第九十五話
「は、外した!?」
トリメスの放ったフレイム・ボムは巨人ストーンゴーレムの動きを止めることには成功したが、傷一与える事が出来なかった。
「つ、次を!トリメスさんもう一度同じ魔法をお願いします!!」
しかし、この言葉は残酷であり絶望であった。現にトリメスは顔を青褪めさせていた
「む、無理だ…僕の魔法は一撃必殺だ。二体同時ならば倒せるが、一度放てば今日はもう無理なんだ!!」
次第にトリメスの体が震えだすのがみんなの目に移る。これは魔力切れの兆候であり、冒険者ならば分かるものだった。だからこそ、六級以下の冒険者は狼狽し始める。
「慌てるな!おい、お前たちはトリメスを連れて後方に下がれ。ここで犠牲になられては堪らん」
突如下手に出ていた五級冒険者の二人が口調と態度を変えてトリメスの前に出た。その態度が気に入らずトリメスは怒りだす。
「な、何だと五級風情が!」
「魔法の放てない冒険者などこの場では邪魔なだけだ!」
そう言って五級冒険者はトリメスを六級以下の冒険者に突き出し、直ぐに詠唱に入った。
二人が詠唱している最中、他の冒険者は素直に指示に従う。これはあくまでも時間稼ぎで在り、リィーナ達が駆け付けてくれるのを待っていたのだ。
「フレイム・ショット!」
「ウォータ・ボール!」
二人は同時に攻撃を行った。ランクで言えば中と下の魔法だが、威力は魔力に比例する為莫迦にする事は出来ない。そもそも、冒険者は熟練した魔法を好んで使用する傾向がある。戦闘において、不慣れな魔法で命を落とすよりも、一ランク下の魔法でも慣れ親しんだ方を好んで使用する。二人は新人の時以来この魔法を必死に磨き続け五級と言う壁を超えるに至った。
六級と五級はたかが一階級の違いだが、大きな壁となって冒険者に立ちはだかっているのだ。六級までは地道に頑張れば昇級するが、以降は魔法の実力も試され力が合っても昇級する事はない。その理由が魔法に弱く物理攻撃に強い魔物の存在だ。強くなればなるほど何故か魔法に対して弱点を晒す様になるのがこの世界である。だからこそ冒険者ギルドはその境界を重要視し、危険な依頼は五級以上に割り振っている。
そんな二人はアルバア・ショーとドッテン・クルゼンと言う。彼等が出会ったのは二年前になる。近しい実力と同じ年齢と言う事もあり互い切磋琢磨し此処まで頑張って来た。そして、いつしかチームを結成し二人組として活動していた。
「だめか?」
「いや、効いているぞ!」
フレイム・ボムに比べ、二人の魔法は弱いが長年磨いて来たからこそ威力には自信が有った。しかし、目の前のストーンゴーレムには亀裂を加えるのが精一杯であった。
「ふん、見たことか!僕が倒せないのにお前等が倒せる筈が無いだろ!!」
後ろで拘束していた最早問題児化しているソロ冒険者トリメスはそう言って二人を貶す。
拘束する冒険者仲間も嫌な顔で彼を見ているが当の本人は気が付いていなかった。そして二人は気にする様子もなく前を見据えている。
「もう一度だ」
「分かっている。行くぞ!!」
二人が放った魔法は詠唱を簡略化していた。狙いは亀裂の拡大である為、質より量を二人は選んだのだ。もとより倒す事よりも足止めをして彼女等が来る事を期待する戦術であった。
此の場に『戦姫』と呼ばれるリィーナが居る。そして彼女と一緒に居る孝雄実たちが居る。そんな彼等は間違いなく此処よりも早く敵を倒し駆け付けてくれると信じていた。だからこそ徹底して足止めの様に一点を集中して攻撃していたのだ。
しかし、人間の魔力量は少ない。その為トリメスが一回で魔力切れを起こしたように、ランクが劣る二人の魔法も十回も使用すれば打ち止めとなってしまう。
そして二人は限界を迎える回数となる。
「くっ、俺は次で限界だ」
「俺は後二回は撃てるが…」
二人は目を凝らすとストーンゴーレムは亀裂に泥を流し込み自己再生している。毎回トリメスが一撃で破壊していた事もあって初めて見る光景であった。しかし、二人は取り乱さない。後ろには今にも失神しそうになる六級以下の冒険者が居るのだ。ここで弱音を吐いて士気を崩壊させる訳にはいかなかった。
「よし、もう一度。これでリィーナさんたちが来てくれる事を信じよう!」
「ああ、分かった。……撃て!!」
有らん限りに放った魔法は再生中の部位にヒットしたが目覚ましい効果を上げる事は無かった。この時も勘違いした者が色々と二人は罵っているが無視を決め込んだ。
「二人ともよく粘ったわ!後は任せなさい!」
リィーナの声がアルバアとドッテンの耳に入り込んできた。今にも気を失いそうな中、短い言葉の中に二人を称賛する何かが含まれている様に感じた。そして、気が緩んだ二人は地面に倒れ込んだ。
「ふっ!」
リィーナは魔法剣で攻撃した。
「硬い、新種か!?」
今迄戦って来たストーンゴーレムよりも自身の刃が通じにくくなっている事に瞬時に気が付いた。
「金属…まるで鉄の様に硬くなっているわ」
幾度となく高速で斬りかかるリィーナの攻撃も何とか食い止めるのが精一杯であった。
しかし、数を重ねて行くと全てが金属とではない事を発見した。表層に金属を集中し中はストーンゴーレムを構成する土や岩で構成されていた。
孝雄実たちもリィーナが戦っている状況で駆け付ける。
「サラ、リィーナの援護を頼む。それと…」
孝雄実が二の句を告げようとするとサラは駆け出していた。鎧モードに変換している為頷く事で彼女は分かっている事を彼に告げた。
信頼関係によることから孝雄実は安心して魔法の準備に入れる。
「リィーナ!」
サラは敢えて鎧を解いて騎乗モードで彼女の下へと近付いた。これでも戦えない訳ではない為危険を冒さなければどうという事もない。
その声に反応したリィーナは直ぐにサラの下へと駆け寄った。
「何?」
「孝雄実が魔法を放つわ」
二人はそれだけでどうするべきか分かったかのように動き出した。
「もう少し痛めつけるわ。あなたも手伝って!」
「分かった!」
主に右足に集中して攻撃していたリィーナは回復しつつある箇所を見て驚嘆したが諦めず斬り付ける。そしてサラも再び鎧を纏うと同方向を攻撃し完璧な足止めを行う。
そして執拗な攻撃から孝雄実の攻撃が行われたのは正味一分後のことであった。二人はタイミング良く彼の攻撃が放たれるという直感にその場を急いで飛び退いた。
「間近で見ると本当に凄いわね」
「……ええ、そうね。それにしても今回のストーンゴーレムは随分と粘ったわね」
サラは鎧からモードチェンジするのに遅れ少し言葉を返すのに遅れてしまった。
「ああ、そのままだと話せなかったわね。あれは恐らく新種…外側は金属、内は泥の様にも感じるけどどう思う?」
リィーナは金属を破って以降の異常な回復能力に舌を巻いた。攻撃しても手応えが無く、その都度穴を埋める様に泥が内から外へと溢れて固めていたからだ。
ストーンゴーレムであればアルバアとドッテンの魔法でも倒せたものだが相手が悪かった。そしてトリメスの魔法攻撃は外れたのではなく、装甲で守られたのだと悟った。
魔法効果と相性の問題だったのだ。爆発は外へとエネルギーが逃げることで威力を発揮する。つまり密閉された内側から爆発を行えば最大効率を狙えるが、その逆は著しく効果を損なう恐れがある。今回は中に泥が入り込んでいた事でほぼ無傷の状態となったのだ。
「さ、取り敢えず戻りましょう。っと、あれを回収しないとね」
リィーナが破壊された巨人へと進み光沢のある球体を回収した。
村は予想に反した巨人の出現に一見平穏に見えたが、それは誤りであった。多くの村人は三か所に分散した巨人と色の異なるそれを見て恐怖を感じていたからだ。村人にはストーンゴーレムと戦う術は持たない。有れば既に村の英雄として日々戦っているからだ。
リィーナたち冒険者も周囲には分からぬ様平静を装って帰還を果たす。実際には問題だらけで、僅かな休息期間で改善させなければ次も同様の結果に為りかねなのだった。
これらはやはり油断と慢心が生み出したとリィーナは考えている。村人も冒険者もいつもの事と考えていた結果が今回の事を生じさせたのだ。その張本人トリメスは魔力切れを起こし口だけは聞ける状態なのを、リィーナが煩いからと強制的に眠らせてあった。
「皆よくやってくれた。本当にありがとう」
村長のフーガは冒険者全員の前で礼を述べた。今迄は部下が村長の言葉を伝え、多少グレードを上げた料理が振舞われるだけであったが、今回は直々に姿を見せたことでどれほど危険な思いをしていたかが常駐冒険者には伝わった。
「これが冒険者の仕事よ。後はいつも通りに働けるでしょ、長?」
「そうだな、山の住人たる俺たちは木を切り倒し、日々の糧を得ている。これもお前たち在ってのことだと改めて思い知らされたよ。今日は村を上げてお前たちと宴を開くから楽しみにしていてくれ」
『有難う御座います!』
フーガの言葉に全員が礼を述べてその場で解散となった。
アルバア達常駐冒険者が退室した部屋にはフーガとリィーナ、孝雄実たちが残る。
「今日ほど死を覚悟した日はなかったぜ」
「それは油断と言えるわね。まあ、何時も決まった間隔、個体数によって作業の様に感じていた。だからこそ瞬時に対処できなかった」
これは冒険者自身の失態でもあるが、村長には緊急時に指揮権に介入する事も冒険者との間には認められている。この場合、提案や指摘に留まるがそれを怠っているのではないかとリィーナは暗に告げていたのだ。
「それは大いに反省するところだ。もう少し気を引き締め村人と冒険者の協力関係を構築する必要があるな。それと、トリメスの才能は光る物を持っているが性格がな…」
苦虫を噛み潰した様な表情でフーガは答えた。そして、何れ居なくなるリィーナたち以上にトリメスを気に掛けていたのは期待と不安の表れであった。
「冒険者ギルドの威信に傷が付かない様に今回の事で心を入れ替えさせるわ。私たちは此処に常駐する事は出来ないからね」
「ああ、頼む。でも本当に助かったぜ。お前たちが来なければ全滅していたところだ」
「そうかもしれないわね。それと最後の一体、あれは新種よ」
そう言ってリィーナは球体ともう一つの破片を置いた。
「これは…今迄の球体と異なる色だな。それにこれは……鉄だな」
新種が消え去った後残ったのは鉄の塊と色の事なった球体だった。リィーナは鉄塊の破片を持って来ていた。
「ええ、それにその鉄が表面を覆っているのだけれど、中身は泥で構成されているみたいなの。それが回復を助けていると考えているわ。此方はまだ初見だから調査が必要ね」
そう言ってリィーナは二つを仕舞い込んで席を立った。
「ああ、頼むぜ。俺たちもあれで生計を立てなきゃならん。安心して伐採できるように取り計らってくれ」
「分かっているわ。それじゃあ私たちも一度部屋に戻る事にするわね」
「ああ、今回は本当に助かったぜ、リィーナ!それに近藤孝雄実たちもな!!」
フーガは遂にその実力を認め、孝雄実たちにもリィーナと同じ対応を取る様になった。
やはり実力を見るまでは、リィーナの言葉とは言え信じるに足る要素が足りなかったのだ。
トリメスは自信の有ったフレイム・ボムと言う魔法が通用することなく終わった無残な結果に落胆していた。魔法の才能が有り、冒険者に為り立て時より磨いて来た魔法がフレイム・ボムだった。魔力使用量が馬鹿に為らず、あっと言う間に魔力切れを起こす事は必須の魔法。それを彼は必死に磨き続けてきたのだ。
今現在も一発使用すれば直ぐに魔力切れを起こすが、これは威力増大による副産物であって抑えれば五発までは使用可能な魔力量が有る。
ランクが低い頃は只管に努力を続け、魔法の実力も伴って五級の壁を超える事が出来た。
そんな折に年若く、頑張って来たトリメスに周囲は称賛の声を上げた。これが今の彼が勘違いをする要因となっていたのだ。
「それで、あんたは何か言う事は有るかしら?」
リィーナは冒険者が住まう一室へと赴いていた。
「うっ…」
トリメスは今迄の傲慢で自信にたっぷりの雰囲気は見る影もなく項垂れていた。
「別に失敗したことに文句を言うつもりはない。私も『戦姫』なんて呼ばれるけど失敗はするわ。でもね、あんたはその慢心が冒険者の全滅、村の壊滅を招きかねなかったと自覚しているのかしら?」
しかし、その問い掛けにも彼は体をビクリと動かすだけで返答する事はなかった。
「優しい言葉で慰めてくれると思ったのかしら?あんたねぇ、冒険者舐めるんじゃないわよ!冒険者は依頼を達成して当たり前、失敗したらそれまでの世界なのよ。だからこそ厳しい階級が設けられ、五級と六級に乗り越えられない壁を敷いているの。そして誰もが真剣に向き合い、そうでない者取り残される。あんた、実力は四級でも取り組み方は新人にも劣るわ。嫌なら気持ちを入れ替えるか、今すぐ辞めて職を変えなさい!」
リィーナは言うだけ言うと部屋を出て行った。
「どうだった?」
リィーナは冒険者全員が集まれる場所へと戻り孝雄実はすかさず尋ねた。
「分からないわ。言うだけ言ったけれどあれで駄目なら諦めるしかないわね」
椅子に腰かけながら突き放す様な言葉を述べた。
「でもどうするんだ?私たちは後二回程で移動するんだろ?」
「そうよ。連絡が上手くいけば交代要員が来るかもしれないけど、そう簡単に行くかしら?」
マリアンが依頼の内容に沿って尋ね、代案をエレオノーラが上げて話した。
「まあ、その辺りは考えるとして、近々の問題よ。戦力の向上を果たさなければならないわ。と言う訳でアルバア、ドッテンあんた達にはより強い魔法を使用して貰うわ」
そう言って二人を見やった。そして、すぐさま孝雄実に視線を向ける。
「孝雄実、それじゃあ宜しくね!」
自由奔放と言う文字がこの時ほど彼女に相応しいと思った事はないと孝雄実たちは思った。
「まだ日も高いと言う事で早速やりましょうか…」
開けた場所に移動すると孝雄実は申し訳なさそうにそう二人に話しかけた。
「ああ、教えを乞う立場だ。そう畏まらないでくれ」
「そうだ。しかし、アルバアはともかくとして俺も魔力はほぼ尽き掛けているが大丈夫か?」
二人は孝雄実の実力を認め、年齢に関係なく敬意を払って対応している。下手なプライドを持って冒険者などやってはいられなかった。
だからこそ、失敗するまではトリメスにも敬意は払っていた。
「一度覚えてしまえば練習あるのみですから大丈夫だと思います。それではアルバアさんとドッテンさんには詠唱破棄を覚えて貰います」
『へっ?』
二人は思わず素っ頓狂な声を上げた。彼等は未だに国の方針が転換した事を知らずにいる。確かにお上の目が届きにくく最前線に等しいこの現場で在って、詠唱の簡素化は行っている。だが、流石に破棄までは出来なかった。
そして騒ぎだそうとしたところを孝雄実は言葉を被せて話しを続ける。
「まあ話しを聞いて下さい。王都では反乱が収束した後、直ちに陛下の名で詠唱破棄を認めるという発表が為されました。その為今は破棄を行っても問題が無くなったのです。ほら俺がそうでしょ?」
とは言え以前から使用していた事は伏せ、今日使用した魔法の光景を二人に思い出させる。
「そう言えばそうだったな。しかし、あれはどんな魔法何だ?」
「そ、そうだ。あれはまるで槍、いやランスを投擲している物だった。あんな魔法俺たちは知らないぞ!?」
二人はそう言って孝雄実に迫る。
「ええ、あれが詠唱破棄で出来る魔法の一つですよ」
孝雄実はそう言って手からはみ出る程度の小さな槍を作製した。
『おおー』
二人はその魔法で造られた槍をじっくりと見入る。
「えっと、詠唱ってこう唱えたらこう言った魔法が使用出来ますよと言う感じですよね?でも破棄を行うことで頭の中で思い描いて魔法を使用する事が可能となります」
あくまでも孝雄実の中での解釈である。そもそも詠唱破棄についての研究が為されていない中で、彼こそが開祖と呼べる理解度なのだ。
「頭の中で?するとこの形は近藤が頭の中で思い描いた形なんだな?」
「これはどの元素を使用しているんだ?」
二人は矢継ぎ早に質問するともう一度よく見せてくれと掌に浮かぶ槍を見入る。
「元素は何でも構わないと思います。兎に角頭の中でイメージして下さい」
そう言うと彼等は見様見真似で試みる。
暫く唸ったりしているとその兆しが見えた。
「出来た…のか?」
最初に成功したアルバアは、火の元素を持つことから赤く小さいながらも槍に近しい形を生み出した。それは直ぐに消滅したが大きな一歩となった。
「そうです!それが詠唱破棄の結果です!」
孝雄実は我が事の様に喜んだ。人に教えるという事が孝雄実に充実感を与えていた。
「そ、そうか…これが……」
アルバアは感無量と言った表情で消えてしまったが掌をじっと見続けていた。
「感覚は掴めましたよね。後はこれをより大きなイメージで思い描いて下さい。魔力が増えれば色々な物を生み出せると思います」
「ああ、有難う。明日から早速頑張るよ」
二人は成功を喜び固く握手を交わした。そこでドッテンへと目を向ければアルバアよりも小さいが形を残していた。似た様な反応と言葉を孝雄実に残し、二人は思った。
『これからの魔法は固定観念を脱した者が成功すると』
最後までお読み頂き有難う御座いました。
中々投稿出来ず申し訳ございません。
今野常春