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はじめに ―ぐうちゃんのまた聞き―

 中学校の光村における国語教科書では、中学二年で椎名誠の「アイスプラネット」が掲載されている。その中に、こんな一節がある。


 

  翌日、学校に行く途中で、同じクラスの吉井と今村に会った。初めはどうしようかと思ったけど、馬も飲んでしまうでっかいアナコンダや、三メートルもあるナマズの話はおもしろかったし、氷の惑星の話も、本当だったらきれいだろうなと思ったから、つい吉井や今村にその話をしてしまった。二人は僕の話が終わると顔を見合わせて、「ありえねえ。」「証拠見せろよ。」と言った。「そんなほら話、小学生でも信じないぞ。」そう言われればそうだ。だから、部活が終わって大急ぎで家に帰ると、僕は真っ先にぐうちゃんの部屋に行って、「昨日の話、本当なら証拠の写真を見せろよ。」と無愛想に言った。ぐうちゃんは少し考えるしぐさをして、「そうだなあ。」と言って、目をパチパチさせている。



 これは主人公の家にぐうちゃんという居候のおじさんがいて、そのおじさんが話した話を主人公が友達に話し、不評だったという描写である。要は、又聞きを話したら自分がきいた時のようにうまく面白さを伝えられなかったということだ。


 自分はこの話を読んだ時、この何気ない描写がやけに気になった。それは、自分も同じ経験をしているからだろう。

 人に聞いた話でなくともよい。テレビで見聞きした話、本で読んだ面白い知識、自分はそれを人に伝える機会があったとき、どうしても最初に自分がその情報に触れた面白さを、人に伝えることが出来ない時が多々あった。もちろん成功した時もあったが、すべてではない。この、伝えることの不確かさはどこに鍵があるのだろうかということは、自分の中でひとつの課題となっていたのだろう。そのことを、今は思い出している。


 二番煎じという言葉がある。広辞苑第七版には、


「一度煎じたものをもう一度煎じた薬、または茶。転じて、新味のない二度目のものの称。やきなおし。」


という意味が載っている。この言葉は、たとえこの言葉自体を思い浮かべていなくとも、この言葉の意味するところは、ことあるごとに自分の中での疑問として浮かんできた。まだ結論はでないでいる。だが、そのことを考えるヒントとなるいくつかの事柄が集まってきたように思うから、自分はそれらをもとにこの考えを進めていければと思う。拙い論考、また拙い掲載様式だとは思っているが、ひとつひとつ話を重ねていきたい。 

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