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病み憑き  作者: 雪鳴月彦
第四部:風岡夏純 ②
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第四部:風岡夏純 27

「離してよ……! わたしまで化物になんてなりたくない!」


 手首だけでは無理だと判断し、愛の顔、背中と踏みつけたりもしたがやはり効果は薄く。


 こうしている間にも、山神や化物に変えられた元仲間たちも集まってきている。一刻も早く、この状況を抜け出さなくては。


 そう思い、ひたすら愛の身体を蹴り続けていると、


「――うっ!?」


 何の前触れもなく、背後から肩に手を置かれた。


 背筋を凍りつかせながら反射的に振り返り、わたしはそこに現れていた正体を視界に入れ言葉を失う。


(秋本、夢美……)


 穴の奥で死んでいた、この悪夢の提供者。


 愛や竜次とは違う、憎しみの籠る表情を浮かべるその化物は黒い口を大きく開くとわたしの首元めがけて襲いかかってくる。


「ぐっ! うぅ……!」


 その顔を手で押さえ必死に抵抗しようと力を込めるも、足を掴んでいた愛が起き上がり後ろから抱きつくようにしてへばり付くと思いきり肩に噛み付かれてしまった。


 右腕から力が抜け、秋本 夢美を押し留めるのが困難になる。


 それでもどうにか左腕を軸に耐えようとしたけど、無駄な努力だった。


 秋本夢美は、わたしの左腕を強く握るとまるでビニールの包装を破くように、容易く肉を引き千切る。


「…………」


 あまりにも一瞬の出来事に、痛みより驚愕する方が優先した。


 腕の一部が抉れ、その深部にあった自分の骨が剥き出しになったのを目の当たりにして、わたしはこんな声が出せたのかと己を疑ってしまうような絶叫を漏らしてしまう。


 ジワジワと吹き出してきた血は徐々にその量を増し、それに比例するように発狂しそうな痛みが身体中の神経を駆け巡りだす。


 秋本 夢美は握り潰したわたしの肉を地面へ落とし、その手をこちらの顎へと伸ばし俯きかけた顔を持ち上げてくる。


 間近で見る、黒い眼球。


 生前の、わたしたちへ対する怒りと憎しみがこの少女の中に残っているのか。


 激しい痛みで嘔吐感が込み上げ、歪めた口からは涎がこぼれるのを抑えられない。


 どうして、こんなことになってしまったのか。


 今更そんな後悔を浮かべても、取り返しのつくものなど何一つなく。


 秋本 夢美のもう片方の手が、わたしの腹部、胃の辺りにピタリと付けられた。


「う……や……」


 今度は何をするつもりなのか。


 もうやめてと訴えるこちらの視線など意味も成さぬまま。


 胃に添えられた手に力が込められ、五本の細い指が身体の中へとめり込んでいく。


「――ごおぇ! ぐぉ……あ゛……」


 食い込んだ指が肉を潰し内臓を圧迫する感覚に、舌の付け根が喉の奥へ縮むように引きつる。


 そして――。


 ゴギンッ! と、固い棒が折れるような音と共に食い込んでいた手が引き抜かれ、


「ゲェ――!」


 わたしは口から大量の血と吐瀉物を吐き出した。


「が……が、ぁ……」


 秋本夢美の引き抜いた手にあるのは、わたしの腹部を形成していた肉と、その奥に収まっていた内臓、そしてあばら骨の一部。


 腕の痛みが擦り傷かと錯覚しそうになる腹部の激痛に、意識が朦朧と霞む。


 手で押さえた傷口から、温かい内臓が外へ飛び出そうと膨張してくる。


(ああ……)


 秋本 夢美が手にするわたしの一部が、黒く変色していくのがわかった。


 同時に、愛が噛み付く右肩から体温が消えていくような感覚が広がり始めた。


 身体中の力が抜け、もう抵抗する余力も体力も残っていない。


(い……やだ……こん……な、死に……方……いや……)


 抉られた腕、掴まれた顎にも冷気が広がる。


 意識が遠退き、腹部を抑えていた腕もだらりと弛緩したように伸び、内臓の一部がズルリとはみ出し下へと落ちるのをぼんやりと感じた。


 こんなことなら、金に目を眩ませたりせずいじめになんて加担しなければ良かった。


 肩も、腕も顎も、ずり落ちた内臓も黒く染まり始めながら息絶える直前、わたしが最期に思い浮かべたのは、そんなありきたりな後悔の念だけだった。

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