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「では主様、私自身の紹介と指輪の説明を並行して話します」
「えぇ‥‥、良いわ」
湯殿から出ると、動きやすいワンピース調ドレスを着て彼女の元へ。先程私が着ていたメイド服は、備え付けの洗浄と浄化をする魔具箱の中に放り込んだ。
保冷する魔具箱の中に入っていたチィの花を乾燥させて作る花茶を取り出し、棚に入っているグラスに注いで彼女と私の前に置く。
チィの花茶は、フラニカ領が持つ数少ない特産物の1つである。
「先ずですが、その指輪は【迷宮の指輪】と申します。別名は古の遺産。魔物を自身の【眷族】にしたり、一般的にダンジョンと呼ばれる迷宮を製作する為に必要な、偽り無き真の品で御座います」
「?!」
「私、実は所謂古のとある方が創造した人工精霊で御座います。様々に宿る精霊や妖精と細部は違いますが、愛らしい精霊と言う揺るぎ無い事実は同じに御座います」
ニッコリと、彼女は心底驚いている私に微笑みながら驚くべき事を軽々しく口にする。いや、有り得ない事は有り得ないので、彼女の言い分を信じるべきか悩んでしまう。
「私としては主様に迷宮を造って頂くか、魔物の保護を願いたい物です。私の役目、と言うより使命は主様の補佐する事ですので」
「貴方の言い分が正しくても、私の家にダンジョンを造る敷地や魔物を保護する食料の余裕は無いわ。自分達だけでギリギリなの」
そう彼女に言うと、私はチィの花茶を一気に飲み干し、テーブルに置く。本当の事を言って居るのだとしても、領民を預かる身としてはこれ幸いと飛び付く訳にはいかない。
でもダンジョン経営と言うのは、軽度の財政難に陥ったフラニカ領にとって喉から手が出る程欲しい財源だ。しかも彼女が正しければ迷宮の主は私だと言う。
「領地問題、財政難は後でお聞きするとして、主様は私然り余り信用して居ない様ですね。まぁ、致し方有りません。迷宮の情報は迷宮に携わる物にしか継がれません故」
恰かも困った風に片手を頬に当て、小さく溜め息を吐く彼女。表情は笑っていない瞳、にんまりと口角を上げており、言動の不一致さに私は頭が痛くなる。
「語り尽くせぬ故にもう少々お話の時間は頂きますが、主様に1つ申し上げたい事が御座います」
「な、何かしら?」
「遅くて明日、早くて今日中に世界の迷宮を管理する方が此方に御目見えすると思われます。指輪が主を選んだ際、即座に察知出来る物を確かリンドブルムが所有して居た、と私は記憶して居ります」
「リンドブルムって、王家の?」
「えぇ。私が王家と最後に会ったのは初代女王のみ。まぁ、泥臭い田舎娘で御座いましたが‥‥」
クスリと、彼女は楽しげに小さな笑い声を漏らしながら、私の問いに答える。先程の笑って居ない笑顔は捨て、何処か遠くを懐かしむかの様に目を細めた。
事実、史実と彼女の言う事は合っている。王に見初められ、子を宿した侍女。周囲の嫌がらせに母子共に命を危ぶみ、人知れず故郷の田舎に帰る侍女。
田舎に帰り子を産み、育てて居るその頃、リンドブルム城と城下町を巻き込んだ死の伝染病が蔓延する。体力の無い老人、免疫力の無い子供が率先して死んでいった。
王家、王族の子供も田舎に居た初代女王陛下を残し、病が治まる頃には全て死に絶えて居たと言う。そこからは省略。全て語るのならばあと数時間は掛かる。
「では、その方にも確たる証拠を貰うとしましょう。‥‥あの、疑り深くてごめんなさいね」
「疑いを知らないのは赤子迄です。それを出来ぬのは無垢では無く無知、恥じる事で御座います」
実の所、8割は信用してると言って良い。ダンジョンが出来れば年に1度配布される転移符が何度も配布され、税金はそのままに行商人ギルド員旅人等々、沢山の人がダンジョンを求めやって来る。
その分治安は悪くなるけど、儲けたお金でギルド員を雇えば良い。考えて見ると、案外私も乗り気だ。やはり領民をひもじさから救うのは最優先事項。
「あぁそう言えば、貴方の名前を聞いて居なかったわよね」
「いつ御気付きになるか楽しみにして居りました。私の名は勿論無く、ペティメイドと言う人工精霊に御座います。意味は小さく愛らしいメイド、と言う意味です主様」
「‥‥では、ペティと呼ぼうかしら。確かに、貴方の容姿は骨董人形の様に小さく愛らしいわ」
「“名称設定完了致しました。以後の変更は不可になります”」
彼女彼女、と呼んで居たら誰かと混同してしまいそうだ。なので名を尋ねれば名では無く人工精霊の名を教わったのだけど、不都合な事が?首を捻りながら短くした名を呼べば、それを肯定される。
心底、訳が分からない。
きっと私はそんな表情をして居ただろう。漸くチィの花茶に口を付け、優雅に飲む彼女。
「主様、私、隠しておりましたが熱い物の苦手な猫舌で御座います」
「い、今言う事なの?」
「えぇ、大事な事で御座います。此れから共に有る者の嗜好を知るは、円滑な関係に必要になります。知り合って間も無ければ尚」
花茶を飲み終えたグラスを音も無くテーブルに置き、ゆっくり立ち上がりソファから少し離れるとスカートの裾を摘まみ、礼をする。これは私が先程やった古式の宮廷作法、随分と簡略した物だけれど。
「あぁ、主様。そう言えば外が少々五月蝿い様なのですが?」
「え?」
大した確信も話せず、意識を自室の扉に向ければ確かに何か慌てた様な足音がこちらに近付いて来るのが分かる。大方3人分、私が思うにメイド達かしら?
使用人に有るまじき、ノックもせず無遠慮に主人の扉を開く音。雪崩れ込む様、部屋に入って来たのはやはり犬耳3姉妹メイド。
「たっ、たた大変で御座います、リコレッタ様!」
「リコレッタ様、領主様がお呼びして居りますわ」
「兎に角至急ですの!」
上から次女のルベロ、長女のケルス、三女のスール。同じ顔、同じ身長、見分けるのが一見難しそうな姉妹だが、髪と目の色、胸の大小が3人とも違うのでそんな事は無い。
犬族に似た外見なのでソレと同じ説明をすれば、彼女等は意外に細かく「狼番犬種です!」と食い付いてくる。違いが全く分から無いので諦めて欲しい。
「ふむ。主様の部屋に入室するに至りノックもしない、躾済みとは程遠い雌犬共で御座いますか‥」
「「「なっ!」」」
「雌も3人寄れば姦しいと申します。犬の躾をした事は御座いませんが、不祥ながら一月頂ければ使い物にはなるかと思われます」
ソファーを挟み、4人は正に一触即発の雰囲気を醸し出して居る。とは言っても、犬耳メイド3人を彼女‥‥ペティが涼しい表情で挑発している。自己紹介もして居ないと言うのに、全く。溜め息しか出ない。
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