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カノン

掲載日:2026/10/10

この世界は僕と機械しかいない。


黒く壊れかけの機械。


とりあえず名前はつけた。カノン。それが僕がこの機械につけた名前だ。


カノンはいつも話しかけても動かない。


でもそれだけで僕は満足だった。


毎日毎日、僕は話した。


ある時ぽろり、ネジが外れた。


拾って機械につけてみる。


あれ、違う。


こうかな。


んー。多分こうだろう。


なんか違うけど、うまくいった気がする。


起きた。あれ?


カノンいない。どうして?


探し回った。いない。どこにいったのだろう。


みつけた。


カノンがいた。


僕が声をかけるとカノンは振り向いた。


どうやら僕のせいでカノンは起きてしまったらしい。


カチカチとカノンの駆動音がなる。


ああ、でもよかった。このままいなくなってしまったらどうしようかと。


ねえどこにもいかないで。


カチカチ。


カノンが返事をしたそんな気がした。


カノンの音は落ち着く。でも最近どんどん音が小さくなっているのを感じた。


見つけてから、僕はカノンのそばを離れなかった。


またどこかへ行ってしまわないように、冷たくて重い鉄の手を、ずっと自分の小さな手で握りしめていた。


あのときつけたネジが、だんだん緩んできている。


「直さなきゃ」


僕の手で、あのときとは違う場所を締めてみる。


ぎこ、とカノンが身じろぎした。


違う、そうじゃない。僕の手つきじゃ、うまく直せない。


「ごめん、カノン。もう少しだから……」


泣きそうになりながら声をかけると、カノンはまたかすかに「カチ」と音を返してくれた。


ねえ、笑ってよ、なんて無理な願いを心の中で呟く。


どうすればいいんだろう。


僕の手のひらに伝わってくる音が、どんどん失われていくのがわかる。


カチカチ。


カノンの動きが緩慢になる。止まらないで。


お願いだから、まだ僕を置いていかないで。


つないだ手に力を込めても、カノンはもうほとんど動かなくなっていた。


空から、冷たいものが落ちてきた。


白くて、柔らかくて、すぐに溶けてしまうもの。


雪が降った。今までこんなこと初めて。


カノンの黒い肩に、白い雪の結晶が積もっていく。


それが冷たくて、カノンを余計に冷やしてしまう気がして、僕は自分の袖で必死に拭い続けた。


カチカチ。


音が、ひとつ、またひとつと途切れていく。


ああ、この世界が終わるんだ。なんとなくわかった。


カチ。


僕の手のなかで、カノンは完全にただの機械に戻った。


雪だけが、静かに世界を白く染めていく。


それでも僕は、その冷たくなった手を、まだしばらく離せなかった。

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