調査
長老さんに食事をいただいた。
すげえ旨かった。俺の適当な「焼いたもの」とかと違って、百パー普通の、いや普通以上においしい料理だった。わんこ、いや狼系だから肉中心かと思ったら、雑穀や麦らしいものも含まれているのも印象的だった。
そういや畑もあったし、野良仕事してた奴もいたしな。農耕生活してるんだな。
「ええ。大人数を賄うには狩猟では足りませんのでな」
「なるほど」
考えてみりゃそうだ。確か日本でも、石器時代の平均寿命はわずか十五歳だったという話すら聞いた事がある。農耕をはじめた事で人の暮らしは随分と安定化し、寿命も伸び人口も増えたんだとか。
人生わずか十五年じゃ、知識の継承だって行われるか怪しいもんなぁ。
さて。外も暗くなって、いよいよ仕事にとりかかるか。
「狼人どの、この者を連れて行ってくだされ。現地を知り、さらに隠密行動にも特化しておりますれば」
見れば、いかにも身軽そうな若いコボルトが一匹いる。これはオスだな。あまり強そうではないが。
「ガイドか、そいつはありがたい。でも大丈夫なのか?入り口まででいいぞ?」
「いえ、でも」
「おまえ、中まで入った事あるのか?」
「それは……でも」
「それに今回は、俺という足手まといもついてる。俺は戦闘力こそ自信があるが、隠密行動の方はイマイチだからな。
だから、あえて言うんだ。やばいと思ったら絶対に先に逃げろ、俺は咎めない。いいな?」
「……はい!僕はケレンと言います」
「俺はクロウ。よろしくなケレン」
「はい!狼人さ……いえ、クロウさん!」
なんでか知らないが、妙にそのコボルトは気合いが入っていた。
(敵意があるわけではないな、ふむ。そんなに偵察業務が好きなのか?)
まぁ結論からいうと、俺はお馬鹿の鈍つく野郎だったって事だが、この時は気づかなかった。
え?コボルトが裏切ってたのかって?いやいや、そんな話ではなくてね。
強そうでないコボルトが、どうして決死隊もどきの偵察の手伝いを申し出たのか。
そこんとこを考える想像力ってやつが、俺には欠けていたらしい。
うん。
村人に見送られ、ケレンと俺、ブランカはコボルト村を出発した。
ちなみにもう夜なんだが、たいまつはつけていない。隠密行が目的っていうのもあるけど、暗くてもちゃんと見えるんだよな、全員。
まず、ブランカは狼だから不要。
俺も夜目がちゃんと効くようだ。ただし視界から色が消えてモノトーンになるみたいだけどな。
で、ケレンもちゃんと夜目が効いた。
「そりゃそうですよ。僕たちコボルトだって狼ですから」
不思議そうにケレンに言われた俺は、正直に自分の状況を告げてみた。
「ああなるほど、迷い人とお聞きしてましたけど、異世界からの方ですか。そしたら無理もありませんね」
そう言うと、ケレンはいくつかの事を説明してくれた。
コボルトもそうだが、獣系の種族の場合、その系統の能力を受け継いでいるものなんだという。夜目がきくのもそうで、コボルトは野生の狼に比べると弱いとはいえ、こういう認識系の能力は決して負けていないのだと。
「そんなに夜目がきくなら夜襲なんかもできるんじゃないか?」
「はい、できます。だから、同程度の戦闘力の種族相手なら、僕たちでも結構戦えるんですよ」
それに賢いみたいだしな。きちんと作戦立てて戦えば、このかわいらしい外見とは裏腹にとんでもない強敵になるだろう。
でも逆にいうと?
「しかしオークには効かないと。連中、そこまで強いって事なんだな?」
「はい。大きいだけじゃなく戦闘力もとんでもないです」
だろうな。イノシシだもんなぁ。
一応解説しておくと、激怒した野生のイノシシは熊でも逃げるという。
これは日本の話なんだけど、でも、イノシシはそれだけ強い動物だって覚えておけば間違いない。
で、熊ほどもあるイノシシが二本足で立ち上がり、さらに武装までしていると。それがここツンダークのオークだって話なんだが。
うむ、そりゃあヤバイよな。
オークというとゲームの感覚で、雑魚とまでは言わないが主人公なら容易に倒せると思いがちだ。かくいう俺のイメージもそうだった。
だけど、文字通りの立ち上がった特大のイノシシとなれば、油断なんてとんでもないぞ。文字どおりの化物だ。
ちなみに、興味がわいたのでケレンのスキル構成を見せてもらった。
『ケレン』コボルトLv?
特記事項:レンジャーLv??
スキル:スピードアローLv1、鷹の目Lv1、隠密行動Lv??
森の警邏が本来の仕事のコボルトの青年。弓の才能持ち。弓師なので直接戦闘は得意ではないが、プレイヤーの上位職同様に『鷹の目』すらも駆使できる。
「おお、鷹の目持ってるのか。すごいな!」
レンジャーってwikiにもあったからプレイヤーも就けるけど、鷹の目とれるなんて情報はないぞ。共有されてないって可能性も確かにあるけど。
「恐縮です……クロウさんこそ凄いですよ!他人のスキル構成が見られるなんて!」
「全部じゃないさ。それにケレンのレベルまではわからない。俺より高いって事だろうな」
「そうなんですか?」
「俺、まだこっちに来て日が浅いからなぁ」
「そうですか。狼人って元々強いですから、そこは基礎能力の違いかもしれませんね」
なぜだか、ちょっぴり悔しそうなケレン。
「クロウさんの強さが少しでもあればなぁ。オークなんかに足蹴にされなくてすむのに」
「ふむ。ひとつ聞いていいか?」
「はい」
話によると、まだ警戒をするには距離があるらしい。一応注意はしているが、質問を続けた。
「オークたちはどうしておまえらの村に?ていうか、なんでこのあたりに来たんだろう?」
「理由ですか。……すみません。僕らにもそれはわからないです」
話によるとオークは昔からいたわけじゃないらしい。あくまで最近らしいんだよな。
「いつ頃来たんだ?」
「去年の暮れか今年のはじめです」
「ほう?断言するな。何かあったのかい?」
「はい。ラーマ神様のおつげで、異世界人をたくさんこの世界に招く、というお告げがあったんです。ちょうど新年に」
「……なに?」
俺はその瞬間、ピタリと足を止めた。
「えーとすまん、今、なんていった?」
「はい?新年におつげがあった事ですか?」
「その前」
「その前?ああ、異世界人をこの世界に招く?」
「違う。それを言ったのは?」
「ああ、はい。ラーマ神様ですけど?」
「……」
「あの?」
そうだ。そうだよ。
『わが名はラーマ・メルルケ・アル・ツンダーク。もしツンダークで神殿に赴く事があれば、わが名を唱えればよい、そなたが求めるときには、話をきこうぞ』
そうだよ!ラーマって、この世界ってやつの運営AI、つまり神様じゃないか!
なんであの時に気付かなかったんだ?
「えーと……すみません、それが何か?」
「!」
おっとやばい、不審に思われたか?
「いや、悪い。そういや神様の名前だったなって」
「ラーマ神様ですね。ああ、もしかしてお会いになられたんです?」
「いや、声を聞いて少し話したくらいかな。神殿に来たら声をかけよって言われたが」
そしたら、ケレン君は目をキラキラさせはじめた。
「お?」
「さすがは異世界の方ですね。ラーマ神様って夢枕とかによく立ちますけど、さすがに直接お話しする人は多くないんですよ。神職とか、特別な立場の人だけです」
「あー、そりゃそうだろうな」
ていうか、神様がそんなにホイホイ夢枕に立ったりするのか?ツンダークって。
んー……でもまぁそうか、あくまで現実世界じゃないって事かな、そこは。
でも。
「……」
ふむ。でも。
「……なんとなく納得いかん」
「はい?何がです?」
「いや、こっちの話。ごめんな、ひとりごと多くて」
「あ、いえ」
なんだろうな。納得いかねえよ。
だってさ。
「……」
夜空は、まるで宝石箱みたいな満天の星空で。
冷えてきた空気がとても気持ちよくて。
どこかから微かに漂ってくる臭いとか。
……本当にここって、仮想世界なのか?
いや、わかってる。俺の妄想っていうか、間違いなのはわかってんだけどさ。
でも。
でも、なんか納得いかないぞ、俺。
「……臭い?」
微かな違和感に俺がピンときた時、既にブランカは走りだしていた。音もなく。
「!」
ケレン君も気づいたか。
俺はなるべく静かに走って行くブランカに手をかざした。
『速度』
『防御』
次の瞬間、ブランカがピューッとものすごい速さで走っていった。
そして俺も、
『消音』
自分の音を消して、即座に後を追った。