誇り
それは血の臭いだった。
「ウォン!」
先に辿り着いたブランカの声をたどり、俺もすぐに現場についた。
……おお、これは。
そこには馬鹿でかい、しかも鎧を着込んだイノシシが倒れていた。四体も。
(でかすぎだろ、オイ)
もちろん、あの熊ほどの大きさはない。
だが、それでなくとも固いイノシシが武装した姿は、とんでもない迫力だった。
これと約二十体戦うとか……今の俺にできるのか?
さすがに冷や汗が出た。
とはいえ、倒れて動かないというのはどういう事だろう。俺はとにかく生死を確認した。
「まだ生きてる」
三体は死んでいたが、一体だけ生きていた。まさに虫の息だが。
「クロウさん、これ集落のオークじゃないようです」
「なんで分かる?」
「雰囲気が違うんです。それにこの顔には覚えがありません」
「顔?全員覚えてるのか?」
「集落から一度も出ていない者がいなければ、ですが」
そりゃ凄い。長老さんがわざわざつけてくれるだけはあるってか。
ごめんケレンくん、俺、なんだかんだで君らを誤解してたみたいだ。
「とりあえず事情がわからないとな。こいつらって話はできるのか?」
「言葉は同じだと思います。違っても方言くらいで」
「そりゃ助かる。じゃ、最低限だけ回復させてみようか」
方針を告げると、ケレン君はびっくりしていた。
「器用ですね。村の回復師が聞いたらうらやましがりますよ」
「これで魔力バカ食いじゃなきゃな。すげえ疲れるんだこれが」
「無理しないでくださいね」
「わかってる、ありがとよ」
最低限の体力を戻し、苦痛を軽減して意識を呼び戻させる……よし。
ゆっくりと、そのデカいイノシシが動いた。
「う……むう」
「おい無理すんな、なんとか意識だけ戻してみたが瀕死なんだぞ、あんた」
「そう……か」
イノシシの目が俺を見た。
そして俺の横に待機しているケレン君、周辺警戒しているブランカを見て、誰に助けられたかを把握したようだ。
「そうか、狼に助けられたか……すまない」
「礼はいい、それより何が起きたんだ?俺は草原のコボルト族に頼まれて、このへんを占拠しているオークの調査にきたんだが」
「そうか……同胞が迷惑をかけているようで……すまない」
「何か事情があるのか?よければ教えてくれないか?」
「うむ」
イノシシの話を要約すると、こんな感じだった。
彼の名はジム。森の奥に住むオーク族の戦士だという。
この先に陣取っているのはオーク族の若者たちらしい。反抗期で尖って暴れて徒党を組んで村を勝手に抜けだした者達だが、勝手に森外れに住み着いてコボルト相手に狼藉を働いていると聞き、いいかげんにしろと数名で連れ戻しに来たのだそうだ。
ていうかオークもあんのかよ反抗期。こんなド迫力でヤンチャ坊主二十名とか勘弁してくれよマジで。俺、中身はただの小市民だっつの。
とりあえず事情はわかった。信用もできそうなんで、動けるくらい回復させた。
「悪い、これから侵入なんでな、完全回復するほど魔力が回せないんだ」
「充分だ狼人どの。心から御礼申し上げる」
ジム氏は丁寧に礼を述べてきた。
「で、何でこんなとこで死にかけてたんだ?俺たちが来なきゃ確実に死んでたぞあんた?」
「化け物が出たのだ」
ジム氏は渋い顔をした。
「元は我らの同族のようだったが、見た目はまるで骨と皮の化け物だった。ただ、動く死体みたいな姿のくせに不気味なほど速いうえにすさまじい力を持っていたのだ。
ガキどもは全員、そやつの手下……いや、あれではもはや、ただの道具だな。おそらくもう戻せまいよ」
「骨と皮の化け物?」
俺は、それに類するものをひとつだけ知っていた。ツンダークにいるという話はついぞ聞かないが。
「まさか……リッチがいるってのか?」
「リッチ?なんですかそれ?」
ケレン君が聞いてきたので、軽く答えた。
「ツンダークにいるのかどうか知らないが。ぶっちゃけ言えば歩くミイラみたいなヤツだよ」
「ミイラ?」
「昔の王様が、死後の復活を求めて遺体が失われないように処置したやつだな。大抵は包帯みたいな布で巻かれているが、中身は当然、腐らないように措置されてカラカラに干からびた骨と皮だ」
「死後の復活?よくわからないですが、遺体に保存措置をすれば復活できるんですか?異世界とは不思議なところですね」
「いや、迷信だから。たぶんだけどな」
そんな話をしていると、ジム氏は「ああ」と何か納得したようだった。
「そうか、貴殿は異世界人か……ミイラとやらの件だが、言葉で聞く限り、確かに見た目はそんな感じだったな」
「ちなみにリッチというのはな、そんな、どう見てもミイラじゃねえかってヤツが自由に動いてしゃべってるヤツなんだ」
ケレン君はゲッという顔をして、そしてジム氏はうむ、とうなずいた。
「話できく限り、そのリッチというものに近いだろう。リッチそのものではないだろうが」
「リッチそのものではない?」
「異世界ではどうか知らないが、ここツンダークでは死体が自ら動く事はないのだ。まぁ、何かの術で操るならどうか知らないが、それに意味があるとも思えん。何しろ操るそばから崩壊していくのだしな」
死体は動かない?つまり死霊術の類はないって事か?
「いきものが死ぬという事は、世界の流転にふたたび戻されるという事だ。全ての者は滅びにより一度ラーマ神さまに召され、そのうえで癒され、あるものは形を変えられ、新たなる生に赴く。それがこの世の定めなのだ、異世界の狼人どの。
これは原則であり決して破られない。ラーマ神様ご本人に伺った事があるのでな、間違いない。
ゆえに断言する。動く死体という意味でのリッチなるものは存在しない。おそらく、よく似た姿の生きた者だろう」
「……そうか」
今のは、もしかしたら物凄く貴重な情報かもな。忘れないでおこう。
「ちなみにそいつ、魔力があったか?」
「魔力?」
ふむ、とジム氏は考え、そして頷いた。
「あったな。だが外に漏れているのは微々たるものにすぎない。魔力で感知するのは不可能だと思うぞ」
「そうか。うん、参考になった。ありがとな」
「なんの。こちらこそ助かった。ところで」
「?」
「倒れてる仲間のポケットに回復薬がある。まさかのために持参したものだ、持っていくがいい」
「は?ああ、そういう事か」
お礼のつもりって事だな。
だが俺は首を横にふった。
「礼をくれるつもりなら、ひとつ頼みがある」
「なんだ?」
「俺はこれから乗り込む。だが」
「わかっている。言わんでいい」
ジム氏は大きく頷いた。
「我らオークは森にある獣、その本質は戦士だ。美しき調和のエルフ族が武力に劣るのを助け、支えて共に生きるのが本来の姿。
それが草原で狼藉三昧のあげく、化け物に操られて元に戻らぬなどと……。
たとえ死なずにすむ方法があったとしても、あやつらに未来はもうない。むしろ頼む、楽にしてやってくれ」
「やんちゃって事はガキどもなんだろう?」
「若くはあるが、成獣の儀は既に終えている。気にするな」
せいじゅうの儀?
「大人になった時にする儀式です。僕らもやりますからわかります」
ああ成獣ね、なるほど。
「わかった、じゃあ今度こそ行くわ。ありがとな」
「こちらこそありがとう。そして気をつけるがいい、異世界から来た狼人よ」
◆ ◆ ◆
クロウたちが立ち去った後、ジムはゆっくりと起き上がった。
ゆっくりと這いずって仲間の死体のひとつに近寄ると、懐から回復薬を抜き出した。そしてそれのピンを抜き、中身を飲んだ。
「ふう……うーむ」
体が淡い力に包まれて、ジムは「やれやれ」と起き上がった。
「同志は全員やられたか。くそ、若さだけが武器のやんちゃどもをあのような存在にしてしまうとはな。化け物め」
ふむ、とジムは腕組みをした。
「しかし、あの異世界からの狼人……なんと素晴らしい炎を宿していた事か。あれこそまさに勇者の器といえよう」
よろよろと立ち上がろうとしたが、まだうまく立てない。座り直した。
「しばし休まぬと帰還もままならぬか、やれやれ」
そうして座りなおすと、休みがてら考えに没頭しはじめた。
「しかし、あの体にあの魔力……ラーマ神様はもしかして、彼を我らが英雄とするつもりなのか、ふうむ。
となると、悪いが彼は狼族だけのものにするわけにはいかんな、さて」
懐から何か木彫りの像のようなものをとりだした。鳥の形をしている。
『報せの鳥よ』
呪文を唱えると、木彫の鳥がピク、と動き出した。まるで生きた鳥のように。
ジムは自分の体毛の一部を抜くと、フッと吹いた。吹かれた毛は飛ばされながらつながり、輪のようになって鳥の足に巻き付いた。
「族長に伝えよ。ガキどもに起こった悲劇と、そして勇者の器の出現を伝えるのだ。必ずな……行け!」
鳥は小さくピイっと鳴くと、夜の闇をものともせず舞い上がり、どこかに飛んでいった。