死をねじ伏せる者(2)
切れ目の関係で、ちょっと短いです。
嫌な方向での予想通りなのだけど、中に入るのは実に容易だった。
何しろ、真正面から入ったにもかかわらず見張りがいないのだ。誤魔化すべき存在がいないもので、俺たちは簡単に奥への道を進んでいた。
「これっていったい……」
「前に来た時は違ったのか?」
「はい。見張りが一定間隔で歩いてました」
それがたぶん平素の姿だろうな、たぶん。
「どういう事ですか?」
問いかけてくるケレン君に、俺の予想を簡単に説明しておく事にする。
「んー、たぶんなんだけどな。相手がお仕事中なんだよ今。で、見張りもそっちに集まってるんだろうな」
「お仕事中?留守って事ですか?」
「いや。たぶんだが、ここの最奥部にいると思うぞ」
「えーと……すみません、わからないんですが。いるなら見張りするんじゃ?」
「いやぁ、それがな。例外があるんだよな」
「例外?」
「ああ」
俺はひとつ、ためいきをついた。
「あくまで俺の推測だが、何か魔法の儀式をやってるんじゃないかな?夜だし」
「儀式ですか……それと見張りをおかない関係は?」
「侵入者はむしろウエルカムって可能性があるんだよ。儀式に使う生贄が増えるだけ、とかな?」
「……それってつまり」
「うん。見張りというよりむしろ、こっちを狩り出すつもりで待ち構えてる?この先で」
「ちょ、それは!?」
「声が大きい」
「!」
あわてて口をつぐんだケレン君に、ちょっと苦笑した。
まぁ、そこまで気にする事はないんだけどな。
何しろネコットを出てからこっち、ブランカが「これがわたしの仕事」と言わんばかりに常に警戒してくれてるからな。ほら、今だって奥の方を静かに唸っているわけで。まるで警戒するみたいにな。大したもんだよ。
……静かに唸っている?
「!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
何か巨大な影が現れたと思ったら、ほぼ一瞬で、俺の意識は刈り取られてしまった。
後から反省した事だけど、まぁそれは俺の作戦ミスだよな。なんたって、敵地でのうのうと会話していたんだから。
まんがじゃあるまいし、敵がそんなこっちの事情まで把握してくれるわけがない。
注意深いようで、俺はやっぱり平和ボケの国の民って事なのか。何より、小さい声で話していたつもりが、見つからない事でどんどん大きくなっていったし。
あれだ。
俺みたいな奴がきっと、異世界冒険ものとかのテンプレ主人公の悪い例なんだろうな。敵の門前で痴話喧嘩して何故か無事とか、昔、そういうの読んでバカかと思ったもんだが……ケレン君と話してた俺の方がよっぽどバカじゃねえか。ざまあねえや。
すまんブランカ、ケレン君。
『狼は逃げたか。よし、もう侵入者はおらんな?』
「ハイ」
『うむ、そのまま警戒を続けよ』
そんな会話を頭上に感じつつ、ゆっくりと意識が戻った。
『気づいたかね。どうかね目覚めは』
「……最低だ」
目の前には噂のリッチみたいなのがいた。
古びたローブをまとっていて、しかも目だけが爛々と光っていてキモい。まぁ、元がオークらしくて人間と骨格が違うあたりで、かろうじて不気味さが薄れているが。
迷わずデータを見た。
『メゾーナ』職業:魔導研究者Lv??? 性別:female
特記事項: リッチLv??
称号: マッド・ソーサラー
賞罰: 無差別大量殺人犯(ディートリ王国)
スキル: 全属性魔法
加護: 魔道の神の注目(良くも悪くも)
オークの魔導研究者。長い時間を生きるために肉体の活動をほぼ停止、魔力によりこれを代行している。これにより魔力がつきない限り、半永久的に生きる事も可能となっている。ただし外見は言うまでもない。
ディートリ王国(第五期に東大陸にあった王国であり、滅亡ずみ)にて大量殺人犯として処刑されるが、生き延びて姿をくらましている。
魔道研究で大きな成果をあげている人物だが、悪い意味でも神に注目されている。神は直接神罰を与える事はないが、このため、勇者や聖戦士と呼ばれる者を呼び寄せやすい体質になってしまっている。
『む、未知の探査魔法か。私ですら知らない術式とは……これは驚いた。なるほど長生きはするものよなあ』
なるほど、ステータスチェックは探査魔法って解釈されるのか。
リッチ野郎、いや女か。そいつは性別不明の中性的な妙な声でそう言った。
『入り口を固めておらんのは、侵入者をとらえて魔力を搾り取るためなのだが……いや、こうして見ても君の魔力は桁違いもいいとこだなぁ。さすがに興味を抑えきれなくてね、生かして目覚めさせたのだよ。気分はどうかね?』
「さっきも言ったが最低だよ。入り口が罠と気づいてたのにあっさり捕まるなんてな」
『ふむ、それは仕方あるまいよ。興奮結界に気付かなかったのだろう?』
「興奮結界?」
うむ、とリッチ女はうなずいた。
『入り口付近には弱い結界が張ってあるのだよ。無害というか、本来むしろ侵入者に有益なものなんだがね。生命力を賦活化させ、軽い興奮状態にするものさ。まぁ、本来はベッドで使うものなんだがね』
「なんでそんなものを……って、そうか隠密対策か!」
軽い興奮状態に陥って、俺みたいな半端者だと気配が漏れてしまうと。そういうトラップって事か?
クソ、しまった!そんなもん想像もしてなかった!
『只者ではないと思ったが……さすがに察しがよいね。野獣としか思えない外見とは裏腹に』
「ほっとけ。てーかどこ見てんだ痴女!」
妙に腰のあたりに視線を感じると思えば案の定、腰布の感覚がない。
動けないから見えないが、要するに俺はまたしてもすっぽんぽんであり。そしてリッチ女に見られているのだった。
だが。
『ほう、私を痴女と呼ぶのかね。つまり私が女である事まで見抜いていると。これはこれは……ますます素晴らしい』
「!」
くそ、無用な情報与えちまったか。
ってオイ、なんかイヤなフラグ立てちまったんじゃねえか俺?このリッチ女、妙に嬉しそうじゃねえか?
『これほどの魔力を吸い上げれば位階をあげる事すら可能と思っていたが……時間は常に私に味方するからな。ここはむしろ、良きパートナーを入手するために力を割くべきだろうな、うむ』
「全力デ遠慮シマス」
『なにゆえ棒読みかな?ふむ、まぁ君にどのみち選択肢はないわけだが』
そういうと、傍らから何か水差しのようなものを出してきた。
『これは君の精神に作用する。もちろん、ただの媚薬や洗脳薬のような野蛮なものではない。長い時間をかけて君に影響を与えていき、そして、私の忠実なしもべであり友となってくれるように書き換える事ができる。まぁ、厳密には敵意を取り除くだけで、きちんと友誼を結ぶのはもちろん私自身の仕事となるわけだが』
「そんなもの……っ!」
『ふふふ、足掻いてくれたまえ。何日でも、何年でも。
ああ、お代の心配はいらないよ?目的がある以上、君から搾取はしないが……そもそも君から漏れる魔力だけでも充分な供給になるからね。安心してくれたまえ?』
「!」
逆らう間もなく、俺はその水差しのようなものの中身を飲まされた。
どろり。
何やら異様な甘さが口の中に広がった途端、
俺の意識は、闇の中に落とされた。