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9/11

その⑨ 消えた被害者を探せ!

「すみません中田さん、ちょっと相談に乗って欲しいんですが…」



11時07分



自分のデスクで書類作成をしていた、玉串県警(たまぐしけんけい)柳南警察署りゅうなんけいさつしょ刑事課の中田(なかた)健治(けんじ)の元に、同署交通課の速水(はやみ)寿(ひさし)巡査長が、かなりの困り顔をしながらやってきた



「はい、どうしたんですか?」


中田は、ボールペンをデスクに置き、椅子を回転させて速水の方を向く


「その、ちょっとややこしいんですけど…」


言いにくそうに、速水は切り出す



「…実は先ほど、‘‘昨日の夜に車で人をはねてしまった’’と、自首してきた者がいるんです」


「え?!たいへんなことじゃないですか!…あれ?でも…」


中田が、ふと気づく


「…そうなんです。昨日から今日にかけて、そういう事故発生の報告は、こちらには入ってないんです」


速水が、眉間のシワをさらに深くして言った



そう、昨日どころか、この1週間ほどの間、柳南警察署管内での人身事故は、1件も発生してはいない



「…ま、まさか、はねられた被害者が通行人から見えない場所に落ちるとかして、事故そのものが発覚してなかった、とか…?!」


だとしたら、一大事だ…が、


「いえ、私もそう思いまして、自首してきた者の言う場所を見に行ってみたんですが、何も異常はありませんでした」


速水が、きっぱりと言う


「え?………そうなると、狂言による…自首ってことですか…?」


中田が、そんなバカなことが…?といった口調で言うと、


「その可能性も、あるとは思うんですが…」


そこで速水は、いったん言葉を切ってから、次の言葉を続けた



「ちょっと、本人の車を見に来てもらえませんか?」





11時16分



中田と速水は、柳南警察署の外来駐車場にやって来ていた



「あれが、その‘‘人をはねた’’という車なんですが…」


速水が、一台の乗用車を手で示す


国産の、真っ赤なスポーツカーだった


そのフロント部分、バンパーとボンネットには大きな凹みと変形があり、フロントガラスにはひび割れがあった



「たしかに、何やら人をはねたような感じの、痕跡がありますね…」


中田も、速水と同じくらいに、眉間にシワをよせて言う


「そうなんですよ…それに、本人の様子を見るに、とてもウソを言っているようには思えなくてですね…」


速水は、眉間のシワに右手の人差し指を差し込むようにしながら言った



「う~ん…」


中田は腕組みをし、少しの間、思案にふけった


そして、


「速水さん、その、自首してきた男ってのは、いまどこに…?」


と、速水に尋ねた


「ええ、いま、とりあえず取り調べ室の方で待たせてあるんですが…」


眉間のシワから人差し指を引き抜きながら、速水が答える


中田はそれを聞いて、


「わかりました、自分も、その男から話を聞いてみることにします…!」


鋭い刑事の眼光で、そう言ったのだった





11時22分



中田は、‘‘使用中’’の表示が出ている、取り調べ室の扉をノックする


「…は、はい!」


返事を確認し、扉を開ける


中には、目の下にくまをつくり、憔悴した様子の30歳くらいの男が席についていた



「…刑事課の、中田と申します」


言いながら、中田は男の対面に着席する


「先ほど、あなたからお話を聞かせてもらった交通課の速水から、私がこの件を引き継ぎました。すみませんが、詳しいお話を私にも聞かせていただけますか?」


そう、中田は切り出した


「は、はい…そ、その前に、なんですけど…」


「え?」


「そ、その…どうして、僕が‘‘人をはねました’’って言ってるのに、皆さんそんなに悠長に、話を聞いてくるんですかね…?」


男は、もうわけがわかりません!とでも言いたそうな雰囲気だった


「………我々の対応は、すべてにおいて、事件の解決へと向かってのものです。すみませんが、ご協力をお願いします」


とりあえず、こう言っておくしかない


「まずは、お名前から教えてください」


中田は、A4サイズの雑用紙を束ねたバインダーと、愛用のボールペンを取り出し、‘‘事情聴取の構え’’をとったのだった



「え、ええと、僕は久保田(くぼた)洋介(ようすけ)、29歳です。仕事は、三交替の、工場勤務をしています…」


「きのう…いや、日付的には今日の午前0時半ごろ、夕勤を終えて帰宅しようと、駅前広場の近くの県道を………その、100キロほどで走行していましたら……」


「横道から出てきた………学生を、は、はねて、しまったんです………!」


「その少年は、10メートルほどは跳ばされたと思います………県道脇の空き地の芝生の上に、落ちるのが見えました……」


「これは、どう考えても即死だ……と思いました…人を死なせてしまったことが恐ろしくて……そのまま、逃げてしまいました……」


「ですが……罪の意識に耐えかねて……こうして、やってきた次第です……」



ところどころ、涙で声をつまらせながらも、久保田はしっかりとそう供述した


内容は、速水から聞いたものと同じだ。特に何も、おかしなところはない



被害者さえ見つかれば…なのだが



「その、あなたがはねてしまった人というのは……いま、‘‘学生’’、と‘‘少年’’、と表現されましたよね?」


そう、ここからが本題だ


「え、ええ、ですから、白い長袖のカッターシャツに、黒い学生服のズボンを着た、高校生くらいの少年でした!……その、そういう……人が、い、いたでしょう?!」


久保田は、どうしてわざわざこんな問答をしなくてはならないのか、とても理解できない、という様子だった


「久保田さん、落ち着いてください」


そう言ってなだめながらも、中田は困っていた



たしかに速水が言う通り、この供述が狂言であるとは、とても思えない


しかし、先ほど速水が言ったように、久保田の証言する事故現場には、被害者は居ない


しかし、100キロのスピードではねられ、10メートルもとばされた人間が、生きていて現場を立ち去ったなんてことは、あり得ない



唯一、その矛盾を解決できる答えがあるとしたら、その被害者が‘‘ツノナシ’’こと、奥田(おくだ)(げん)だった場合だ


あの男ならば、このケースでも死ぬことなく生き残り、かつ、‘‘面倒だから’’とか言って、そのまま立ち去りそうな感じもする。いや、きっとそうするに違いない


しかし、久保田が証言する被害者の人物像は、‘‘学生服姿の少年’’だ。とても、奥田の人相・風体とは合致しない………



「………わかりました。久保田さん、いまの供述を元に、裏付けと確認をしてきますので、しばらくここで待っていてもらえますか」


中田はとりあえず久保田にそう言い置いて、何か言いたげな久保田から逃げるように、取り調べ室を出たのだった……





11時40分



「「はあ?」」


柳南警察署鑑識課の室内で、鑑識官の山田(やまだ)文武(ふみたけ)巡査部長と、沢村(さわむら)桂子(けいこ)巡査が、大きく声をハモらせた


もちろん、その2人の目の前には、気まずそうな顔をした中田が立っている


「「……………」」


山田と桂子の2人は、無言で顔を見合わせた



そして、


「すまんが中田、もう一度、言ってもらえるか?」


山田の方が、中田にそう言うと、


「は、はい……ですからその、‘‘自分は車で人をはねました’’、と主張する者がいるのですが、‘‘被害者がどこにも見当たらない’’、ので、‘‘本当に人をはねたのかどうか’’、を確認するために、‘‘その者の車を非公式で調べて欲しい’’、という、あくまでも個人的なお願いなんですが………」


とても申し訳なさそうに、中田は言った



「………あのな、鑑識課(ウチ)は今日ヒマですることがないから、一足早く大掃除にでも取りかかるか?とは言ってたんだがな、そんなあやふやな依頼は……う~ん……」


山田は、どうしたものか、と腕組みをしながら考える仕草をする



その時、そんな山田に気づかれないように、桂子が素早く、中田の手に小さな紙切れを渡してくる


中田がその紙切れを見ると、『もしや奥田さんでは?』と走り書きがしてあった


うんうん、さすがは桂子ちゃん、その可能性に気づいたか………だが、


中田は、桂子の目を見て、無言で首を横に振る


それを見て、桂子も、黙って頷いた



「まあ、わかった。あらゆる可能性を科学的に検証するのが俺たちの仕事だ。……行こう」


山田は、鑑識官のキャップを被りながら、そう言ったのだった





11時52分



中田、山田、桂子の3人は、外来駐車場に停めてある久保田の赤いスポーツカーの前にやって来ていた



「…!」


車両を見た途端に、山田の顔色が変わる。そして、


「中田、その容疑者?は、どのくらいの速度で事故を起こしたと言っていた?」


そう、中田に尋ねた


「は、はい、100キロ程度のスピードで走っていて、横道から出てきた被害者を避けきれなかった、と言っています」


「………」


山田は中田の言葉には答えず、スポーツカーの凹みや破損の位置などを確認していく



「容疑者が歩行者に気づいて急ブレーキを踏んで、衝突までコンマ5秒として…」


ブツブツと呟きながら、検証しているようだった


「山田先輩、スイッチが入りました」


桂子が、中田にぼそっと耳打ちする


「沢村!破損箇所の残留物を頼む!」


「はい!」



山田の指示に、桂子も検証に取りかかる



鑑識課の室内での雰囲気とは一変し、その場はピリッとした空気に包まれていた





12時13分



一通りの検証を終え、山田と桂子は顔を見合わせて頷き合った


そして山田は、とても真剣な表情で中田に向かい、こう言った



「あくまでも、非公式な見解として言うが……」


「身長170センチほどで、体重60キロほどの人間が、はねられたと思われるな……!」





12時27分



「破損箇所から発見された残留物は、こちらの3点です」



柳南警察署鑑識課の室内にて


桂子は、白いガーゼが敷かれた円形状のシャーレを3つ、デスクの上に置いて中田に示した



「1点目、バンパーから採取。黒い繊維片。成分は、おそらくポリエステル100パーセント」


「2点目、ボンネットから採取。白い繊維片。成分は、おそらくポリエステルと綿の混合」


「3点目、フロントガラスから採取。おそらく人間の頭髪。長さは20センチ程度」



桂子は、‘‘正確な成分の分析はしていないので、確定ではありませんが’’と付け加えた



「………久保田の供述した、‘‘学生服姿の少年’’という被害者像と、完全に一致する…!」


中田の額から、冷たい汗が一筋、流れ落ちた


「その他に、フロントガラスやボンネットに、血痕と思われるものが残っていました」


桂子も、とても緊張した表情になっていた



「………中田、」


山田巡査部長も、この上なく緊張した表情で、中田に語りかける


「公式な鑑定ではないとはいえ、あの車が人をはねていることは、おそらく間違いない」


「………はい」


中田は、手の甲で額の汗を拭う


「これから、どうするんだ?」


山田は、鑑識のキャップをデスクに置きながら、中田に尋ねる


「………事故現場を、見に行くつもりです。きっと、何らかの痕跡があるはずです」


「わかった。沢村を連れて行ってくれ。ここまで関わった以上、ちゃんとした答えを確認するまで、枕を高くして寝ることができん。こちらのことは、速水と俺がうまくやっておく」


「ありがとうございます…!」


中田は桂子と顔を見合わせ、頷き合う



そして、外出の準備を整えて、2人で覆面の警察車両に乗り込んだのだった





「中田刑事、どう考えていますか?」


運転する中田に、桂子が聞いてくる


「…奥田以外の、別の‘‘ツノナシ’’…としか、考えられないんじゃないかな…」


「………そうですね」


中田の返事に、頷く桂子


「その‘‘少年’’が、いつ‘‘鬼の血’’に目覚めたのかはともかく、今はとにかく、その少年をつきとめたい………!」


「その少年を、助けるために…ですか?」


「…いや、」



そこで中田は、もう一度自分の額の汗を拭って言った



「………助けたいのは、加害者の久保田の方だよ………!」



中田のその返事に、桂子は強く頷くのだった………!





12時46分



中田と桂子は、久保田の供述する事故現場に到着した


覆面車両を道路脇に駐車し、県道に降り立つ2人



「真新しいブレーキ痕が残っている…ここが被害者をはねた場所で、ということは…」


中田が、事故地点から、車の進行方向を目で追う


「…あれが、被害者が跳ばされたという、空き地でしょうね」


桂子が、‘‘売り地’’の看板が立てられた、未舗装の空き地を指さす


何かが見つかる可能性がより高いのは…


「よし、空き地の方から調べていこう」


中田の言葉に桂子も頷き、2人は空き地の中に入っていった



そして、二手に分かれて、周囲の地面を検索していくのだった…



「中田刑事!この草むらに、血痕らしきものがあります!」


桂子の声に、中田が駆けつける


雑草の上に、点々と赤黒いものが視認できる


「ここに被害者が跳ばされたのだとしたら、この周囲に何かが残っている可能性が高いな………!」


中田の言葉に桂子も頷き、血痕の地点を中心に、2人で周囲の地面を徹底的に検索する



しばらくして…



「あ!これは…!」


中田が、何かを発見した


中田の元に、桂子も駆けよってくる


「これ、もしかして、学校の名札の破片じゃないかな…?」


白手袋をした指で、その物体をつまみ上げる中田



1片の長さがおよそ2センチほどの、白いプラスチックのプレートの破片には、‘‘本’’の1文字が刻まれていた



「これは、被害者の物と見て、間違いないでしょうね…!」


桂子が、目を輝かせる


「う~ん、‘‘本’’の字が含まれる名字か…数が多いよね…松本、秋本、木本、岡本、平本、それに…」


その中田の言葉を遮って、


「待ってください。破片の割れ目を、よく見てください」


と言う桂子


「え?」


「このプレートは横書きの名札の破片で、その割れ目は‘‘本’’の字の右側にあります。ということは、この‘‘本’’の字は2文字目以降ではなく、1文字目だということになります」


「あ!そうか!」


「………脳筋」


ぼそっと言った桂子の言葉を、中田は聞こえなかったフリをしてやり過ごした


「1文字目が‘‘本’’の名字なら、きっとそれほど数は多くないな…これは、重大な手がかりになるぞ…!」


中田と桂子は、白手袋をした手で、軽くグータッチを交わすのだった…!





15時48分



事故現場から、車で約10分ほどの距離にある、玉串県立(たまぐしけんりつ)柳南(りゅうなん)商工高等学校しょうこうこうとうがっこうの校門を、1人の少年が歩いて出てきた



本松(もとまつ)(のぞみ)くん…だね?」


「え?」


何者かに後ろから自分の名前を呼ばれ、振り向く少年


その視線の先に居たのは、中田刑事だった



「あ、あの…どちらさまですか…?」


少年の顔に、動揺と警戒の情が浮かぶ


中田は、胸ポケットから警察手帳を取り出し、開いて見せる


「柳南警察署の中田です」


「…!」


少年の顔に、さらなる動揺が浮かぶ


「……要件は、もうだいたい分かってるよね?」


警察手帳をしまいながら、中田が言う


「…な、何の…ことでしょうか…」



少年はとぼけて見せるが、その動揺を、まったく隠せてはいなかった



「今日、‘‘紛失した’’という理由で、名札を新しく注文してるよね…1文字目が‘‘本’’の字の名札の発注者は、この辺りのすべての中学校・高校を調べても、君しか居なかったんだよ…」


言いながら、中田は小さなビニール袋に入れた例のプラスチック片を取り出し、少年に見せる


「それに、学校指定の長袖カッターシャツと、学生ズボンも一緒に注文しているね。ひどく破れてしまって、洗い替えが無くなっちゃったから、だろう?」


「………」


本松少年は、何も答えない


「君の住所が特定できた後、事故現場と君の家の間にあるコンビニエンスストアの防犯カメラの映像を当たったら、今日の0時42分に、君だと思われる人物が歩いていく姿が確認できた。それで、こうして話を聞きにきたのさ…」


「………」


「詳しい話は、車でしようか。乗ってくれるよね?」


中田の言葉に、本松少年は、黙って頷いた





「僕は、どうなるんですか…?」


覆面車両に乗り込んで、少年はすぐにそう尋ねてきた


「まず、最初に言っておきたいのは、俺は君の正体を、よく理解している、ということだ」


「…え?!」



中田の言葉に、少年は大きな動揺を見せた。中田は、まあムリもない反応だな…と、特に気にはとめなかった



「夜中にうろついていたのは、ケンカの相手を探して…かな?そういう、暴力への衝動が芽生えはじめたのは、ごく最近のことなんだろう?」


中田は言いながら、本松少年の額を見る


少年は、前髪を眉毛まで垂らして、完全に額を隠す髪型をしている。おそらくその前髪の下には、かつての奥田のような、大きな(こぶ)があるのだろう…



「………」


少年は、何も言わず、黙っている



「にわかには信じられないだろうが、君のその暴力への衝動や、車にはねられても死ななかった異常なタフネスさは、‘‘鬼の血’’をひく者の、‘‘先祖返り’’によるものなんだ…」


「………」


「だから、心配しなくても大丈夫だ。実は俺の知り合いにも、同じ境遇の男が1人いるんだよ。そいつは、今はちゃんと普通の人間として、生活しているんだ…」


「…そ、そう…ですか…」


少年は、少し安心したような反応を示した



「そこで、君に頼みたいことがある」


「…え?」


中田の言葉に、少年は中田の方を向く


「君を車ではねてしまった男に、会ってやって欲しい」


「え?!…ど、どうして、ですか…?」


「君をはねてしまった男は、きっと君を死なせてしまったはずだという、良心の呵責に耐えかねている。君が生きていることを知らせてやって、その呵責から解放してやって欲しいんだ」


「…そ、そんなことしなくても…僕はこうして無事で、被害届も何も出ていないんだから、その人は罪に問われることはないんでしょう?」


「…イヤ、なのか?」


「僕は、今後もいっさい、この件について何も言うつもりはありません…早くその人を、帰してあげてください…」


「そういう問題じゃないんだ!」



声を荒げる中田に、ビクリと体を硬直させる少年



「いいか、罪に問われるか問われないかが問題じゃないんだ。君をはねた男は、いったんはその場から逃げてしまったが、今朝、自らの意志で出頭してきたんだ。それは、自分の罪を償いたくて…その一心で、なんだ」


「………」


「人の命を奪ってしまったという罪の意識の重さは、並大抵のものじゃない。その男をこのまま解放しても、最悪の場合、自殺してしまいかねない、と俺は考えている…!」


「………」


「君の秘密は、可能な限り俺たちが守る。頼むから、その男の心を、助けてやって欲しい………この通りだ」



中田は、本松少年に向かって、頭を下げた



「………」


少年は、しばらく考えたのち…


「…わかりました」


そう、返事をしてくれたのだった…





16時22分



本松少年を連れた中田が、例の取り調べ室の扉をノックし、中に入る


中には、席についた久保田と、その傍らに立つ、桂子、山田、速水の3人が居た



「さあ、座ってくれ」


「…はい」


中田が、本松少年を久保田の対面に座らせる


久保田は、何がなんだかわからないという様子だった



「久保田さん、そして、山田さんと速水さんも、これから俺が話すことは、今後ずっと自分の心の中だけにしまっておくと、約束してもらえますか?」


中田が、全員の顔を見回しながら言う


頷く、山田と速水


「あ、あの…いったい何の話なんですか…?」


おずおずと、聞いてくる久保田



「…いま、あなたの目の前にいるこの少年が、あなたが車ではねてしまった被害者なんです」


「ええ?!」


久保田は、驚きのあまり、椅子から立ち上がり、まじまじと本松少年の顔を眺める


山田と速水も、声こそ上げないものの、動揺を隠せなかった



「そ、そんなバカな…!、だって、この子には、かすり傷ひとつ無いじゃないですか…!」


何度も首を横に振りながら、とても信じられない、という反応を示す久保田



「…にわかには、信じられないことだと思いますが、聞いてください。この少年は‘‘鬼’’の子孫であり、‘‘先祖返り’’によって鬼の力に目覚めているんです。だから、車にはねられても、こうして無事に生きているんです」


「………そ、そんな、ことが…!」


「この子は、そんな自分の正体を知られたくなくて、現場からそのまま立ち去りました。それで、こんな状況が生まれてしまったんです。実は、被害者がどこにも見当たらないので、我々は必死に被害者を探していて、こんなに時間がかかってしまったんですよ…」


「…そ、そうだったん…ですか…」


そう呟きながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろす久保田


「この子は、被害届を出す気はないと言っています。あなたがこの件について他言無用を約束してくれるなら、我々も何も言わず、このままお帰りいただこうと思っています…いかがですか?久保田さん」



「………」


久保田は、両目からぽろぽろと涙を溢れさせながら、本松少年の手を両手で握った



「良かった…良かった…!生きていてくれて…ほんとに、ほんとに良かった…!ごめんなさい、ほんとに、ごめんなさい…!」


「………」


どうしていいか分からない様子の本松少年の肩を、中田がぽんと叩く


「…ありがとう。おかげで、1人の人間の心を、救助することができたよ」


「あ、………いえ……はい…」



少年は、困ったような顔で、頷いた





16時38分



柳南警察署の玄関口にて



「それでは、これで失礼いたします」


久保田は中田たちに深々と一礼して、例の赤いスポーツカーに乗り、帰って行った



「本松くん、家まで車で送るよ」


中田が少年にそう声をかけるが、


「いえ、大丈夫です。歩いて帰ります」


少年は、そう言って断った


「…そうか、じゃあ、これを」


中田は、自分の名刺の裏に携帯番号を書いて、少年に手渡す


「何か困ったことがあったら、いつでも電話してくれ。夜に暴れたくて仕方なくなった時は、俺の通っている空手道場で、いくらでも相手をしてやる。もしも俺で敵わなかった時には、俺よりもずっと強い先輩も居るからさ…!」


「…わかりました」


そして、本松少年も中田たちに一礼して、帰って行った



後に残された、中田、桂子、山田、速水の4人は、互いの顔を見合わせる



「中田、さっきの話はすべて、本当なのか…?」


山田が、中田に聞いてくる


「…はい。すべて、本当のことです」


「お前は…あと沢村も、そういう存在が世の中にいることを、知っていたんだな…?」


「………はい」


「………そうか…」



山田は、速水の方を向いて、



「速水、俺がおごるから今夜はとことん付き合え。浴びるほど飲んで、今日のことは忘れてしまうのが良さそうだ」


「…ええ、そうしましょう…!」


快諾する速水



山田は、それじゃ、と中田と桂子に手を振って、速水と共に柳南署内に入って行った



「ま、何はともあれ、事件解決ってことでいいかな…」


「…そうですね」


中田の言葉に、頷く桂子


「それじゃ、わたしも戻ります」


桂子も、署内に入って行く



あとには、中田1人が残された



「そうだ、奥田の奴に、‘‘お仲間’’が見つかったことを教えておいてやるかな…」


中田はスマホを取り出し、奥田の番号に発信する


数回のコールのあと、奥田が電話に出た



「どうした、中田さん?」


「奥田、ビッグニュースだ。なんと、お前の‘‘お仲間’’が見つかったぞ」


「なに?どういうことだ?」


「実は、かくかくしかじかで…」



中田は、今日1日の出来事を、かいつまんで奥田に話した



すると…



「………それは、本当に俺と同じ‘‘ツノナシ’’だったのか?」


「…え?」


「いくら俺でも、時速100キロの車にはねられたら、さすがに生きてはいないと思うぞ…もちろん、経験したことはないわけだが…」


「な、何だって…?!」





17時06分



希少年が、自宅の玄関ドアを解錠し、中に入る


「あ…」


玄関の土間には、男ものの黒い革靴がある



リビングに入る少年


リビングのソファーには、中年男性が座っていた



「父さん、帰ってたんだ」


希少年が、男性にそう声をかける


「………どうなった?」


父親は、希少年にそう尋ねた


「………刑事さんが、僕のことを何かと勘違いしてくれたみたいで…そのまま、うまく事を収めてくれたよ…」


「…勘違い?」


「うん、‘‘鬼の血’’がどうとか、‘‘先祖返り’’がどうとか言ってたけど…だから、僕の‘‘秘密’’には、気づかれてはいないよ…」


「そうか…お前からのLINEで、‘‘警察にゆうべの事故のことで話を聞かれている’’という連絡を受けた時は、どうなることかと思ったが…」


「うん、よく分からないけど、話を合わせておいたから、大丈夫だと思う」



少年はそう言いながら、前髪をかき上げる仕草をする



(あらわ)になったその額には、瘤どころかニキビひとつ無かった



「それなら、良かった…」


父親は、ソファーから立ち上がり、希少年の両肩に手を置いて、言った



「‘‘ジェネシス細胞’’のことは、誰にも知られてはならない…2度とこういうことが無いように、気をつけるんだ…!」



「………はい…」



父親のその言葉に、希少年は強く頷いたのだった…



~続く~

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