悲劇の残響
失われた日常、そして心に刻まれた傷。
ノクティスの過去が、静かに姿を現す――。
歴史の授業ほど、退屈なものはない――そう思っている生徒は多い。
だが、ノクティス・ヴェイルにとっては違った。
それは、知識という名の刃だった。
老教授エルムズワースの声が、静かな教室に響く。
光の板が宙に浮かび、王家の系譜が映し出された。
その光は淡く揺らぎ、壁に古びた影を落とす。
「第一王子アリステア。第二王子トリスタン。王女セラフィナ。そして――」
一瞬の間。
老教授は杖の先で最後の名を指し示す。
「第四王子、カシアン殿下。」
その名が、ノクティスの世界を切り裂いた。
胸の奥が冷たく、鈍く疼く。
光の板に映る金髪の少年。
青い瞳、冷たい笑み――忘れもしない顔。
ノクティスの視界が滲む。
教室のざわめきが遠ざかり、代わりに過去の音が蘇る。
◇ ◇ ◇
夏の空。
風の匂い。
母の歌声、妹の笑い声。
あの日、世界は穏やかだった。
――その瞬間までは。
ラッパの音が鳴り響き、地が震えた。
鎧の音、蹄の音。
家の前に現れたのは、純白の軍旗と金髪の少年。
「頭を垂れよ!」
父が俺を抱き寄せる。
妹が小さな手を握りしめ、怯えた瞳で見上げた。
少年は冷たく見下ろし、静かに言った。
「この村の者たちは、禁術の疑いがある。」
周囲の兵が剣を抜く。
父の声が震える。
「ち、違います! 私たちはただ――!」
「言い訳は不要だ。」
冷たい一言。
剣が閃いた。
血の匂いが鼻を刺す。
母の悲鳴、妹の泣き声、地に落ちる音。
世界が赤に染まり、すべてが止まった。
伸ばした手に、温もりがあった。
それが消える感触を、今も覚えている。
白馬の上の少年――カシアンが、静かに笑った。
その笑みは、神にでもなったかのような無垢さを帯びていた。
◇ ◇ ◇
「ノクティス?」
声が響く。
リラの声だった。
現実へと引き戻される。
光の板が消え、授業が終わりの鐘を告げる。
生徒たちが席を立ち、教室はざわめきに包まれた。
ノクティスは机の上で拳を握りしめていた。
爪が掌に食い込み、血の匂いが微かに漂う。
「……大丈夫だ。ただの立ちくらみだ。」
リラが心配そうに見つめる。
だが彼はそれ以上何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。
窓の外には青い空が広がり、遠くで鐘が鳴っている。
その音は、皮肉にもあの日と同じだった。
(……あの笑顔。あの声。あの光景。)
(俺は忘れない。決して、忘れない。)
ノクティスは静かに目を閉じた。
胸の奥で何かが燃え始める。
それは怒りではなく、誓いだった。
(必ず、終わらせる。あの日の続きを。)
風が吹き抜け、紙片が舞う。
光が差し込み、影が揺れる。
少年は立ち尽くし、拳を握りしめた。
影の中で、確かに何かが形を取り始めていた。
――それが、彼の「夜」の始まりだった。
ご読了ありがとうございます。
本章では、ノクティスの過去と「影」の始まりを描きました。
次章では、学院での模擬戦を通して、彼の中に眠る力が明らかになります。
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