第四部:風岡夏純 22
「……!」
どこか近くから悲鳴のような声が聞こえてきて、わたしはビクリと身体を強張らせた。
今度は何だと思いながら耳を澄ますと、ガサガサと草を揺らす音が耳へ届いてくる。
それと一緒に、
「……誰か! 助けて!」
(――茜!)
聞き慣れた声が夜闇に伝播し、わたしはすぐにその声がした方向へと駆けだした。
相手の走る音と、わたしの奏でる葉擦れの音。
双方が同時に距離を縮め、すぐに前方からライトの光が見え始めた。
「茜! こっち!」
「夏純!?」
「そのまま真っ直ぐ走って!」
指示を出し、更に加速して揺れ動く光を目指す。
「茜! 良かった、まだ無事だった」
お互いの距離がゼロになると、わたしは茜の肩を抱いて安堵の息をつく。
だけど、茜の方はそれほど余裕を取り戻すことができていない様子だった。
「夏純、ここにいたら駄目。すぐに逃げないと……」
自分が来た方向を怯えたように振り返り、茜が告げてくる。
「どうしたの?」
彼女のその言動に嫌な予感を覚えながら問うと、茜はわたしの腕を潰さんばかりに強く握り絞め、動揺するみたいに瞳を揺らして首を振ってきた。
「わからない……わからないけど、岩沼くんがおかしくなってるの」
「……竜次? え? 竜次と合流したの?」
穴の中に取り残されているかと思っていた仲間の名前が飛び出し、わたしはつい期待するような声をあげてしまう。
「違うの……。私、怖くて無我夢中で逃げてたらいきなり後ろの方から何か近づいて来る音が聞こえて。夏純たちが追いついてきたのかと思いながら隠れて様子を見てたら…………岩沼くんが、穴の中にいた角田くんみたいに全身真っ黒の化物みたいになって私のこと追いかけてきてたの。それで、わたしまた必死に逃げて……」
「……そんな」
ひょっとしたらという予感がなかったわけではないけど、竜次まで既に犠牲になっていた。
きっと、躓いたわたしを助けた直後くらいに何かがあったのかもしれない。
(わたしのせいで、竜次は死んだ……?)
可能性の話でしかないけど、取り返しのつかないミスをしたという罪悪感が込み上げてきそうになり、慌てて気持ちを強く持ち直す。
(駄目、今はまず逃げ切らないと……。まずはこの山から出て、それから助けを――)
いつあの化物たちが現れるかわからない闇の中、必死に生き延びる術を模索しようとしたとき、わたしは簡単な解決策があることに思い至った。
あまりに混乱し失念していた単純な打開策。
「……そうよ、助けよ。助けを呼べば良いのよ」
急く気持ちを懸命に堪え、わたしはポケットに入れたままだったスマホを取出し警察へ電話をかける。
こんな尋常ではない事態となっては、真美へのいじめがばれるなんて話は些末な問題だ。
と言うより、真実を知る妹が既に死に得体の知れない化物にされてしまっているのだ。
真実を告げる者はいない。
短い呼び出し音が消え、相手が電話に出る気配を察知する。
電波が届いていたことに感謝しつつ、わたしはすがりつく思いでスマホを強く握り締める。
相手が声をかけてくる一瞬の時間すらももどかしく感じ、わたしは即座に話を切り出した。
「もしもし、助けてください! わたしたち、変な黒い化物に襲われてて、友達も殺されて、おかしなことに――!」
言わなければならない事柄を、支離滅裂にならないよう必死に頭で整理しようとするも、焦りが優先されなかなかうまくいかない。
「このままじゃ、わたしたちも殺されちゃうんです! 今すぐに助けに来てください、植染町の山神地区です、山の中にいます!」
不安と恐怖心に押し潰されそうになりながら、どうにか置かれている状況を伝えようと口を動かしていたが、
「……………………」
「――? あ、あの、こっちの声、聞こえてますよね?」
話し相手の反応がおかしいことに気づき、わたしは戸惑いながらスマホを押し付けた耳に意識を集中させ次の言葉を待った。
「……………………」




