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病み憑き  作者: 雪鳴月彦
第四部:風岡夏純 ②
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第四部:風岡夏純 24

 疲労の蓄積したこの身体は一度行動を止めたらもう同じようには動けない。


「大丈夫……きっと、もうすぐ山の外に出られるから……!」


 根拠の欠片もない気休めを口にしながらどうにか茜の腕を引き続けるも、それで彼女の士気に変化が起きた気配は皆無だった。


 次第に走るスピードは落ち、茜を掴んで動くことも苦痛となってくる。


「――あっ!」


 下草に足を取られたか、突然茜の上半身がつんのめりガクリとその場へ膝をついた。


「茜、大丈夫? 立てる?」


 仕方なく立ち止まり、肩で息をしながら友人を立ち上がらせようと試みるも、ぐったりとしたように俯き弱々しく首を振られてしまう。


「ごめんなさい、もう、無理……少しで良いから、休ませて……」


 ぜぇぜぇと吐きそうな呼吸をしながら告げる茜の肩を掴み、わたしは苛立ちを含ませながら揺すった。

 

「何言ってるのよ。茜、あんたも見たでしょう? わけのわからない化物がわたしたちを追いかけてきてるのよ。捕まったら、わたしらだって黒い身体にされて殺されるの! 休んでる余裕なんかどこにも――っ!」


 脳が揺れた――ような気がした。


 何の前触れもなく視界がぶれ、気づいたときにはわたしの身体は宙を舞い杉の木に叩きつけられ地面へと倒れ込んでいた。


「……っ? うぅ……?」


 身体を砕かれるような衝撃にうずくまりつつ、どうにか顔を上げて自身の身に起きた事態を確認する。


 ほんの数メートル先に、わたしが落としたらしいライトが転がっている。


 そのすぐ側に、見知っているはずの存在が仁王立ちして茜を見下ろしていた。


「あ……竜、次……?」


 着ている服は、一緒にいたときとまるで変わらない。


 ただ、その身体は全身黒く染まった岩沼 竜次が、そこにいた。


 彼がわたしを後ろから弾き飛ばしたのだとすぐに理解し、同時に戦慄する。


 いくら力が強いとは言え、人一人をあっさり吹っ飛ばすというのは尋常なパワーではない。


(人間だった頃より、力が増してる……)


「い……嫌……」


 目の前に立つ竜次に、茜は成す術もなく首を掴まれ宙吊りにされる。


 必死に振り解こうと竜次の手を掴みもがく茜だが、いかんせん力に差がありすぎて抵抗にもなっていない。


「やめて……岩沼くん……離し、て……」


 懇願する茜の声がその耳に届いてるのか否か、竜次は聞き入れる様子もなく更に腕の高度を上げた。


「ぐっ……う……あぅ……か、すみ……助げ……っ」


 華奢な茜の喉が潰れそうなくらいに細く締まり、小さな舌が口内から突きだす。


 恐怖か圧迫からくる苦しさか、両目からボロボロと涙を流す茜の瞳がわたしを捉えブルブルと震える手を差し出してきた。


 このままでは、茜までが殺される。


 痛みで痺れる身体を無理矢理起こし、わたしは周囲を見回す。


「ごぉっ……ぐ……がぁ……が……ぁ……」


 蛙か何か、別の生き物みたいな音を漏らし始める茜の声を聞きながら、すぐ側に落ちていた木の枝拾い上げ、わたしはグッと握りしめる。


 時間がない。


 顔を前に戻したとき、茜はもう眼球が反転し、舌の飛び出した口は泡を吹き涎を垂れ流していた。


 窒息が先か、首が千切れるのが先か。


 どちらにせよ、このまま黙っていれば茜の命はもう一分ともたないだろう。


(うう……っ)


 覚悟を決めなくてはいけない。


 一か八かの思いで駆けだし、わたしは手にした枝を思いきり竜次の後頭部へ叩きつけた。


 ガツンという強い衝撃が腕に伝わり、クリーンヒットしたことを自覚する。


 だけど、それで竜次が怯むことは微塵もなく、その黒く濁った瞳をこちらへ向けニタリと不気味な笑みを返してくるだけ。


 でも、そんなことは予想済み。


 どうせ化物と化したメンバーに自分がまともに敵うなんて思っていない。


「ごめん、竜次――!」


 最初の一撃は、あくまでこっちを向かせるためだけの布石。


 狙い通りに振り向いた竜次の目をめがけ、わたしは枝の先端、その鋭く尖った部分を突き刺した。


 いくら力に差があろうと、弱点となる箇所は存在する。


 そこを狙うことさえできれば、勝機は生まれるはず。


 僅かに身を揺らした竜次が、茜を地面に落した。

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