄実が準男爵なんてね…」
彼女も弓を用いて賊を射抜く。近接武器も使えるが、どちらかと言えば弓の方が得意であった。
「それには俺も驚いたよ。あっ向こうで兵士が呼んでいる。行こう!」
諸侯の兵士が大声で孝雄実を呼ぶ。その声に反応したのだ。これが彼の仕事である。
呼ばれた孝雄実は魔法で作成した矢で問題を解決していく。彼はただこうしたい、ああしたいと明確なイメージを頭に思い浮かべるだけで良い。後は二頭の子虎がやってくれる。勿論彼の魔力を使用してである。
何とも便利なものである。それは諸侯が一心に思う彼の感想である。これは使い勝手が良い者と言う言葉も少しは含まれるが、彼の使用する魔法が本当に羨ましいのだ。
矢の形状であるが、人数が多ければその限りでは無い。狙撃の様に放つ場合もあるし、集団の場所に着弾させて爆発させる場合もある。全ては彼の思いのままである。虎を介する場合もあるが、大体は彼の魔力でどうにかなるのであった。
この援護を受けて流石は『呼ばれた者』だと思う者が居る反面、彼を危険分子と捉える者もいる。そうでなくともこの国では災害級の鬼を一人で倒せる程である。此処までで諸侯の誰もが信じざるを得ない行動を見せていた。
「あー疲れた…」
初日は大成功であった。遊撃としてエレオノーラが操る馬で移動しては矢を放つ。そして次の場所へと一日で彼の魔法を披露して、諸侯等に実力を見せつけた。
「まったくね…本当に疲れたわ」
二人は何故か同じ天幕に通されていた。レイバーグにしても、いかに『呼ばれた者』と言う肩書があろうとも二人だけには関わっていられない。この日全ての賊を倒していれば別々にという配慮が有ったかもしれない。彼も総大将として多くの職務が待っている。その為二人を気にするまでには行かなかった。
「それで…」
エレオノーラが言い淀むのは天幕の広さである。二人が寝転がるにはちょうどいい大きさなのである。
「今回は二人分あるから問題ないですね!」
さあ疲れたから寝よう的に中へと入る。
「ちょっと待ちなさい!」
襟元を掴むと面白い声がである。孝雄実は彼女にそうされて変な声と共に行動を止められる。
「ちょっと、何で止めるのさ。明日も早いんだから早く寝ようよ」
その言葉に何故か彼女は顔を赤くする。
「しゅ、しゅしゅしゅ、淑女に対して、寝ようと言うのはどう言う了見かしら?」
「何言っているんだよ、エレオノーラ。疲れているんだろ?早く寝ないと疲れが残るじゃないか…」
そう言ってもう一度中へと入って行った孝雄実である。残された彼女は自分の勘違いで招いたとはいえ此処は多くの兵士らが集まる場所である。彼女の声は筒抜けであった。
「それじゃあお休み、エレオノーラ」
孝雄実は彼女の気持ちを気にすることなく直ぐに目を閉じると寝息を立てる。既に彼は限界であり、今の彼女を気にする余裕はなかった。
「お休み、孝雄実…」
こうやって寝るのは二度目である。こうやって男性と寝るのも二度目の経験であった…
翌朝、日光といつの間にか侵入していた子虎の舌の感触で目を覚ました孝雄実は、獣臭さを落とす為顔を洗っていた。そこへとある貴族が声を掛けてきた。
「お前がコンドと言う者か?」
丁度顔をタオルで拭いている最中で全く顔が見えなかった。
「はいそうですよ。俺が近藤孝雄実です。どなたでしょうか?」
「むっ、そうであった。私はルコツ、ルコツ・フェンバー男爵と言う。準備中に申し訳ないが少し話を良いだろうか?」
孝雄実が見やると確かに青年の声だがどう見ても女性のなりであった。だが近藤孝雄実は動じることはない。オネェ、男の娘等と言う文化を輩出している国で生きて来たのだ。目の前に居る者が誰であろうと平然と対応出来る精神力を持っている。
「ええっと、此方が俺の天幕です。少しお待ちくださいね…」
孝雄実は話しを聞くべく、近くにある彼等の天幕へと誘った。その際エレオノーラが居る為に念の為に確認を取った。
「エレオノーラちょっといいか、な…」
見目麗しいその裸体が彼の目に飛び込む。彼女とて女性である。身嗜みはしっかりとしたいのが本音だ。男性が多い野営地では、この様に天幕内で体を拭いたりするのであるが、孝雄実はその様な習慣を知りはしない。彼にしてみれば幸運であり、彼女には不幸の何ものでもない。孝雄実の彼女への好感度がぐーっと上がっただけである。
「ごべんなざい。ごぢら、ルゴヅ・ベンバーだんぢゃぐでづ」
エレオノーラは容赦しなかった。以前もそうだが、この手の行為は結婚するまでは絶対に禁止であると言うのが彼女の考えである。ボコボコにされた孝雄実はギャグキャラ宜しく顔をパンパンに腫らしながら彼を紹介する。
ルコツは多少顔を引き攣らせて、エレオノーラは平然と悪びれることなく三人は席に着いている。
「朝から申し訳ない。私はルコツ・フェンバー男爵と言う。この度はコンド準男爵にお願いがあって参りました」
そう言って彼は話し始める。昨日の戦果である。彼の治める領地は人口が少ない為に、動員できた兵が最小の百名であった。出来れば働き手である彼等を無事に領地に返したい。しかし、何もしなければブラストの救済から漏れてしまう。その為に何とか無理をせずに戦っていたのだが、如何せん兵士の錬度に問題があった。少し戦っては休みを繰り返していたのだ。体力的には問題なかったが彼等は農民である。武器を持つのも初めてというから驚きである。形だけは戦闘をしているがどうしても評価されるまでには行かなかった。
「私の領地は争いとは無縁なんだ。鬼が現れる事は昔から言われている。しかし、定期的にそれもほぼ決まった頃にだ。私もそれを意識してまだ大丈夫と踏んでいたんだが…」
要は完全な準備不足である。貴族の誇り、貴族とは格在るべしと言うことで此処へと来たのは良いが、まさかこうなるとは予想外であったと話す。鬼討伐であれば動員人数の少ない彼等も補給物資の輸送や怪我人の搬送などで活躍できる。しかし、その当ては孝雄実によって潰えた。ルコツは直接言わないが、そう言っているも同じだとエレオノーラは思った。
「つまりは孝雄実に手伝って欲しいと言うことでしょうか、フェンバー男爵?」
彼女の言葉はあんまり歓迎していない雰囲気を含んだ声であった。それは孝雄実にも彼にも受け取れた。
「そうだ。恐らく今日で賊討伐は終了するだろう。それで戦果を上げられなければ此処へ来た意味が無いのだ…」
随分身勝手な話しだとエレオノーラはそう思った。領地の規模等で差は生まれるかもしれないが、オリマッテを知る彼女はそう思ったのだ。彼はしっかりとブラスト辺境伯の薫陶よろしく、少ない資金を巧みに運用して領地への投資と、鬼などの対策にしっかりと予算を配分していた。さらにルコツは諸侯である。つまり身分差はあるとはいえレイバーグと同じなのである。
権限と言う点でルコツは領地内であれば彼が王さまである。富ますも廃れさせるも彼の才覚である。
「どうすればいいのかな、エレオノーラ?」
孝雄実はこの場合の対処を彼女に求める。だが彼女にしても答えは分からないのが答えである。
「それでは今からブラスト辺境伯様の所へと参りましょう。そしてお願いしてみてください。私たちは辺境伯様より、諸侯軍の援護をせよと命令を受けております。その命令を覆して頂かなければどうする事も出来ません」
彼女の言う通りである。元はオリマッテの人間である二人は、レイバーグの求めによって差し出されたのである。諸侯を援護するに当たり急遽準男爵位を与えられては居るが、これが終われば返すことになっている。言わばレイバーグの家臣である孝雄実を独占する為には、直接諸侯の一人であるレイバーグにルコツが頼むしかなかったのだ。
「それで、どうした?」
レイバーグは無理な願いを受け入れ、面会を許した。単にオリマッテの人間である二人が居るからである。
「ブラスト辺境伯、お願いだ。この二人を今日一日私にお貸しいただけないだろうか!」
ルコツはそう言って彼に懇願した。動員兵が少ない領主は昨日、孝雄実が助けていたのだ。故に今日は多くの兵士を動員している領主の出番であった。ブラストはしっかりとチャンスを与えていたのだ。賊がバラけている間に戦功を与えて救済するという彼の優しさであったのだ。
だから昨日戦果を挙げた領主はブラストから報奨金を貰うとさっさと領地へと引き上げていたのだ。つまり、彼は孝雄実と言う運に見放されてもいたのだ。
「成程…戦果を上げられなかったと。それで今日コンドを貸して欲しいと…」
「はい、何とか戦果を挙げなければならないのです。しかし、当家は人数が少なく、錬度も低い有様です。これでは賊相手でも戦いになりません」
「ふむ、確かにフェンバー男爵の領地であれば動員数は少ないでしょうな…それに場所柄兵士として調練させるのも一苦労であると」
「で、ではお貸しいただけるのでしょうか!」
この場には彼ら以外にもアシュリ・ホルクス子爵もいる。彼はあきれ顔でルコツ男爵を見ている。人としては悪くはないと思うが、貴族としては最悪である
「何を勘違いしておられる、フェンバー男爵。私はその様な事言っておりませんぞ。そもそもどうして卿はそうなる前に願いで無かった?コンド準男爵は諸侯に呼ばれあっちこっちへ転々としていたのだ。卿が昨日不利を悟った時点で、彼に救援を乞う旨の使者を出せばよかったではないか!」
そう言ってレイバーグはテーブルを叩き付ける。怒る理由は彼の元へと入る報告であった。当然フェンバー男爵の事もである。報告では『常に休憩を挟み、やる気を感じられず』と言うものである。ルコツが孝雄実たちに話していた事と齟齬が有る話しである。そうなるのは彼が兵士の尻を蹴り上げないからである。時には厳しさを見せる事も領主の役目である。そうレイバーグは考えている。
いつも甘い顔をしていれば領民に舐められる。こんな事はどの貴族でも分かっている事である。飴と鞭は使い分けが求められる。フェンバー男爵はそれを怠っていたのだ。
「あのーブラスト辺境伯様…私なら別に構いませんよ」
孝雄実はその様な事など抜きにしての言葉である。困っているのだから助けたい。彼はただその一点であった。
「君は何を言っているのか分かっているのか?」
レイバーグが尋ねる。隣に座るエレオノーラも同様の思いであった。
「一応は…そもそも私が参戦している理由は私の実力を皆さんにお見せすることですよね。でしたら昨日の間でお見せ出来たと思います。ならば今日は困っている彼を助けても良いのかなとそう思います」
そう、彼を準男爵にして深い森へと送り込んだのは孝雄実が述べた事が理由である。つまり、目的は果たしていたのだ。
「……確かにコンド準男爵の述べている事は正しい。昨日の君の働きは勲功一位である。多くの諸侯が絶賛していたよ。これによって君の実力は証明された。そこは正しくそうだと私も認めよう。しかしだ、今日戦う諸侯はどうする?彼等は君を頼る事は出来なくなるのだぞ。そうなれば独占したフェンバー男爵へ恨みが行くとは考えないのかね?」
フェンバー男爵はその事を完全に失念していた。彼は自分の行動によって生じる影響を考えていなかったのだ。しかし、ここで思わぬ報告が届いた。
「申し上げます。賊が、全ての賊が集団となって此方へと侵攻してきます!」
兵士の知らせが緊急事態を告げたのであった…
最後までお読み頂き有難う御座いました。
ご感想等お待ちしております。
それでは次話で御会い致しましょう。
今野常春