【11】
紫水晶の瞳を持つ隻眼の女性は、ファウステリアと名乗った。
「私はとある商家の長女として生まれてきました」
ファウステリアは、リュークに身の上をそう語った。
商家の長女として生まれたファウステリア。
不吉な紫水晶の瞳を持っているが故、本来なら忌子としてすぐ様処分されるはずだった。
しかし、ファウステリアの母は、ファウステリアを生むと同時に亡くなった。
元々、体が弱い女性だった。そのお産が、死につながる可能性は最初から分かっていた。
それでも母は、ファウステリアを生むことを望んだ。そして、死を目前にしてなお、呪われた赤子の生を望み、夫に託した。
しかも、ファウステリアの美しい面立ちは、母親にそっくりだったのだ。
ファウステリアの父は呪われた赤子といえ、最愛の人が託した忘れ形見を殺すことが出来なかった。
幸い、跡継ぎには紫水晶の瞳なぞ持たない、兄がいる。
ファウステリアは周囲から隠されて、人目がつかない地下室で秘密裡に育てられた。
「私が自身が特別な力を有していることに気が付いたのは、10歳の頃です」
失われた古代魔法。
回復魔法を除いた、全ての属性の魔法をファウステリアは使用することが出来た。
特別な詠唱もいらず、ただ念じるだけで、力を自在に操れる。
そのことを知った父は、大いに喜んだ。
前世から罪を負い、呪われた運命が約束された娘。
しかし、その力があれば、現世でその償罪が出来るやもしれない。
ファウステリアの父は、当時の国王リューク・ソーゲルを心から尊敬していた。
父は昔、村が襲撃に襲われた際、国王陛下に家族ともども命を救われたことがあったのだ。
父はファウステリアに、自身の罪を償う為、その力を彼の人の為に役立てるように言いつけ、ファウステリアを鍛えた。
「しかし、そんな父も先月亡くなりました…先程のドラゴンの襲撃によって」
『ヴァルプ村』
ファウステリアの出身の村の名は、リュークも部下からの報告により、知っていた。
ドラゴンの襲撃により、たった一日で一人の生存者もなく滅んだ小さな村。
村にはドラゴンによって食い散らかされた村人の死体が散乱し、悪夢のような光景だったと、報告にきた部下は顔を歪めた。
「ただ一人、地下室で眠っていた私だけが、助かった…地下室は私の存在が知られぬよう外部の音が断絶されるような構造になっていて、私は瀕死の父が地下室に現れるまで、そんな恐慌が起こっていることさえ知りませんでした」
ファウステリアは悲痛にその顔を歪め、その紫水晶の瞳から涙を毀れさせた。
「知っていれば、気付いていれば、私のこの力で村を救えたかもしれないのにっ…!!呪われた私が、村の方々の為に初めて役に立てたかもしれないのに…っ!!」
自身の腕の中で息を引き取った父を目にして、ファウステリアはドラゴンへの復讐を誓った。
地上に出た時彼方に見えたドラゴンの影を追って北上し、彼女は都にたどり着いた。
ドラゴンは、グレーヒエルの都の近くの山の方へ姿を消していた。
もしかしたら、都を襲うかもしれない。
父が敬愛した先王陛下に害を成すかもしれない。
奇しくも、都ではデウスを讃える祭典を目前にしていた。
祭典には多くの人々が集まる…ドラゴンには格好の狩場だ。
ファウステリアはドラゴンの脅威が無いか見極めるまで、都に潜伏することを決意した。
そして、恐れていた襲撃は起った。しかも王家が祝辞を述べている、最悪のタイミングで。
ファウステリアはそれでも、本当に自分が出て行って良いものか一時迷ったのだという。
呪われた身の自分が、危機的状況とはいえ、王族の面前に出ることは不敬に当たるのではないかと。
都の民も、呪われた自分に救われることを、望むのだろうかと。
しかし、父が敬愛し、力を役立てるように言いつけていた先王陛下リュークの危機を前にして、ファウステリアの体は勝手に動いた。