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病み憑き  作者: 雪鳴月彦
第四部:風岡夏純 ②
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第四部:風岡夏純 23

「も……もしもし?」


「……………………」


 スマホから聞こえてくるはずの警察官の声は、どういうわけか一向に聞こえてくる気配がない。


 耳に届くのは、サ―……という小さなノイズ音みたいな音のみで、何と言うのか、通話先に人の存在感が感じられなかった。


「そんな、どうして? 電波が弱いせい?」


 意味がわからず、スマホを顔から離し画面を確認する。


「……?」


 間違いなく、わたしは警察へ電話をかけている。


 それなのに、何故応答してくれないのか。


 急いで通話を切り、もう一度かけ直してみるも、


「……………………」


 結果は同じ。無言の対応が待っているだけだった。


「どうなってんのよこれ! こんなときに……!」


 焦燥感が強まるせいで、つい口調が荒くなる。


 何が原因なのかわからないけれど、どうやら警察への助けは期待できそうにないという絶望的な現実が突きつけられたと、それだけは理解できてしまった。


 警察が駄目なら、他の誰かに連絡を取るか。


 仕方なく、また通話を切り知り合いの番号を表示させようとした矢先に、


「――夏純!」


 側に立ち周囲を警戒していた茜が、固い声を出しながら腕を引いてきた。


「何? 今、警察に通じないから他の知り合いに――」


「あれ、何? 変なのが来てる……」


「は?」


 背後を震える手で指差し口をパクパクさせる茜の言葉に、言いかけていた台詞を飲み込んでわたしは振り返った。


 後方。わたしが走ってきた方角。


「……?」


 最初は、茜が何を言っているのかわからなかった。


 けれど、持っていたライトをかざした瞬間、夜闇に紛れていた異形の姿が照らし出され、わたしはグッと喉へ力を入れて悲鳴を上げるのをどうにか堪えることとなった。


 複雑に絡み合った木の枝の中を、全ての元凶である山神が音もなく移動し近づいてきていた。


 どういう仕組みになっているのか、その黒く細い身体をゴムのように伸縮させ枝と枝の僅かな隙間を縫うように距離を詰めてきている。


 相変わらず感情のない能面顔の化物は、ただジッとわたしたちを見つめ淡々と命を奪いにかかってきていた。


「あ……茜、逃げるよ。あいつに捕まったら殺される!」


 よく考えてみれば、いつの間にか生き残っているのはわたしたち二人だけ。


 何が起きているのか理解する暇すら与えられぬまま、貴秀も、愛も、竜次も晴樹も、みんな殺され山神の呪いに取り込まれてしまった。


 化物の姿に委縮する茜の腕を取り、とにかく走りだす。


 捕まれば殺される。殺されれば、みんなと同じ化物にされるかもしれない。


(嫌だ……死にたくない! あんな変なものになんてなりたくない――!)


 身体に残る体力なんて、もうほとんどないのが本音ではあった。


 茜だってそうだろう。


 大して力もない女子二人、疲弊しきったこの状況でどこまで抵抗できるのか。


 武器もない、今どこを移動しているのか土地勘もない。山神や化物となった仲間がどこから現れるかもわからない。


 蒸し暑い空気に肺が満たされ、必然的に口呼吸になってしまい、何か小さな羽虫が口内へ飛び込み嫌悪感に苛まれるも、死ぬことに比べれば些末なこと。


「はぁ……はぁ……」


 群生する木々に、終わりは見えない。


 山から出る方向にちゃんと進めているのか。もしかしたら、余計奥へと向かってしまっているのではないか。


 死と隣り合わせの中、不安材料ばかりが増殖し心が萎えそうになってくる。


「……待って、夏純。私、もう……」


 何分走っただろう。


 掴んでいた茜の腕が徐々に鉛みたいに重くなり、ついには苦しそうな声を吐き出してきた。


「しっかりしてよ。ここで止まってたら、わたしたち死んじゃうんだよ。帰れなくなっても良いの?」


 辛いのは自分も同じ。休めるものなら、今すぐにだって倒れ込んでしまいたい。


 だけど、そんなことをしてしまえばもうまともに逃げられる自信はない。

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