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病み憑き  作者: 雪鳴月彦
第四部:風岡夏純 ②
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第四部:風岡夏純 26

 あの貴秀が落とされていたであろう穴。


 遥か昔、多くの生贄を貪っていたあの穴の底からとんでもない化物を引きずり出してくれた。


(冗談じゃない)


 わけのわからない昔の祟りなんかで、殺されたりなんかしたくない。


 秋本夢美。


 どうやって穴の存在や儀式の方法を調べ上げたのかは知る由もないが、自分の命を捨ててまであんな化物を引きずり出してくるなんて、その復讐への執念は常軌を逸している。


(わたしはどうやって逃げたら良い? どこに逃げたら助かるの?)


 もう頼れる仲間は一人もいない。


 自分だけで生き延びる方法を考えなくては。


(せめて、どこか開けた場所に出たい。こんな動き難い所を走り続けてても――)


 もう自分のものではないくらいに重くなった足を必死に動かし前へと進んでいる最中に、突然バランスを崩してわたしは顔面から地面に倒れ込んだ。


「がっ――!」


 強かに顎を打ち付け、痛みで動きが鈍くなる。


「何なのよ、こんなときに……」


 軽い脳震盪みたいな眩暈に襲われながらライトを拾い、躓いた原因であろう右足首へ光を向け、わたしはゾッと目を見開いた。


 好き勝手に伸びる雑草の中から、一本の黒い腕が伸びわたしの足首を掴んでいた。


(嘘……)


 いつの間に追いつかれてしまったのか。


 信じられない気持ちを味わいながら、掴む腕をどうにかしようと左足で蹴ってみるがピクリともしない。


「何なのよぉ……! 離れてよ!」


 何度も何度も何度も、ひたすら踵を打ち付ける。


 それでもどうすることもできず、無理矢理身体を後退さえようと腕に力を入れたと同時に、草むらの中に隠れていた腕の正体がゆっくりと姿を現し愉快そうに歪んだ顔をこちらへ向けてきた。


 その顔に、わたしは驚きで動かしかけていた腕と足を硬直させ釘付けとなる。


 華奢な腕には似つかわしくない握力でわたしの足首を締め付ける黒い化物。


「愛……? そん、な……」


 自宅で死んでいた彼女が、どうしてこんな所にいるのか。


 予想していなかった人物が現れ戸惑うわたしを尻目に、愛は這い出るように草の中から姿を露出しその全貌をさらけ出す。


「…………」


 グッと上半身を起こし、空いている方の手を伸ばしてくる元友人は一糸纏わぬ裸体だった。


 黒くなっている全身の、その中心部には鋭利な刃物で縦に切り開いたような真新しい痕跡があり、わたしは瞬時に警察が死因を調べるため司法解剖をした跡だと理解する。


(まさか、抜け出してきたの? 警察がいる所から、ここまで?)


 愛の手が、わたしの胸元を掴んだ。


 皮膚を触られたわけではないから、まだ黒の感染はないと願いたいが正直どうだかわからない。


 服越しに伝わる冷たい感触に悪寒を覚えながら、わたしは手にしていたライトの握る部分を思いきり愛の頭部へ叩きつけた。


「う……うぅ……!」


 ガッ、ガッと固い物同士がぶつかり合う音が響き、僅かに愛の上体が傾く。


 その一瞬の隙を狙い、空いていた左足を曲げ愛の腹部を蹴るようにして押し返す。


 力が強くなっているとは言え体重までは変化していないようで、愛の身体は見た目通りの軽さではあった。


 ただ、グニュリと柔らかい感触が膝に伝わり、縫合されていた縫い目から何か黒い液体が染み出し足を汚す。


「う……!」


 それが愛の血液であると気づくと同時に、黒の感染が脳裏を過り戦慄を覚える。


 検死によってまさぐられた内臓が動いたせいか、グボッと小さな音を鳴らし口から血を吐き出す愛。


 それでも、顔面に張りつけた笑みは消えることなく浮かべたままで楽しそうにわたしを見つめ続けている。


 その顔にもう一撃、渾身の力でライトを叩きつけると、わたしは強引に立ち上がり何度も掴んだままの腕を踏みつけた。


 華奢で小さな愛の腕。


 その手首を砕くくらいの勢いで強く踵を叩きつけるが、一向に離そうとする様子はなくきつく足首を掴み動かない。

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