旅立ちの決意
今にして思えば、まぁ、この結末は予想できるものだったんだよな。
大柄な俺に対して子供の体格しかないコボルトたち。しかも女の子となると、さらにもう少し小さいわけで。ネコットの女の子たちの前で……そうだよな、なんでその結末が予想できなかったんだろうか。
まぁ、ぶっちゃけ、そのあたりが真の主人公とは違う、俺の限界って事なのかもしれないな。
◆ ◆ ◆
長老たちとの会話も終わり、俺は外に向かっていた。
ああもちろん、リッチ女のとこで失った腰布は新しいのを作り装着した。みせびらかして回るもんじゃないしな。紳士たるもの、婦女子におかしなものを見せないようにせねばならぬ。うん。
さて、無事に助かった子たちは元気してるかな?
「……む?」
長老の家を出た瞬間、何か、まわりの空気が一斉にざわめいたような気がした。
なんだと見てみるけど、みんなにおかしなところはない。普通にお仕事しているようで何よりだ。うん、のどかなものだな。
よく見ると、ところどころにちょっと違う顔がある。よその部族の子だな。きっと、お迎えがくるまでの間、こっちの仕事を手伝ってるんだろうな。
うーむ、いかにもコボルトらしい、平和な光景だなぁ。
うん。たまたま近くにいた、よその部族らしい女の子に声をかけてみた。
「こんにちは」
「!?」
な、なんだ?今の、ビクッと怯えたような反応は?
「あ、ど、どどどどどうも、こ、こんにちは!」
なんだろう。ずいぶんと慌ててるな。
首をかしげていると、そのコボルトのまわりに別のコボルトたちが集まってきた。で、小声で「おちついて」「がんばって」「で、でもぉ」なんて会話をしたかと思うと、ちょっぴり困ったように、でも朗らかな笑みを浮かべた。
う~ん……まさかと思うが、これは怖がられてるみたいだな。
正直ちょっとショック。
でもなぁ、思い返してみれば、あの状況で激怒してリッチ女を蹴り飛ばしたり、俺もアレだったわけだしな。自業自得なのかもしれない。
うん、こういう時は丁寧に接するのがいいだろう。
「ああごめんね、なんか逆に困らせちゃったみたいで」
「い、いえ!そんな、恩ある方にそんなとんでもないっ!」
「ありがとう、光栄だよ。それで大丈夫なの?体調が悪いとか困ってるとかはない?」
「は、はい!ないですっ!」
ああ、言わなくてもわかるよ、俺でもわかる。態度からにじみ出てるよ……。お願いだからほっといて、話しかけないでって。
でももちろん、そんな事は僕も言わない。言わぬが華だと思った。
「そうか、それは良かった。部族の人が迎えにきてくれるのかな?」
「あ、はい!今、ここのネコットの皆さんが問い合わせしてくださってます!」
うん。この瞬間の笑顔だけは本物だな。
「うんうん、よかった。ああ、話しかけちゃってごめんね。皆も悪かったね、お仕事続けて?」
「い、いえいえとんでみないですっち!」
「あああああありがとん、ござます!」
噛みまくってるよ、おい。
とりあえず空気を読んで、俺はその場を離れた。
しばらくして、俺は村外れの丘の上に座っていた。
あれから数名に話しかけたんだけど、そりゃもう露骨に逃げ腰だった。自分の存在が物凄く迷惑になっているとさすがに気づいて、俺はさっさと村の中心部から離れて、こっちに移動してきたわけだが。
「はぁ。何やってんだかな、俺」
自分が情けなかった。
俺自身は、そんなつもりじゃなかったんだが……コボルトたちに好かれたいって下心が見え見えだったんだろうな。彼らにはきっと、それが露骨に見えるんだろう。
ここから去ってほしい。
でも仲間たちを助けてくれたヤツだから、無碍にもできない。
もちろん彼らはそんな事言わない。
でも彼らの本音はきっとそんなとこなんだろうな……そう思った。
ふうっと、ためいきが出た。
そこでふと、ブランカの姿が見えない事にも気づいた。
「……あいつにも嫌われたか」
あいつにも。
動物にすら嫌われたのか、俺。
なんていうかもう……言葉もないな。
「……行こう」
そうだな、行こう。
礼儀だから長老さんには挨拶して、うん。ちょっと急用だからとかいって、すぐに出よう。
慌てて出たら、それで何か誤解される可能性もある。
だけど……いいじゃないか。
あんなに皆に嫌がられて、それでも居座るとか、俺にはできない。したくもない。
うん、そうしよう。
そんな事を考えて立ち上がろうとしたんだが、
「ちょっといいかの?」
つい数日前に聞いた声が、俺の背後から響いた。
あわてて振り返ると、そこには昨日助けたコボルトのひとり、プードルっぽいコボルトの女の子がいた。
でも、その声と雰囲気は全然違っていた。
うん。これはむしろ。
「……ラーマさん?」
「いかにもラーマじゃ。この娘は全コボルト当代一の巫女体質での。ちょっと頼んで体を貸してもらったのじゃ」
プードルなラーマさん……ラーマ神様は、目を細めた。笑っているようだった。
「我の計算違いでそなたに不快な思いをさせてしまったようだ。まったく、すまぬ事をしたなぁ」
「計算違い?」
「そなた、村で避けられまくっておるじゃろう?あれは怖がらせたせいではないぞ?」
「へ?じゃあ、なんで?」
「……ご立派様じゃよ、そなたの」
ご立派様?そういや、なんかゴがどうのって言葉が飛び交ってたなぁ。
でも、ご立派って何が立派なんだ?
「わかりやすく言えば、ご立派とは彼らのスラングでな。そそり立った男性器の事……ぶっちゃけ、そなたのち◯こじゃな」
「……は?」
「やっぱり、わかっておらんかったんじゃな?」
ふうっとラーマ神様はためいきをついた。
「リッチとの対峙のおり、そなたは興奮状態で戦っておった。
知っているとは思うが、戦闘だろうと色事だろうと興奮は興奮でな。事実、そなたは盛大にその逸物をブッ立てたまま戦っておったんじゃよ。
そして、コボルトたちは体が小さい。特に娘たちはな。
結果、彼女たちはそなたを見るたび、股間のご立派様をこれでもかと見せつけられていたわけでな……」
「……」
……それは。
おお……まて、待ってくれ、それは。
「なんじゃ?嫌われてたわけではないと言ったのじゃぞ?なぜ、そのように落ち込む?」
「いや……落ち込みもしますよ。あんな可愛い子たちに、よりによって、勃起したモノみせびらかしながら戦ったとか」
なんだよそれ。どこの変態野郎だよ。
てか、子供にそんなもん見せつけてトラウマ植え付けるとか。拉致して魔力とってたリッチ女よりひでえじゃねえか!
「最低だ……orz」
「……」
落ち込んでいる俺にラーマ神様は何も言わなかった。
ただ、しばらくしてから、ふうっとためいきをついた。
「ふふ……どうやら、我は予想をはるかに上回る大物を釣り上げたようじゃな。なんともすばらしい」
「えっと、はい?何かおっしゃいました?」
「ん?こっちの話じゃよ」
ラーマ神様はなぜか楽しげに笑った。
「そもそも、そなたにその姿と空想魔道士の能力を与えたのは偶然ではない。
過去におった獣族の大英雄が、揃いも揃って、やはり空想魔道士でな。そなたと同じように空想魔法で限界突破を行い、同じように義憤に燃えて戦い……そして、いつもいつも衣服を自分の炎で燃やしてしまっておったんじゃ。
つまり、その姿と能力は適当なものではない。獣族の伝統といえるじゃろう」
「……そうなんですか?」
うむ、とラーマ神様は大きくうなずいた。
「我の計算違いはコボルト族の反応じゃよ。嫌ってはおらんようじゃが、あまりにもご立派様がご立派すぎて、特に若い娘は恥ずかしくて近寄れないようなんじゃな。
昔のコボルト族も確かに恥ずかしがってはおったが、むしろ若い娘たちは勇者のご立派様に触りたがり撫でたがり、ネコットに着くたびにえらい騒動になったもんなんじゃが」
「……それはそれで色々と勘弁してください」
子供サイズってだけでも犯罪としか思えないのに、さらにモフモフのわんこたちだぞ。絶対ソレ変な意味で十八禁だろオイ。
そう言うと、ラーマ神様はまたフフフと笑った。
「誠実な男じゃな、うむ。そんなそなたに、詫びの印じゃ。受け取ってくれるかな?」
「え?」
見ると、そこにはいつのまにかブランカがいた。
「……ブランカ?」
いやちょっとまて。何か違うぞ?
思わずステータスを見てしまった。
『ブランカ』プチ・スターウルフ♀
特記事項:クロウの仲間
祝福:英雄のそばに侍る者(new!)
スキル:気配探知Lv12(up!)、対魔結界Lv6(new!)、安息結界Lv2(new!)、ホーム強制移動Lv1(new!)
クロウに懐いていた狼がラーマ神じきじきの祝福を受け進化した。
スターウルフとは狼族を統べる筆頭種族であり、まだ未熟ではあるが精霊要素が入っている。もともと彼女はかなり知能の高い個体だったが、戦闘力と共に知力もひきあげられており、クロウのサポートとして戦う事が可能になった。
また、クロウの特別な立場のために特殊な祝福が与えられている。その一例がスキル『ホーム強制移動』で、倒れたプレイヤーのメニューシステムに干渉する事ができる。具体的には、死に戻りの先を、はじまりの町の噴水前に強制変更してしまう事ができる。
「……なにこのチート」
プレイヤーホームを強制的に書き換えるだって?ネトゲでこのスキルって反則すぎるだろ?
「そなた、これからも獣族のために戦い続けるつもりなのであろう?」
それは。
「以前の勇者であれば、コボルト族が大いに助けになってくれた。もちろん、そなたの力にもなってくれるじゃろう。
じゃが、ご立派様問題は決して小さくないであろう。従来なら有能な娘たちがサポートに殺到するところなのじゃが、そういう意味ではほとんど期待できんじゃろうな。
ゆえに、この狼に祝福を与えた。
何より、そなたに非常に懐いておったのでな。それにふさわしかろうよ」
「……」
神様の声は続いている。
でも、それはむしろどうでも良かった。それより確認すべき事があった。
ブランカに触れてみた。そして顔を見てみた。
「……」
うん、確かにブランカだ。神様に色々といじられてしまっているようだけど、その眼の色だけは村に着く前と全然変わらない。
よかった。うん、本当に。
「悪かったなブランカ。ちょっと俺、浮かれすぎてたみたいだ」
そもそも、ここの村に案内してくれたのはブランカ。ブランカはたぶん、良かれと思ってモフモフの村に連れてきてくれたんだろう。
なのに、俺はそれをぶちこわしたんだ。
ごめんよ。君の厚意を無にしてしまった。
「そろそろ行こうか、村長さんに挨拶して」
うん、そうしよう。
旅人の美は背中にありだ。俺自身も気楽になるけど、変な噂の払拭にもなるかもしれないしな。
「……」
ブランカはそんな俺の考えがわかっているかのように、クウン、と優しく鳴いた。




