得られたもの
はじめての本格的な戦いは、なんとか勝つ事ができた。
まぁ、正直いうと個人的には最低の結果だと思う。コボルト側の犠牲者がないのは奇跡みたいなものだと思うし、お馬鹿な失敗をして捕まったのもよろしくない。色々とダメすぎた。
ただ、それが悪い事ばかりだったかというと……褒められた話じゃないけど結果オーライなところもあったらしい。
◆ ◆ ◆
俺が週明けの仕事をすませて再びログインしたら、なんと先日のオーク、ジム氏が村に来てた。
森のオークの里の名代という立場らしい。要は手土産もって謝りにきたんだな。ガキどもが迷惑かけましたと。
「そうか。まぁ、俺は助かった子たちやケレン君たちと話をしたいんだが」
爺さんやおっさんと話すのも悪くないが、俺は可愛いモフモフたちの方がいいぞ。
「いえ、ご……クロウ様!その前に長老様のお部屋にどうぞ!オークの使者殿もお待ちしておりますので!」
なんか有無をいわさぬ感じだな、仕方ない。
「そうか、わかった。ところで『ご…』って何?」
「ささ、どうぞクロウ様!」
「?」
なんか変だな?
まぁそんなわけで、なんか強制的に長老様のところに案内されたわけだが。
今度こそは頭をぶつけず、無事に部屋にはいると、そこには長老さん、そして先日のジム氏もいたってわけだ。
「改めて、すまねえな。森の民が森を逸脱して、草原のあんたらに迷惑をかけちまうなんざ」
「まぁ解決したんじゃから、そう気にせんでくだされ。それより猪の、そっちの被害はどうじゃったんじゃ?」
「ああ、それなんですがね。うちの小僧どもも正気に戻ってました。どうやらあのリッチ野郎、誰の命も奪ってなかったみたいなんで」
「では、犠牲になったのは、おまえさんが連れてきていた手練れの三名だけと?」
「はい。まぁ、あの時は売り言葉に買い言葉で殺し合いになっちまいましたからね。真正面からの果たし合いと同じなんで、俺ら森の民的には恨みっこなしなんで」
そう。
実はあのリッチ女、ほとんど死者を出してなかった。死んだのは俺も見たあのオーク三体と、あとはお宝目当ての侵入者くらいだという。コボルトたちに至っては、かなりあちこちからさらっていたにも関わらず、犠牲者ゼロだというから驚く。
で、その理由というのが。
「しかし、いくら死傷者がないといっても、若者をずらり拘束して魔力を吸い上げるとはのう」
「全くです。話をきいて自分も戦慄しました。種族が違うとはいえ、同じ獣族を生きたまま畑のようにして魔力を収穫するなど」
うん、そういう事なんだよな。
あいつが殺さなかった理由、そして、コボルトたちがクタッと脱力状態になっていた理由。
あれ、生かしたまま魔力を吸われ続けていたためらしいんだ。
「そういや、そっちの後遺症はないんですか?」
「ないといえばない、あるといえばある」
「?」
「健康面の問題はない。驚くほどに全く問題なかった。
じゃが、魔力を吸われ続けた事で全員の総魔力が軒並み跳ね上がっておった。おそらく全員がコボルトメイジ、しかも第一級かそれ以上の存在になるじゃろうよ」
「……それって」
俺は一瞬、思わず絶句した。
「それってまさか、あいつ、とらえたコボルトたちの魔力を鍛えてたって事です?」
「結果的には、の。もちろん本当の理由は魔力の吸い上げで、我らの魔力を鍛えていたというのはおそらく副産物じゃろう、とは思うんじゃが」
「まぁ、そうだな」
「なるほど」
ま、そうだろうな。……ちょっと気になるところはあるんだが。
そんな事を考えていたら、
「おや、勇者どのは何か気になる事が?」
「……だからそれは違うっつったでしょ?ジムさん?」
「おおすみません、クロウ殿でしたな」
このおっさん、絶対わざとだ。勇者ゆうしゃ連呼して広めようとしてるよ、絶対。
勘弁してくれよもう。
「で、何か気になる事でも?」
「大した事じゃない。俺の考えすぎかもしれないんだが」
「何でもいい。できたら話してくれまいか。候補とはいえ勇者であれば、何かひっかかるものがあった、とも考えられる」
「……じゃあですね。あいつが言ってた事なんですが」
そう。あいつ、こう言ったんだよな。
『ま、待って!お願い話を聞いて!これは大事な事なんだ!とても!』
……って。
「大事な事、か」
「なるほど、確かに気になるセリフじゃの」
「ただの言い逃れのでまかせかもしれませんが」
「いや、そうでもないかもしれないぞ」
ジム氏がなぜか、確信げに否定してきた。
「そもそもリッチがどうして魔力を集めていたか、だ。何が考えられる?」
「位階をあげるためって本人は言ってたな。でも、無理に必要ではないとも言ってた。時間は常に自分に味方するのだからと」
「だったら、それは第一の目的ではないって事だな。むしろ、魔力集めの方が副産物なのかもしれん」
「そうなの?」
「あくまで推測だがな」
ジム氏はニヤリと笑った。
「その会話から伺えるのは、自分自身の成長を急いでいたわけではないって事だ。位階を上げるっていうのは自分を強化するって事だからな。それが最優先項目でないというのなら」
「なるほど。でもだったらどうして」
「……まさかと思うが、本当にコボルト族の魔力強化が目的って可能性もあるぞ」
「どういう事?」
「まさか……猪の、そなたが言いたいのは」
「はい」
「ううむ……なるほど、確かにその可能性もあるか」
えーと、なんなんだ?ジム氏と長老が何か同意しているみたいだけど?
「あのですな、クロウ殿」
今度は長老が話し始めた。
「わしらコボルト族は弱く、寿命も短い。しかしそのかわり、子沢山で世代交代も早く、魔力も高めなんですじゃ」
「へ、そうなの?」
「そうだ。草原の民は短命で早い世代交代を行い、そのかわり常に若者が多いのが特徴でな」
「へぇ……」
なるほど、弱いから数で稼ぐと。しかも腕力に足りないかわりに魔力。合理的だな。
「しかも、親の魔力の強さは子に影響を与えますじゃ。母親の場合はもちろん、父親の場合でも子育て中にふれあいますからな」
「あぁ、確かに」
彼らの話によると、コボルトは遅くとも二歳までには子供が産めるようになるという。しかも多産系。
「仮にいま、十頭のメスが大魔力持ちだったとしましょう。二年半後にはそのほとんどの子供も魔力持ちになり、その半数はメスだとしましょう。すると……」
「……十年もあったら、物凄い数にならねえ?」
「少なくとも五世代はいけますからな。さらに十年もあれば、全ての同族の魔力を引き上げる事すらも可能かと思いますが」
「それも劇的にな」
「……」
うーん。それは冗談でもなんでもなく、洒落にならないな。
「でも、しかしなぜ?あいつはオーク族のしかもリッチだ。コボルト族の魔力を鍛えあげて得する事なんて?」
だが。
「ありますな。一つだけ」
「?」
な、なんだ?ジム氏も長老も俺の方を見て。
「実はですな、我ら、全ての獣族の間、古来から言われている伝説がありましてな」
「伝説?」
「うむ。全ての獣族に危機が訪れし時、勇者が現れるというのですよ」
「……それは」
「そして、まだ候補とはいえここに勇者どのがいる。ならば?」
いやいや。いくらなんでも、そんなどこにでもある、おとぎばなしみたいな勇者譚なんて、
「残念ながらクロウ殿、冗談事ではすまぬのです……これを見てくだされ」
「え、これって」
なんか、組紐みたいなものを渡された。
「それは手紙ですじゃ。両手にもち目を閉じて、両手の間に魔力を流してみてくだされ」
「あ、うん。待ってくれ、やってみる」
そう言うと、言われた通りにして目をつむり、魔力を流してみて、
「お」
なんとその瞬間、目の前に何か浮かんだ。
これは……神殿?
そして、巫女さんだ。
『こちらは、はじまりの国の中央神殿です。ゴンドル大陸塊にいらっしゃる、全ての獣族の皆様に緊急連絡をさせていただきます。
なお、本当に重要であれば、その地域の皆様にはラーマ神様からも情報があると思いますので、こちらはあくまで参考という事でもかまいません。皆様の方でご判断を。
先日より異世界人の渡来が始まっておりますが、悲しい事に彼らは獣族の多くを単なるモンスターと認識しているようです。多くの獣族が狩られはじめており、しかも現時点で、対策も間に合っておりません。
ゆえに現在、中央大陸および西大陸の全ての獣族に対し、緊急避難指示がなされております。
該当の皆様はすみやかに、東大陸、南大陸、およびナキール大陸への避難を行ってください。できなくとも、少しでも中央大陸および西大陸から離れる行動をとってください。
また現在こちらとしては、カルカラより東大陸行きの定期航路を向こう二十年間、一時停止する事を決定しております。さらに……』
目をあけると、組紐を長老に返した。
「わかったかの?」
「つまり、あのリッチ女は対異世界人勢力を育てていたと?」
「あくまで推測じゃがの。聞いた範囲でまとめると、可能性の高いのはこれなんじゃ」
つまり……プレイヤーはここにいる皆の敵だって事か?
なんだよそれ。
「いや、でも……それ、おかしくないか?なぁ」
「どういう事じゃ?」
いや、だってさ。
「俺はどうなる?俺も異世界人だぞ?対異世界人なら、なぜ俺はここにいる?なぜ俺が勇者の器とやらなんだ?」
「そっちはわからん。わからんが……」
俺の疑問に、ジム氏が反応してきた。
「なぁ。聞いた話じゃ、異世界人っていうのは全部人族だという。でもあんたは違うよな?人族ではない。これはどうしてなんだ?」
「いや、確かに元の世界じゃ俺は人族だよ。この体はな、こっちでの体を作るとき、ラーマ神様に提示された肉体なんだ」
「ラーマ神様に?」
「そうだ。しかも、これ以外の選択肢は一切なかった。東大陸に送られる事も最初に確認させられた」
「そうか……」
ジム氏は少し考えこみ、そして、うむと大きくうなずいた。
「だったら、あんたは狼人だな。間違いなく」
「どういう事だ?」
「選択肢に狼人以外がなかったんだろ?おそらくそれは偶然ではない。どういう理屈かはわからないが、ラーマ神様的にいって、あんたは狼族にする、これはおそらく決定だったんだろうさ。
おまけに、はじまりの国や神殿でなく、ここ東大陸に直接送られたんだろう?」
「ああ」
「ならば間違いない。東大陸は大多数が俺たち獣族だからな、多民族混在でどっちが上も下もないんだ」
「……そういうもんなのか?」
「うむ。確かにそういうもんじゃな」
長老さんまで同意してきた。
「そうか……」
俺の種族選択が狼人だけだったのは、そういう事なのか?
そうか……。
「ちょっと話を戻すかの?
まずリッチとやらのやった事自体は犯罪じゃよ、これは変わらぬ。子どもたちを殺しておらんとはいえ、断りもなく大量に誘拐したうえに儀式に使うような事もやらかしておる。いかなる理由があれ、これは有罪じゃ。
ただし、我らコボルト族としては、死罪という程のものではないな。厳重注意にはなるがの」
「森の民としてもそんな感じだ。無罪とは言わんが、積極的に断罪するほどではない」
へぇ、そんなもんなのか。
「なんか大昔の賞罰がついてたぞ。第五期のなんとかって国で大量殺人犯だとか」
「第五期?なんだ、あいつそんなとんでもない長生きだったのか」
へ?
「クロウ殿。今現在、このツンダークは第六期の歴史を歩んでおるのじゃ。
まぁ細かい話は抜きにして結論だけを言えば……第五期に犯罪を犯しておるという事は、その者は少なくとも六百年以上を生きておるという事じゃよ」
「……六百年?」
「そうじゃ」
六百年か。年表ならともかく、実際に生きるとしたら途方も無い長さだな。
「だいたい、そんな昔の犯罪では、どのみち裁く者はおらぬよ。当事国がもう存在しないわけじゃしの」
「存在しないって、そうなのか?」
「国名についてはわかっておるか?」
「ディートリ王国と」
「間違いなく滅亡しておるな。ちなみに今、我らがおるこのあたりは旧ディートリ王国の領地じゃよ」
「そうか」
色々と言いたい事はあったが、皆が納得しているようだしな。部外者の俺が言うのもなんだ。
とりあえずそんな感じで、この事件は一旦落着となった。
うん、やっとこれでモフモフ……もとい、ケレン君たちと楽しい時間を過ごせるぞ。
俺は勇者でも何でもないが、あれだけ頑張ったんだからな。まさか避けられやしないだろう。
……怖がって逃げられるとかはないよな、うん。ないと信じよう。あったら悲しいしな……。
さ、さぁ戻ろう!
……フフフ。




