死をねじ伏せる者(1)
ツンダークにはアンデッドはいない。
この有名な『アンデッドの質疑』が行われたのはβテスト開始からわずか一週間後だったという。
ゲーム『ツンダーク』は明らかに剣と魔法のファンタジー世界であるが、いくつかの点で他と違うものが存在した。
そして、その最大のものは、いわゆるアンデッドの不在。
多くいるモンスターも、その多くは野獣などが魔道や魔力で変質した存在などであり、あまりにも通常生物から逸脱したようなモンスターは希少だった。また、いわゆるスケルトンやゾンビに代表されるアンデッドの類は全く存在しなかった。
『ツンダークにはアンデッドはいないのか?』
本来ならいわゆるネタバレ質問に属するものでノーコメントもありうる質問だが、これについて運営元は、珍しく普通にコメントしたという。
『ツンダーク世界の自然現象は、魔法の存在以外はほとんど地球と変わらないのです。なので、ドラゴンのような幻想種は存在する可能性がありますが、いわゆる不死のアンデッドの存在確率は非常に低いと言わざるを得ません。
ただし、原理的に考えにくいというだけで、絶対にいないかどうかはこちらでも確認しておりません。
またゴーレムは存在しますので、操演術やゴーレムの一種として、魔力で死体や骸骨を操っている可能性はあります』
一例として、運営はボーンドラゴン……つまり、ドラゴンの骨で作られたゴーレムを紹介した。どこにいるという話は一切つけなかったが、ゴーレムとして確かにツンダークで稼働しているのだという。
なお、この疑問の元になったのは掲示板への投稿。それも『モンスター考察スレッド』に書き込まれた、たった一言がきっかけだった。
『データソースは開かせないが、ツンダークにはアンデッドがいないって話を聞いた』
投稿をまとめるとたったこれだけ。
だが、アンデッドモンスターといえばある意味ファンタジーの華だ。これをわざわざ求めて徘徊しているプレイヤーもいたようで、この投稿に何人もの探索・検証プレイヤーが食いついた。要するに、アンデッドがどこにいるのか、それとも本当にいないのかという点について、皆は知りたがっていたわけだ。
なお、その投稿者はもちろんクロウだった。しかし彼は詳細のデータを一切書かず、謎として提示するにとどめた。
なぜなら、詳細を書きすぎると逆に信用されないと思ったからだ。
スタート地点が違う事もそうだが、コボルト族との接触、そしてオークと会話ができた時点でこれは無理と判断した。というのも、オークとコボルトについてwikiを調べようとしたところ、コボルトが確認されていないのはともかく、オークは普通に『初見殺しの危険なモンスター』として挙げられていたからだ。対話を試みるどころか、いかに殺すかという議論しかなされていなかった。
もしここで、コボルトやオークと普通に会話していると投稿したらどうなるか?
たぶん、彼らの納得する証拠提示を求められ、できなければ無視、あるいは嘘つきと言われるだけだろう。
そして……おそらくは何を書いても信用されまい。
嘘を書き込むなと怒られたり、叩かれている自分の姿が容易に想像できてしまった。
(どのみち、こんなわずかな日数で出会えたんだ。俺がリスクを侵さなくとも、そのうちイヤでも誰かが出会うだろう)
クロウはそんな理由で、データの投稿を控えたのだった。
このクロウの選択は残念ながら正解だった。
正式公開後、パートナーのサーベルタイガーともどもシネセツカ南大陸、通称ナキール大陸にふっとばされた女の子がコボルトと遭遇、これを感激とともに伝えようとしたのだが、現在地をナキール大陸のどこかと書いた時点で「は?そんなとこにプレイヤーはいないぞ?妄想か?」と言われ、さらに自分の容姿の画像ショットを撮ったら「プレイヤーの獣人種族など確認されてない、ネタ画像乙」と返された。ウソではないと書いても馬鹿にされるか叩かれるだけで、結局、この少女も以降のデータアップを一切しなくなってしまった。
本当にウソを投稿する者もいるわけで、叩いた者たちが悪いとも言えない。要するに、それだけクロウたちの状況が特殊という事なのだろう。
◆ ◆ ◆
全然関係ない話で悪いんだが、俺はリアルでゲーム枠というのを設けている。つまり一日何時間以上やらないって奴だ。
だけど長大イベント等でどうしても超過してしまうケースがあった。
で、そのための例外枠をいくつか用意してあった。なあなあですますと無限にゲームを続けてしまう程度にはゲーム好きだったので、それを一種の基準ラインとしていたわけだ。
何を言いたいかというと、今回はそのケースだと俺は判断していた。
ネコット訪問から本件の流れは、俺のツンダーク生活の方向性を決定づける、そんな予感があった。だから俺は迷わず時間延長を決定した。最悪の場合は週明けの業務予定を何とかしても時間をひねりだす、そう決めた。
そして、一度落ちると必要な準備を整えて、そして戻ってきた。
「おまたせ」
「ほとんど待ちませんでしたよ。異世界転移ってほんとに一瞬なんですね、すごいです!」
なんかケレン君が尊敬のまなざしなので、きっちりと訂正しておく。
「凄いのは俺じゃなくて、転移システムを操ってる存在……要するに神様かその眷属だと思うぞ」
「なるほど、確かにそうですね」
本当に理解してくれてんのかね?しっぽがパタパタ動いてるぞオイ。
まぁいい、さていこうか。
「さて。あそこが入り口っぽいな。改めて静かにいくぞ」
「はい」
「……」
潜入班三名。俺、ケレンくん、そしてブランカ。
ちなみにこの順番、隠密能力が低い順でもある。生粋の野生動物のブランカが最も高く、そして最も体が大きいうえに隠密スキルも何もない俺が一番低いと。
まぁそんなところだろう。俺だってプライドがないでもないが、野生動物やらプロのレンジャー相手なら負けて当然だろうしな。むしろ納得したところ。
幸いなのは、三名とも闇の中でも平気な事、そして、一番能力の低い俺でも獣系の戦闘技能を持っている点だろう。メニューによると、どんな獣でも多少なりとも隠密能力を持っているもので、俺もその恩恵を受けているらしいんだな、これが。
そんなわけで、静かに潜入していく。
「ふうん」
「どうしました?」
「隠れ里みたいな作りだな」
「?」
「俺の世界にあるネコットみたいなところだよ。うちのご先祖様もそんなとこにいたんだが」
オークどもの里なんだが、結構よくできていた。何より偽装が完璧で、近郊にある全ての獣道から見えないように綺麗に隠されていて、天然の地形を利用した要塞みたいになっていたんだ。
ここだけの話だが、俺はこういう地形を知っていた。
俺の実家は高知県の安芸市ってとこなんだけど、ご先祖様はさらにそこから車道で40km以上も入ったも、畑山という土地に住んでいた。おそらくは平家の落人だったという事で、その屋敷も凄かった。下にある街道からはただの山にしか見えないのに、隠された山道を登っていくと唐突に、小さいとはいえ立派な城門に出くわして驚く事になる。まさに隠れ里、または山中の砦。
ああ……「らしい」じゃないのは確認済みだからだ。俺も小さい時、親に連れられてその昔の家に行った事があって、この目で見た事があったんだな、これが。もう実家の人は住んでおらず、託されたという地元の農民の子孫の方が住んでいたんだけど、上にあるお墓の家の末裔が尋ねてきたと言ったら、俺がまだ小さい子だったせいもあってか、随分と親切にしてくださったものだ。
ああ、もちろん今の話じゃない。俺が学校にあがる前だから、ずいぶんと昔の事になる。
話を戻そう。
目の前にあるオークの里は、その感じに似ていた。近郊からの巧妙な隠し方といい、この城門めいた門といい。そりゃ日本じゃないからデザイン自体は違うけどさ。共通するものを感じたんだな。
「これ、おかしいぞ」
「え?」
「オークのおっさんの話だと、粋がったガキがここに居場所を作った、みたいな事言ってたよな?」
「はい。で、そこにおそらく化物がやってきたと」
「たぶん違うぞこれ」
「……どういう事でしょう?」
「いいかケレン。この砦めいた里はたぶん、しっかりとよく考えたうえで作られてる。これは一朝一夕で作られたもんじゃないはずだ」
「あ……そうですね、確かに」
ケレン君も気づいたらしい。
「すると、むしろここはリッチとやらの本拠地って事ですか?むしろオークたちも、ここに取り込まれたと?」
「ああ」
「でも、それだと変です」
「何がだ?」
「こんな近くにこんなものが以前からあれば、僕たちが知らないはずがないって事です」
「……なるほどな。すると、オークどもを手に入れたリッチが、ここを拠点に決めて、という順序の方が自然か」
「はい」
ふうむ。それにしても疑問が残るが……いやまてよ?
ちょっとまて。
こういうのの定番のパターンっていえば、あれじゃね?
ほれ。生贄の儀式とか、その手の類の。
「……なぁケレン?」
「なんでしょう?」
「もしかしてこのへんって、土地の霊気が強いとか、社が作られていた、なんて事はないか?」
「ヤシロとは?」
「土地神みたいなのを祭ってる小さい祠だな。ラーマ神様だっけ?ああいう主神クラスじゃなくて、もっと地域性の高い」
「ああ、そういう事ですか。そりゃあ、僕らがネコットを作っている事からもわかるかと思いますが、このあたりの土地は霊脈の集約点ですけど。それが何か?」
「……」
それは……まずいな。
「ケレン」
「はい?」
「中で何をやっているか見極めるぞ。だがひとつだけ確認する」
「はい?」
「俺の予想通りなら、中でものすごく残酷な事が行われているかもしれん……だがその場合、迂闊に手を出すな」
「え?」
「いいから、俺の言う通りにしろ。いいな?」
「あ、はい」
「よし、行くぞ」
「はい!」
俺たちは山門をくぐり、いよいよ中に潜入した。
やっとこさ潜入です。