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病み憑き  作者: 雪鳴月彦
第四部:風岡夏純 ②
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第四部:風岡夏純 17

       4


 狭すぎる通路に、乱雑な足音が響き渡る。


 足場と見通しの悪い一本道をひたすら転ばずに全力で走り続けるというのは頭で考えるより遥かに難易度の高いもので、数十メートル走るごとにいちいち足がもつれ、焦る気持ちへ拍車をかけストレスを蓄積させた。


 一番最初に逃げ出した茜の姿はもう見えない。


 これはある意味良い結果と言えるだろう。


 もしここに彼女が加わり一緒に逃げていたら、晴樹は彼女へ気を遣うし逃げるスピードは確実に落ちていたはずだ。


(外に出れても、あの獣道ですらねぇような道をきっちり戻っていけるか自信がねぇ。大体、あんなとこを全力で走れるか? 進み難さはここより酷ぇってのに)


 数メートル先を必死に走る二人を見ながら、竜次は舌打ちを鳴らす。


 決して速いとは言えない速度で足を動かし、背後からはビチャビチャと化物と化した二体が追いかけてくる音を聞き続けるこの状況。


 こんなふざけたことに巻き込まれるくらいならば、最初から捜索などに関わらなければ良かったと後悔の念が湧いてくる。


 居場所をつきとめるはずだった貴秀と真美の妹は既に死んでいて、化物に成り果ててしまっている。


 いったい、この洞窟のような場所で何が起きたのか。秋本 夢美は貴秀を連れ出すことにどんな理由があったのか。


 この状況に身を落とすまで、何一つ理解ができていない。


 結果だけで判断するなら、自分たち素人が首を突っ込んだりなどせず大人しく警察や消防団に全て任せていた方が、これは丸く収まっていたのではないだろうか。


(ちくしょうが……!)


 捜索を言いだした夏純を恨むつもりはないが、不条理感が込み上げてきてしまうのも事実。


 もっとも、仮に恨むとすれば全ての引き金を引いた茜だろう。


 茜のくだらない提案に乗り、あんなよく知りもしない女を性処理の道具として利用しなければこんな事態にはならなかった。


「――きゃっ!」


 次々と脳内に浮上してくる後悔を噛みしめていると、何かに躓いたらしい夏純が前のめりに転ぶ瞬間を視界に捉えた。


「ちっ、さっさと立て! 追いつかれるぞ!」


「あ……ご、ごめん」


 膝でも打ち付けたのか、立ち上がるのにもたつく夏純の襟首と腕を強引に引っ張り起き上がらせると、すかさず背中を押して走らせる。


「急げ! 外まで走ったら――」


 仲間を鼓舞するように声をかけつつ、自分もまた走り出そうかとした瞬間。


 首筋に冷たい感触が落ちてきて、竜次は言葉を飲み込んだ。


(……?)


 水滴でも落ちてきたかと思いつつライトを上向かせる。


 でこぼことした茶色い土の天井が照らし出され、特に何もないことを確認してから再びライトの光を前方へ戻そうとして――


「――!」


 竜次は、動かしかけた足をピタリと止めた。


「竜次?」


 ついてこない足音を不審に感じた夏純が怪訝そうに振り向こうとしてくるが、


「もたついてねぇでさっさと走れ!」


 それを阻止し、先へ進むよう怒声を上げて一喝した。


 慌てて走り出す夏純を一瞥し、竜次は暗闇に沈んでいる足元へ視線を移す。


「…………」


 何もない剥き出しの土の中から黒い粒が湧きだし、いつの間にか音もなく左足を這い上がってきている。


 背後から迫り来る気配も大きくなり、すぐにでも追いついてしまう距離にいるのは考えるまでもなく理解できた。


「ちっ……!」


 黒い粒の触れた部分は、まるで氷でも貼りつけられたかのように冷たくなり、体温を消滅させていく。


 膝上まで上がってきた黒い粒を忌々しく睨みつけながら無理矢理足を動かそうとするも、固まったかのように微動だにせず、竜次は残った右足だけでどうにか一歩前へ進んだ。


 黒い粒は、手で払おうとしても実体がなく、まるで生きた影のようにひたすら身体を黒く染めようとその面積を広げるばかり。


(どういう構造してんだこいつ……?)


 ビチャリ、という一際大きな音が、すぐ後ろで響いた。

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