第四部:風岡夏純 16
前を向いたまま器用に秋本 夢美を避け、竜次がわたしたちの前まで後退してくる。
それを追うように、ビチャビチャと音を鳴らして、貴秀だったはずのモノもズルズルと地面を進んできた。
「……?」
その姿を凝視していて、わたしはある異変に気がつく。
貴秀の触れた地面から、まるで無数の蟻が涌き出るように黒い粒のようなものが溢れだし、蜘蛛の子を散らすような勢いで周囲へと広がり始めた。
照らされていた壁や天井が、かなりのスピードで黒く塗り替えられていく。
「――ちょ、これ何よ!?」
ザワザワと不快な音を立てて広がるような幻聴を聞きながら、わたしは全てを浸食していくその黒い粒を必死に目で追う。
「もっと離れろ!」
余裕のない竜次の怒声に、慌てて祠の前まで移動する。
黒い粒は止まることなく増殖し、秋本 夢美の死体すらも包み込んでしまった。
黒い死体へ更に黒が重なり、着ていた服の色すら奪う。
「……直感でしかねぇが、あの黒いのには触らない方が良い。嫌な予感しかしやがらねぇ」
ジリジリと後退りしながら告げてくる竜次の言葉に誰も返事はしなかったけれど、沈黙で同意を示していることは場の雰囲気で十分に把握できた。
「ひ――っ!」
すぐ背後で、茜の短い悲鳴。
浸食する黒に包まれた秋本 夢美の身体が、前触れもなくビクンと跳ねた。
今度は何事かと目を見張るわたしたちの正面で、横たわっていた死体がその上半身を起こす。
黒い顔をぐるりとこちらへ向かせ、まるで怒りを滲ませるようにその表情を歪めると赤ん坊がはいはいするように近づき始めてくる。
「――な、何だよ! いったいどうなってるんだこれ!?」
晴樹が、弾かれたように叫ぶ。
「いや……いやぁぁぁぁぁ!」
「あ! 茜!?」
その叫びに感化されたか、茜が半狂乱になったかのごとき悲鳴をあげ、一人出口へ向かって駆け出した。
「俺たちも逃げるぞ! こんな所にいたらやられるだけだ!」
「あ、ああ!」
男子二人も黒い化物に背を向け駆け出そうとしたため、わたしも慌てて踵を返し走り出した。
「良いか、絶対に振り向くな! 走ることだけに集中しろ!」
すぐ後ろ、殿を務める竜次の怒声を聞きながら、わたしは歯を食い縛りひたすら狭い通路を駆け戻る――。




