【9】
「……メティ、それでお前は知っているのだろう。その理を」
「当然。知らなければ、いくら僕とて魔法は使えない。王家なんかより、ずっとくわしく、正しい理を知っているさ。僕は魔力がこの世に生まれた瞬間すら、この目で見て知っているのだから。理に関して世界で一番詳しいのは、偉大で無慈悲な創造主を除いては、きっと僕だろうね」
「ならば、教えろ。今すぐに」
ファウステリアはやたら芝居がかった声色で答えるメティを睨みながら、低い声で端的にいい放つ。
「つれないな。ファウステリア。そこはもっと僕に興味を持つところじゃないかい?」
肩を竦めて、悲しげに首を降るメティをファウステリアは鼻で笑う。
「お前がどんなに力ある高位悪魔だろうが、どれだけ長い年月を生きていようが、どうでもいい。私が興味があるのはお前が私にどれだけの力を与えられるのか、力を与える能力をどれくらい有しているか、それだけだ」
「ひどいよ、ファウステリア。僕の力だけが目当てなんて。純情な僕の気持ちを持て遊んだだね」
よよとふざけた調子で泣き真似をする悪魔にファウステリアは白い目を向ける。
メティから発せられる言葉は、常に軽い。
この悪魔には、結局全てがお遊びなのだ。
自分はこの悪魔にとって、一時の享楽のための駒に過ぎない。
その遊びの為に、ファウステリアがどうなろうと、誰が死のうと関係ない。
自分が楽しめさえすれば、誰が不幸に陥ろうが関係ない。
実に「悪魔的」な考え方だ。
(せいぜい楽しませてやるさ)
「悪魔的」考え方には、それにふさわしい行動を。
ファウステリアは、メティとそっくりな、口の端を裂けんばかりに釣り上げた「悪魔的」笑みを浮かべてみせた。
ファウステリアを遊具の為の駒に選んだことを、後悔なぞさせやしない。
これより始まる、ファウステリア主演の権威簒奪寸劇。
すぐ隣という特等席で見せてやろう。
魂が奪われるその瞬間まで、飽きさせず楽しませてやろう。
「さぁ。メティ=ファウス。私に古代魔術の理を授けろ。お前は言った。私に満足できるだけの力を与えると。よもや、私が使えもしない魔力に満足するとでも思うのか?」
メティは自然な動作でファウステリアの手を取り、その場に膝をつくと、白く美しいその手の甲に唇を落とした。
「…仰せのままに、ご主人様。僕は契約が果たされるまでは貴女様の奴隷。何なりと貴女様の願いを聞き、叶えましょう」
慇懃にそう口にしながら、メティは顔を挙げた。
漆黒に近い、紫の瞳から向けられた視線が、ファウステリアの視線と交差する。
「…っ!!」
その途端、凄まじい情報が、ファウステリアの脳内になだれ込んできた。
まるで早口で大合唱されているかのような、数百人の人間に一気に話されているような、そんな感覚に襲われたファウステリアは頭を抱えて倒れ込む。
「…孤独に生きてきた君は、一般常識も知らないだろうからついでに、それも教えてあげよう。サービスに、王族の情報は一般人では知りえない部分も付加してあげようかな。きっと役に立つから」
見下ろしながら告げられた言葉とともに、脳内の情報がさらに膨張し、ファウステリアは悲鳴をあげた。
大量の冷たい汗が全身から流れ落ち、体のいたるところがぴくぴくと痙攣する。
まるで酒にでも酔っているかのように、視界に入る全てが歪んでぐらぐらと揺れている。
頭の奥が、内側から金槌で叩かれているかのように痛い。
明らかに、脳の許容量を超えている。
だが流れ込む情報は増えていくばかりで、いっこうに止む気配がない。
絶世の美貌を手に入れた先程とは、訳が違う。
まるで拷問のような、それでいて、具体的に例えることは出来ない、初めて味わう種類の苦痛。
その辛さは、きっと味わったものにしかわからない。
ほんの数分が、数時間にも数日にも思えた。
「――ファウステリア。起きて。終わったよ」
掛けられたメティの声に、ファウステリアは自身が知らぬまに失神していたことを知った。