ホームランを目指せっ
「ホームランが打てたら、付き合ってあげる」
ここは中学校の野球部。
大して強くもなく、地区大会でもベスト8にすら入れないチーム。
目立ったいい選手が在籍しているわけでもない。
平凡なチームだ。
しかし、彼ら野球部のマネージャーは、とても可愛かった…。
野球部員全員に慕われている。
他の部活で好きになる人も出るくらい。
所謂アイドルだった。
そんな彼女に、今日、裕太という男の子が告白した。
同級生で、レギュラーに入っているが、あまり目立った成績でもない。
それに、少し弱気な性格も相まってか、なかなかチームの輪に入れていない。
少し浮き気味のライトだった。
そんな彼が唯一、勇気を出して告白した。
「好きですっ。付き合ってくださいっ」
心臓が停まるかと思ったほど緊張し、胸の音が外に漏れるんじゃないか、というくらいドクンドクンと高まっていく。
そんな彼女が発した言葉。
「ホームランが打てたら、付き合ってあげる」
彼はその日から、一生懸命頑張った。
本当に死ぬ気で。
毎日自主練習で、素振りをしていた。
毎日、毎日、毎日、毎日。
何千回も、何万回も、素振りをし続けた。
血豆が出て、潰し、振り続け……
「まったくさ〜。あいつ、本当にバカだよなぁ」
「本当だぜ。愛華がエースの中野と付き合ってるの、知らねえのかよ?」
「愛華、誰にでも優しいから。やんわり断られたの、わかってないのかねぇ?」
「本当だよ」
同じチームメイトは、そう言って彼をバカにしていた。
彼は、それを無視する。
必死でやれば、なんとかなる。
絶対に、なんとかなるんだ。
しかし……
「ねぇ、あなた、バカなの?」
「えっ……」
それは、彼女自身が、彼に言った言葉だ。
「あんな約束、嘘に決まってるじゃん」
「……………」
「私、付き合ってる人いるし。あんたと違って、カッコいいし。バカじゃないし」
「………………」
「そういうで、もういいでしょ?じゃあね」
「……知ってたよ……。君が、付き合ってたって。
いつもエースと一緒に帰ってたし。たぶん付き合ってるって思ってた。でも、断られるって、分かってて。告白した。それが、自分に決別する方法だと思ったから。でも、さ。君は言ってくれた。『ホームランが打てたら、付き合ってあげる』って。めちゃくちゃ嬉しかったんだ。努力をすれば、彼女が振り向いてくれるかも知れないって思って。だから、一生懸命に、練習してた」
「……だったら、さらにバカじゃん。私が、あんたなんかに惚れるわけないでしょ?」
「……でも……。努力は必ず、報われる。例え君と付き合えなくたって。絶対に。努力は、何かの実を結ぶ。僕はそう信じてる」
「…………っ」
彼の目は、本気だった。
とても力強く見えたその目に圧倒されそうになった彼女だったが
「ふん。じゃあ続けなよ。その、バカな努力をさ。そんな綺麗事ばかり言っても、何もならないけどね」
「……あぁ。やってやるさ」
その日から、彼は更なる特訓を重ねる。
そして、夏の大会。
「4番 ライト 坂井裕太」
彼は4番に選ばれたのだ。
「お前、最近すごく頑張ってるだろ?お前なら絶対に打てる。そう信じてるぜ」
監督は、そう彼に言ったのだ。
しかし、当然ながら、彼は緊張していた。
4番など初めてのことだったため、上手く打つことが出来ない。
第1打席は、サードへのフライに終わる。
第2打席は外野まで飛んだのだが、外野の守備が上手く、アウトになってしまう。
試合は進み、8回裏。
ツーアウトランナー、一二塁で裕太に打席が回る。
「力抜いていけ」
と監督に励まされる。
彼はを覚悟した。
どうせ、打てないだろう、と。
しかし、
彼女、マネージャーの顔を見た瞬間。
「ここで打つんだ。絶対にっ。努力は必ず、何かの実を結ぶんだ!」
打席に立つ。
ピッチャーは、エースで、早い直球が特徴だ。
狙い球は当然ストレート。
初球、内角高めのストレート。
しかし、振り遅れてストライク。
二球目、外角のボール。
三球目、タイミングを外すチェンジアップ。
しかし、これは見逃し。
ツーストライク、ワンボール。
ボールをよく見て、打たないといけない。
しかし、次の球。
ど真ん中の直球が飛んでくる。
バットを力一杯振る。
そして、
カッキィィィ!!
快音が響くと、ボールは外野手を悠々と越えていった。
そう、ホームラン。
逆転のホームランを打ち込んだのだ。
その次の回を0点で締め括り、チームの優勝が決まった。
「…………すごい…………」
マネージャーは、彼の打席、思わず手を固く握りしめていた。
チームに勝ってもらいたい、とは思っていたが、これは、そんな類いのものではない。
彼がホームランを打った瞬間、全身に鳥肌が立った。
自分が、「バカな努力」と言った、その努力が、チームを勝利へと導き、彼の夢を達成させたのだ。
「全部……、坂井くんの方が、正しかった…」
すると、途端に、自分が酷く恥ずかしく思えた。
彼の立派な努力を、バカな努力だと罵り、彼が出来ないってことを前提にして、ホームランを打ったら、なんてこと言って。
彼は、本当にいい努力家だ。
それを無視して。
酷いことも言って。
「私……。もしかしたら、好きになっちゃった……」
彼女が密かに、恋心を抱いたのだ。
「……ホームラン。おめでとう」
「あぁ、ありがと」
「……その、さ。ホームラン、打ったら、付き合うって、言ったじゃん……」
「………」
「私……。本当に、付き合ってもいいかな、って、思ったの……」
「………」
「私、あなたに酷いこと言ったの、覚えてる。私のこと、嫌いになったかも知れない。そんなこと百も承知。でも、私、あなたが好きになった……」
「………本当?」
「うん。大好き。付き合ってくださいっ」
「……よろしくっ」
「じゃあ、ホームラン打てたご褒美ね」
愛華の唇が、裕太と重なった……。