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女海賊ステラは冷徹騎士に口説かれています!?

作者: 蟹子





「どうか、俺を選んではくださいませんか」



 長く美しい黒髪の内から、切れ長の金の瞳があたしを見つめる。


 熱っぽい騎士のその視線は、真っ直ぐにあたしの瞳へと注がれ、大きなてのひらがそっとこの手に重ねられた。


 その手から伝わる熱が頬まで達すると同時に、焦ってばっと振り払う。




「馬鹿言うな!上品な騎士様なんかに海賊が落とされてたまるか」


 そう言って立ち上がると、あたしは店の店主からエールの追加を受け取る。ぐいっとジョッキを煽って息を吐き、気持ちを整えながら椅子に掛け直した。


「だいたいあたしは船長張ってんだ。領海に船を縫い止められてなきゃ、お前と仕事仲間になることも無かったんだ」


 あたしはジョッキを机に置きながら、その隣の海賊帽に視線をやる。


 あたしを船長たらしめるこの帽子が、船と船員を預かる責任をこの身に思い知らせる。




「しかしこの任務が終わらない限り、ステラさんは海に戻れない。それまでに貴女を口説き落とすことに、何の問題があるのです?」


 そう言って腰まである黒髪を持つ騎士、セリウスはこちらに余裕の微笑みを向ける。

あたしはその微笑みに少し怯んで下唇を噛んだ。



 悔しい事に、彼が言った通り今のあたしはこの国の領海内から出られない。


 あたしの母はかつて、先代の王に気に入られ海賊でありながら叙勲を受けた。王直属の大海賊として海に名を轟かせ、母亡き今はあたしが船長として引き継いでいる。


 しかし先代の王が一年前に崩御し、その長子が王座に着いた途端、政治は別物となった。


 海の浄化を掲げ海賊の取り締まりが行われ、あたしは捕縛され処刑されかけた。しかし王弟が間に入ったことで命は助かり、その代わり船には移動制限の魔法がかけられてしまったのだ。


 これでは海賊として仕事が成り立たない。

そこであたしは王弟ルカーシュに協力を持ちかけられた。


 暴君を蹴落とし、ルカーシュを王座に据げ変える。それを受け入れたあたしは、この王弟付きの騎士団長セリウスと手を組んでいる。




 しかし困ったことに、共に仕事をするうちに何故だかこの騎士にいたく気に入られてしまったのだ。

そして今も、仕事終わりのこの酒場で絶賛口説かれているのである。



「ステラさんの意志の強さ、その自由な振る舞いに俺は惹かれているのです。貴族令嬢に貴女のような女性はいない」


 彫刻のような美しい顔がこちらをうっとりと見つめる。あたしはその顔と直接的過ぎる言葉に怯みつつも、ジョッキで顔を隠す様にエールを煽った。


 こいつは見た目ではとてもわからないが、あたしの四つも年下。この大人びた顔と低い声でまだハタチなのである。




 母親を早くに亡くし、男親の元で騎士として厳しく訓練に打ち込み続けた彼は、かしましい令嬢が苦手だと遠ざけ続けたと聞く。

 いつ何時も無表情を貫き、憮然とした態度を崩さない彼は、いつしか冷徹騎士とあだ名されるようになった。


 だと言うのに、あたしがこのセリウスのエスコートを「いらん」と断り、彼に抱えられて乗馬する事を嫌がり、あしらえばあしらうほど裏腹に執着されている。


 こちらに向けられる表情は冷徹騎士とは程遠く、甘い微笑みを一身に受けてたじろいでしまう。


 だが、はっきり言ってあたしは年下に振り向くつもりは毛頭ない。しかし仕事上、距離を置くわけにもいかないから困ったものだ。




「...あのな。何度も言ってるがあたしは海賊、お前は騎士。遊びならまだしも、お前の嫁にはなれないの」


 あたしはわざとらしくため息をつく。

セリウスは打って変わって真剣な面持ちになり、こちらを向き直った。


「そもそも、俺は令嬢を貰う気はありません。結局未婚となるのであれば。ステラさん、貴女を妻とする事に賭けましょう」


 真正面から端正な顔立ちに見つめられて、あたしはぐっと黙り込む。彼はその反応を見ると、畳み掛ける様に薄い唇を開いた。


「船長をやめろなどとは申しません。ただ貴女の心が手に入れば...、そのエメラルドの瞳が俺だけを見つめてくれれば、どれだけ幸せなことか」


 彼の低い囁き声にくすぐられるような感覚になり、思わずあたしは目を逸らし身をすくめる。

 くそ、やたらと綺麗な顔しやがって。そんな目で見つめるのは反則だろう。

頬が、耳が、熱く燃えるようだ。


「その夕陽のような美しい髪を、その唇を俺のものとしたい。それが叶えば不自由はさせません。どうか、この手を取ってくださいませんか。...ステラさん」


 優しげな笑みを向けられ、切ない声で名を呼ばれる。

 落とされてやるつもりなんてないのに、心臓がドキドキと高鳴る。細められた金の目に耐えきれず、あたしはエールを思いっきり煽った。


 そして振り切るようにジョッキをタン!と置き、赤い頬を誤魔化して彼を睨みつける。


「う、うるっさいな!しつこいんだよお前は!口先だけで落とせると思ってんなら、随分軽く見られたもんだな!」


 思い切り怒鳴ったと言うのに、セリウスはそんなあたしを愛おしそうに見つめた。





「では、どのように行動で示せばご満足頂けますか」


 売り言葉にまじめに返されて、あたしは言葉に詰まる。そして返答に悩んだ結果、壁にかけられた絵に目が止まる。


 そこには、かつての伝説的英雄が姫を庇う姿が描かれていた。庶民に愛される物語の絵姿を見て、無理難題をピンと思い付く。


「...じゃ、命でも救ってもらおうか。どんな時でもあたしが死にかけたら颯爽と助けてくれよ。こちとら一応義賊でやらせてもらってるんでね。恩を受ければキスの一つくらいは返してやっても良い」


「なあに、騎士様なら簡単な事だろ」


 そう言ってにっこりと笑いかけてやる。



 さあ、困れ。


 日常生活で簡単に命を救う状況なんて起きやしない。そして起きない限りは、あたしがこいつに応えてやることもない。


 我ながらなんて良い思いつきだろうか。


 しかし彼は目を見開くと、予想外にも嬉しそうに微笑んだ。


「わかりました。いつ何時も貴女をお護りし、その命、必ずお助け致しましょう」


 あたしはその言葉に「へ?」と声を漏らす。

 セリウスはますます嬉しそうに言葉を続けた。



「まさかステラさんの方からそのようなお言葉を頂けるとは。任務外でも貴女のお側に居られる大義名分が得られるのなら、これ程嬉しい事がありましょうか」


 彼の微笑みにあたしは「えっ、いや、ちょっ...」と止めようとするが、がっしりとその手を握られてしまう。


「いつでも貴女のお側に。良いですね」

「よ、よ、よくない!!そう言う事じゃない!!」


 焦るあたしを面白がるように彼は形の良い唇を上げ、その手に口付けを落とした。


「今より俺は貴女の騎士。必ずやその命を果たして見せましょう」


 ぼわっと全身が熱を持ち、あたしは言葉を失う。

その姿に彼は満足そうに微笑んだ。




「お慕いしております、心から。もう逃しませんよ」






【海賊の女船長なのに冷徹年下騎士様に溺愛されています!?〜恋愛よりも復讐させろ〜】の短編版となります。本編が気になった方はお読みいただけると喜びます!

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