第四部:風岡夏純 25
「茜!」
解放された友人へ近寄り、生死を確かめる。
完全に意識が飛び反応はなくなっているけど、死んではいない。
とは言え、手足を僅かに痙攣させながら横たわる姿に安堵を得ることはできず、わたしは即座に竜次へと振り返った。
逃げ延びられなければ、意味がない。
目に突き刺さったままの枝を、竜次は無造作に引き抜く。
「う……っ」
その先端に潰れた黒い目玉が付着しているのを見て、吐き気が込み上げる。
(どうしよう……)
茜を守るようなかたちで竜次と対峙するのは良いが、今の一撃で既に策は尽きている。
茜を放置して逃げれば、あるいは助かる可能性もあるのかもしれないがそれはさすがにできない。
片目を失い、黒い液体を流す竜次の顔がわたしを認識しまた不気味な笑みを浮かべてきた。
殺されて化物になり、何がそんなに嬉しいのか。
やるせない気持ちになりながら、わたしはそっと地面に手をつき体勢をずらした。
竜次の身体が僅かに揺れ、その筋肉質な腕を振りかざしわたしの顔面へ狙いを定めてくる。
そのタイミングに合わせ、地面に付いていた手を握り絞め土や枯草を鷲掴みにすると勢いよく竜次の顔めがけて投げつけた。
子供だましレベルの小細工で通用するものなのかも疑わしかったけど、期待した程度の効果だけは発揮してくれたようで、竜次は反射的に振り下ろしかけた腕を顔に持っていくと、忌々しそうに目に入った砂を擦るような仕草をしてみせた。
「茜っ……」
こんな抵抗で稼げる時間はせいぜいが数秒。
わたしは即座に茜へと振り向き、意識を戻させようと軽く揺する。
どう頑張っても、茜を抱えて逃げる体力はわたしにはない。
なんとかして、目を覚ましてもらわないと。
背中へ手を回し上半身を抱き起すようにして、名前を呼びかける。
だけど、白目を剥いた眼球は戻ることはなく、だらしなく開いた口は小刻みな痙攣を続けているだけ。
これでは、すぐ動けるようになれる状態となるには程遠い。
(どうすれば良い? どうやったらこの――)
気持ちが焦り動揺で視線が定まらずにいたわたしの両目が、ふと茜の首を捉える。
「……?」
竜次に締め上げられ赤くなっていたその首の色が、どす黒く変色し始めていた。
あまりに強く絞められたせいで内出血をしてしまっているのかと心配になりかけたのも一瞬のことで、その直後にはそれがあまりにも最悪な事態を巻き起こしていることに気がついてしまう。
「……そ、んな。茜まで……」
抱えていた茜の上半身をボトリと落とす。
どす黒く変色している首の色は、みるみるうちに完全な黒へと変わりその範囲を広げ始めていた。
首全体を染め終えると、顎と鎖骨付近へ浸食し彼女本来の白い肌を消していく。
「あ……あぁ……」
これではもう、わたしにはどうすることもできない。
叫び出したい衝動を逃げ出す力に変換し、わたしは歯を食いしばり駆けだした。
すぐ背後で、竜次が動く気配を感じる。
(もう駄目だ……みんなおかしくなっちゃった)
茜はまだ死んでいなかった。
にも関わらず、黒化が始まっていたということは生きたままでも化物にされるということだ。
(殺されたらじゃない。捕まったら、終わりなんだ。触れられた部分から、あの黒いのが感染してくる……!)
冗談じゃない。こんなの、あんまりにも一方的だ。
こんな所に来なければ良かった。
どうせ秋本 夢美は死んでいたわけだし、自分たちが無駄な行動を起こさなくとも何事もなく平穏でいられたのではないのか。
わたしは、自分からこの地獄のような空間に足を踏み入れてしまった。
(違う……。きっと、ここに来なくても皆順番に愛の二の舞になってた。これは、そういう呪いだ。秋本 夢美は自分の命と引き換えに、わたしたち全員を山神に殺させるつもりだったんだ)




