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夜街の何でも屋  作者: メイコノノ


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2/10

第2話

また来てしまった。


自分でも呆れるくらい、自然に足が向いていた。残業帰りの二十三時過ぎ、会社を出て歩いていたら、見覚えのある石畳の路地に立っていて、芽衣は盛大にため息をついた。


迷い込んだんじゃない。たぶん、来たかったんだと思う。


認めたくはないけれど。


「あ、また来た」


引き戸の前に朔がいた。今日も着流しで、裸足で、寒くないのかと毎回思う。こちらをちらっと見て、特に驚いた様子もなく湯呑みに口をつけた。


「偶然です」


「そう」


信じてないな、この人。芽衣は靴を脱いで店に上がりながら、努めて平静を装った。


「お茶、もらえますか」


「どうぞ」


店の中は相変わらず、なんとも言えない雑多さだった。棚に並んだ瓶や箱、正体不明の道具、隅に積まれた古い本。でも不思議と落ち着く。芽衣は座布団に腰を下ろして、出てきたお茶を両手で包んだ。


 一口飲むと、疲れがするすると抜けていった。残業で凝り固まった肩が、じわじわとほぐれる感じがする。


「このお茶、毎日飲んでも大丈夫なんですか」


「んー....毎日は薦めない」


「なんでですか」


「体が慣れると効かなくなる」


朔が静かに言った。


「週に何回か、くらいがちょうどいい」


「……ちゃんと教えてくれてるんですね」


「当然」


「……今日、後輩に仕事取られました」


言うつもりじゃなかった。でも口が動いた。


「取られた」


「私がずっとやってたプロジェクト。急に上司が『鈴木に任せてみようと思って』って。鈴木さんは入社三年目で、愛嬌だけは一丁前で」


「あなたは何年目」


「五年です」


「そう」


朔はそれ以上何も言わず、自分も向かいに座って足を崩した。慰めるわけでもなく、ただ聞いている。それが逆に話しやすかった。


「悔しくないわけじゃないんですけど」


芽衣はお茶を一口飲んだ。


「なんか、悔しがる資格あるのかなって。私、そのプロジェクト、別に好きじゃなかったし」


「好きじゃない仕事をずっとやってたの」


「……そういう言い方しなくていいです」


「事実を言っただけ」


朔は静かにこちらを見ていた。責めている顔じゃない。ただ、見ている。その目が居心地悪くて、芽衣は視線を湯呑みに落とした。


「好きな仕事って、あるの」


「……わかんないです。考えたことなかった」


「そう」


またその一言だ。短くて、でもなぜか全部受け取られた気がする。芽衣は少しむっとした。


「朔さんは、この仕事好きなんですか。何でも屋」


「まあ」


「まあって何ですか」


「嫌いじゃない」


「それ好きって言わないですよね」


朔は少し考えてから、


「あなたが来るのは、嫌いじゃない」


さらっと言った。


芽衣は一瞬、返事ができなかった。


「……それ、お世辞ですか」


「お世辞を言う理由がない」


立ち上がった朔が、棚から何かの瓶を取り出しながら背中を向けた。耳が少し赤い気がした。気のせいかもしれない。


「もう一杯いる?」


「……いただきます」


芽衣が湯呑みを差し出すと、朔が隣に来てかがみ込んだ。距離が近い。この人、近い。


お茶を注いでいる横顔を見ていたら、朔がふっと顔を上げた。目が合った。


「なに」


「……なんでもないです」


「顔、近かった?」


「別に」


嘘だった。


朔は一秒こちらを見て、それからゆっくり顔を寄せた。

え、と思った瞬間、額に、唇の感触。

短くて、柔らかくて、あっという間に離れた。


「落ち込んでる時は、ここに触れると少し楽になる」


平然とした顔で言う。


「……それ本当ですか」


「妖魔の話だから、信じなくていい」


信じるかどうかより、心臓がうるさくて困った。芽衣は湯呑みを両手でしっかり持って、絶対に顔を見ないようにした。


「……出口って、どこですか」


「送っていく」朔が立ち上がった。


「始発まで時間あるけど、どうする」


「帰ります。仕事があるので」


「そう」


 夜街の端まで並んで歩いた。石畳が途切れる手前で、朔が立ち止まった。


「ここを出たら、迷い込んだ路地に戻る」


「じゃあここで」芽衣は振り返った。


「また来てもいいですか」


朔が少し間を置いた。


「どうぞ」


口元が、ほんの少し動いた気がした。


気づいたら路地裏に立っていた。夜風が冷たかった。でも体の芯はまだ温かかった。


スマホで始発を調べた。

芽衣はため息をついて、駅に向かって歩き始めた。お茶のおかげで眠くはない。始発待ちは少し暇だった。

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