激怒
ところで「なんでログアウトしなかったの?」って思うかなやっぱり?
無粋な言い分かもしれないけど、やっぱりそりゃネトゲだからね。
だけどこの時、俺はログアウトしなかった。というより、ログアウトという発想そのものが浮かばなかったというべきかな?
狼人という今の立場。
そして、ブランカやケレン君。
彼らと共にこの場所にいる事が、とても自然だったんだ。
そもそもログアウトって言葉自体、全てが終わるまで全く思い出さなかったわけだし。
うん、もしかしたら。
俺の『狼人クロウ』としての、本当の意味でのツンダークでの生活はもうこの時、とっくに始まっていたのかもしれない。
◆ ◆ ◆
ゴボゴボ。
液体の中で揺れる感覚。
熱くもなく冷たくもない、不思議な水の中にいる感覚。世界の全てがゆるくなり、そして、とけていく。
『……』
遠くから声が聞こえる。
意味はわからない。
誰の声かもわからない。
ただ……ただ、とても必死な。
……必死な?
『……』
ふと、そちらの方に意識を向けて……そうしたら、風景が見えた。
『……あれは?』
祭壇のような場所。なんかミイラみたいなヤツが動いていて……いや違う、声の主はそいつじゃない。
声の主はどこだろう?
ああ……あれは俺か?
ははは、ブザマだな。ちんこ丸出しで首枷、足枷かよ。しかも何か緑色の液体にまみれて。
いや、それはいい。声はどこから?
……あれは……あれは、何だ?
『ちくしょう、はなせ!リリア、リリアァッ!』
あれは……そう、ケレン君、ケレン君じゃないか。無事だったのか。
いやまぁ、拘束されていて、まさに絶体絶命って感じだけどな。
ところで、リリアって誰だ?
『……』
ケレン君の隣……あれはコボルトの……女の子?
裸に剥かれて、やっぱり固定されて……そして、ぐったりとしている。
まさか、何かされたのか?
いや……まて……まて!
なんだこれ?
俺は、とっさにその光景の意味がわからなかった。
広い場所にたくさんの首が並んでいた。そこにはたぶん全部、コボルトと思われる首だった。
たぶん、と言ったのは見慣れない顔があったからだ。ケレン君の村にいたのは雑種っぽいのと秋田犬っぽいのばかりだったけど、どう見てもスピッツとか、プードル?ねえプードル?って顔の子とか、本当に色々いた。
その首が、ずらり。みんなぐったりしてる。
いったい……何だこれ?
いやまて、それより何より。
『リリア、リリアァッ!』
同じ場所にケレン君も、そして彼の言うリリアちゃん?と思われる女の子も固定されていて。
そして、ケレン君はまだ無事だが、リリアちゃんはぐったりしているわけで。
わけがわからない。
だけど、ケレン君がやばいって事だけは俺にもわかった。
てか、これ何だよ!何やらかしてんだ!
いったい、誰が、誰がこんな事を!
『はいはい、ケレン君でしたか?そんなに騒ぐと喉を痛めちゃいますよ?』
『き、きさまぁぁぁっ!』
……ほう、そうか。
ミイラ野郎。てめえが、この黒幕か。
……ふざ、けんな。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなぁっ!!
……貴様なんか!
…………貴様なんか!!
……………ぶっ殺してやるぁぁぁぁぁっ!!!!
俺の中で突然、物凄い炎が吹き上がった。
それは怒りの炎だった。不浄を破壊し、燃やし尽くし、そしてその灰の中から新たな世界を創造する。そんな苛烈な炎だった。
だけど。
「むぐぐぐぅぅぅぅっ!」
吹き上がった自分自身のエネルギーで苦しい。
立ち上がろうとしたが、何かで拘束されていて、がんじがらめで動けない。
ええい、鬱陶しい!
「がぁぁぁぁっ!」
鬱陶しい何もかもを一気に引きちぎり、立ち上がった。
「ま、まさか!?」
声のした方に振り向くと、なんかミイラ野郎がムンク状態になっている。
「あれでも足りなかったっていうの、そんな馬鹿な!……ええい、みんな、やっちゃいなさい!」
『オオオオッ!』
オークどもが斧をかまえて、吠えながら向かってきた。
連中が攻撃してくるが、全然効かない。なんだこいつら、遊んでやがるのか?
つーか鬱陶しい。いいかげんにしろこの野郎。
「うるせぇっ!」
殴る蹴るすると、オークどもはあっさりと簡単に沈んで動かなくなった。
「そんなばかな!いくら空想魔法の使い手が強いったって、空想魔法は魔力喰いなわけで、こんな事が起こるはず……!」
そこまで言ったところで、ミイラ野郎はハッとしたように俺を見た。
「まさか……まさかおまえ、いや、あなたは……勇者の器?」
「!」
勇者の器?
よくわからないが、ケレン君がビックリしてこっち見てるぞ。何か意味のある言葉なのか?
「な、なるほど、まだ無自覚なのね。
ああうん、わかった!わかりました!ごめんなさい、まさか勇者様の身内とは思いもしなかったので!」
「……ほう」
俺はきっと、すごい怒り顔をしているだろう。
じり、じり、と、ミイラ野郎に近づいていく。
そして、少しずつ、後ずさるミイラ野郎。
「てめえは……するとなにか?その勇者とやらの身内じゃなきゃ、こんな可愛いコボルトたちをこんな目にあわせると?ほほう?」
「ま、待って!お願い話を聞いて!これは大事な事なんだ!とても!」
「問答無用だボケがぁっ!!」
俺は全力でミイラ野郎に蹴りをいれた。
猛烈な異音と共にミイラ野郎は吹っ飛び、壁にたたきつけられて動かなくなった。
ふう。馬鹿野郎が。
さて、コボルトたちを助けなければ。しかしこれ、どうやったら外れるんだ?
「むむ。力まかせは……まずいよな」
「クロウさん!」
ん?ああ、ケレン君か。
「クロウさん!たぶんこのレバーです!さっきあいつら、そこを操作してました!」
「ああ、これか。よし」
彼らの固定されているところ、ひとつひとつにレバーが2つついていた。
その中で、赤く塗られているレバーがある。コボルトが固定されているものはさがっていて、空席のものは上がっている。
迷わずケレン君の赤レバーを上げたら、ガチンと音がして彼が開放された。
「ごほ、ごほ、」
「大丈夫っぽいか?」
「は、はい」
「よし、どんどんやっていくぞ」
「はい」
そう言っている間に、コボルトたちに変化が起きていた。
ミイラ野郎がやられて術が解けたって事か?
「あ……あ?」
「リリア、リリア大丈夫?」
「あ……け、ケレン?」
「リリア!」
おお、リリアちゃんとやらも無事らしいな。ケレン君の彼女かな?
そうかそうか。彼が志願したのはそういう理由だったんだな、うむ。
……って、なんかリリアちゃんとやら、こっち見てフリーズしてるけど、なんだろ?
まぁいいや。とにかく助けるぞ、どんどん。
「大丈夫かい?」
「……は、はい」
赤レバーを上げて、どんどん助けていく。
途中で気づいたんだけど、もしかして怪我人とか誰もいないのか?まぁ全員裸だし、怪我がなくとも何もされてないとは言えないよな。
んー、それにしても。
みんな助けると一瞬フリーズして、それから慌てたように返事してくるのは何故だろう?
そんなこんなを考えながら作業を続けていたら、
「ん?」
狼が吠えてる。これは……ブランカか?
「あ、みんな!」
ん?村のコボルトか?
ああ、もしかしてブランカ、逃げたんじゃなくて村に応援呼びにいってくれたのか?
おー気が利くな。さすが大したもんだ。
そんなこんなで浮かれていた俺は、助けた子、特に女の子たちが顔を見合わせ、妙な言葉をつぶやいているのに気付かなかった。
「……ご」
「ご立派様……?」
「……うん、ご立派様」
「やだぁ……(////)」




