ここが見せ所か?
ちょっと短いです。
何とか残業なしに仕事を終えた俺は、電車の中でスマホ片手に検索していた。幸いな事に短い通勤時間なんだが、そんなわずかな時間も惜しかったからだ。
狼人という種族について調べたが情報なし。オフィシャルはもちろん、既に稼働している情報共有のための掲示板やwikiにも情報がなかった。ただ、少しだけ興味深いデータがあった。
まず、未知の種族がありそうだという感触。
ドワーフの存在は確定。エルフはわからない。獣人については可能性がある、というレベル。プレイヤーが選べるかどうかはわからず、選択肢に出た者もいないそうだが。
この点については、自分のように情報共有してない者がいるかもしれないな。まぁ未確定ってことで。
それからスタート地点だが、よその土地に出現というのは情報がなかった。しかし、おなじ「はじまりの町」でも中央広場ではない場所に現れた者がいるらしい。たとえばレストランのそばとか、魔法屋のすぐ近くとか。ランダムなのか理由があるのかは不明だが、とにかく固定ではないらしい。「はじまりの町の中」の範疇で、やはり大多数は中央広場だそうだが。
ふむ。場所に変動があるのならば、俺の状況も確かにおかしくはないのかな?かなり異端ではあるが。
次に見たのは職業。
ツンダークではメインとサブ、ふたつの職業を持てるらしい。サブ職はメインに比べて多少の制限がつくが、きちんと経験が積めるので、たとえば新規の職をサブで持ち、育ててからメインと入れ替えるような事ができるらしい。
なるほど。
確か俺の場合は空想魔術師というのが入っていたはずだから、サブをひとつ付けられるわけだな。
だけど、選択肢に全ての職業が出るわけではないらしい。
しかも、それがどういう基準で出てくるのかもわからないとか。少なくとも乱数ではないらしいとの事だが、その基準は謎に包まれているらしい。
謎といえば、細かいステータス値も隠されているんだよな。オフィシャルいわく、そこを見るためのスキルも職種もあるそうだけど、現実問題として、そこは不明らしい。
現時点でわかっているのは、こういう点。
装備について言うと、職業上の規制というものはほとんどないようだ。つまり魔道士でも鎧兜を装備できる。しかしローブや杖には魔力補助などの役割があり、特に現状では皆のレベルも低いから、あまり奇抜な格好をしてもハンデにしかならないとの事。
そして、始動に魔力が必要な道具類は当然、それを扱える魔力とスキルのみが基準となる。就いている職業は関係ない。
ではそもそも職業とは何かというと、特定のスキルに結びつくものらしい。たとえば戦士なら片手剣、槍、斧などのスキルが伸びやすい等。ふむふむ。
また職業上好まれない装備があるらしい。
たとえば盗賊というと軽い鎧のイメージがあるが、鎧はどうしても音をたててしまうものだとか。盗賊プレイヤーは現在は布の服を使っているようだが、盗賊用の何かがあるのかは、まだわからないらしい。
ふむふむ。
てか、β公開から2日とたっちゃいないのに、みんなよく調べてるよなぁ。どんだけ廃人いるんだよオイ。
そういえば。
最後にひとつ、気になる事があった。剥ぎ取りだ。
魔法を使って自力で剥ぎ取りしたわけだけど、みんなはどうしてるんだ、あれ?大変だと思うんだが。
ところが。
『剥ぎ取り、簡単だけど味気ないよねえ』
『ナイフたてるだけでアイテムボックスに入るもんねえ。ここだけリアリティ足りないっていうか』
……どういう事だ、おい?
俺の昨夜のアレとの違いはどういう事だ?同じゲームとは思えない話なんだが?
ああ、それと。
昨夜俺が戦った熊……どうやらタンクベアって奴らしい。もう殺されてるプレイヤーがいて、あと、十人くらいの即席チームで辛くも勝利したっていうグループがひとつだけいたんだが。
『ドロップが爪と毛皮だけだったよ。毛皮もゴワゴワでねえ。あまり金になりそうにないね』
……随分と内容が違わないか?
本当に同じ熊なのか?それとも、何か根本的な見落としがあるのか?
ううむ。と、とにかく一旦帰ろう。
電車をおりて生協に寄った。白身魚のフライが安いので購入。
家に帰った。
冷蔵庫をあけて、残っていたかいわれ、少しのサニーレタス、それからマヨネーズを出す。棚から、こちらも残っていた食パンをとる。
買ってきた白身魚のフライを包丁でスライス。
んで、重ねあわせてぶった斬る。うむ。即席のサンドイッチもどきだ。
「ふむ」
野菜がたくさんとれるのはいいけど、これって栄養過多になりやすいんだよな。食パン食い終わったらちょっと考えよう。
VRMMOマシンは既に起動している。サブモニターにお知らせが出ているので見る。
「ほう?家を購入したユーザーがいる?もう?」
職業そのほかは不明らしい。ふむ。
掲示板の方をみると、持ち家スレッドが立っていた。それによると購入者は錬金術師で、作業場が欲しくて買ったらしい。もちろん公開からの日数ではゲーム内資金が足りるわけもなく、そこは課金らしいが。
むう。
他の奴らもそうだけど、俺と同じゲームをやっているとは思えないな。このあたりは全然、参考にならない。
食い終わり、軽く片付け。さてプレイするかな。
「そういや……あの狼って」
一緒に熊の肉を喰った、生き残りの狼。さすがにもういないだろうな。うん。
そんな事を考えつつ、俺はログインした。
「……なんでいるんだ?」
「?」
当たり前のように待っている狼。顔を見れば当然のように「おなかすきました」と言っている。
えーと、これは何か?人間じゃないって事で警戒心が薄い、プラス餌付けってところか?
まさかとは思うけど……俺をボスと認識してないよな?
「む?」
そういや昨夜は気づかなかったけど、こいつ怪我してるな。どれ。
「ちょっと見せてみろ……『消毒』」
熊の爪には雑菌があって、無事にすんでも破傷風とかの原因になるって聞いた事がある。うろ覚えだがな。
んで『治癒』と。
はじめてやってみたけど便利なもんだ。
まぁ、万能さと引き換えに魔力をごっそり持っていかれるんだけど、こんな小さい手当て程度なら。
「よし、こんなもんだろ」
「……クゥン」
何だか狼、さっきより馴れ馴れしくなった気がする。スンスンと臭いとか嗅がれたり。
俺が治療したのに気づいたのか?
いやいや、まさかだよな。そんなわけないだろ。
「そういやおまえ……って問うまでもなくメスか。そうだよな」
何故だと言われてもよくわからないがメスだろう。そう思った。
「しかし、これからどうするかね?」
人っ子一人いない荒野のど真ん中。相棒は雌狼一匹。
さて、どうしたもんかと考え込もうとした瞬間なんだけど、
「……ウ~……」
その雌狼が、唐突に唸りをあげた。
「おいでなすったか」
ログアウト前に血の臭いは消しておいたはずだが。
それとも、元々ここをテリトリーにしていた連中かな?
ゆっくりとたちあがり、注意を見てみた。
「ほうほう。囲まれてるなオイ」
敵は狼。隣のメスと同種だ。このへんを根城にする群れだろう。
考えてみれば当然だ。昨夜の群れは逃げていたわけで。
「ここにいろ。俺が始末する」
理解できるかわからないが、雌狼にそう言うと、ふわりと浮き上がった。
ん、よし、これで全体を見渡せるぞ。
「くらえ……『電撃』!」
俺の真下、雌狼のいる空間を除く、半径25m以内に電撃を飛ばした。
「ギャンっ!」
「キャン、キャン、キャン!」
『さっさと消えろ!』
言葉に魔力を乗せて周囲に放つと、たちまちに狼たちは逃げていった。
「……よし」
無益な殺生は嫌い、なんていうつもりはないけど、雌狼をかばいつつ狼を殺すっていうのは気が進まない。去ってくれるならそれで充分だ。
降りると、指示通りに雌狼はちゃんと待っていた。
「ほう、おまえ賢いな。ただの狼にしとくにはもっていないぞ」
そんな事を言っていると、ポーンというシステム音がした。何かのメッセージか?
あ、なんかスキルがついてる。
『和解』野獣系のモンスターと仲良くするスキル。
友達?部下?ペット?お好きな関係でどうぞ!
へぇ、こんなスキルあるんだ。知らなかった。
ていうかこれ、どう見ても雌狼関係だよな。さて。
「おまえ、俺と来るか?」
「……」
お、なんかスリスリしてきた。猫みたいな奴だな。
そしたら、ポーンとウインドウが開いた。
『彼女との仲良し度が一定レベルを越えました。呼び名をつけてあげてください』
ほほう。
「よし。おまえの名前はブランカだ」
元ネタはシートン動物記でなく昔の漫画だ。オリジナルは犬だし、しかもオスなんだけどな。
「クゥン」
「おお、よしよし。よろしくな」
しかし、なんていうかその。
戦士になるつもりがヘンな魔道士だし。しかも、可愛い女の子のはずが雌狼だし。
「……」
ああ、やめとこう。
まだ冒険二日目だしな、うん。これから挽回だ挽回、よし。
「とりあえず、人里を目指さないとなぁ……ん?」
「……」
「ああ、そうだな。その前にメシか」
目をうるうるさせたブランカの瞳をみて、まずは腹ごしらえだなと思った。