第四部:風岡夏純 13
「この先にもまだ道があるね。行ってみようか」
祠から離れた晴樹が、更にその奥へと指を突きつけた。
「だな。さっさと行くか」
「――あの、皆ちょっと待って」
話を進める男子二人を、そう呼び止めたのは茜。
振り返ってそちらを見ると、今にも吐くのではと困惑するくらい蒼白になり、妖怪にでも出会ってしまったような様相で祠を凝視していた。
「どうしたんだ茜。すごい顔色悪くなってるけど、大丈夫か? もし駄目なら暫くここで休んで――」
「――ここ、危険な場所かもしれないわ」
様子のおかしい彼女を心配し声をかける晴樹だったけれど、その気遣いを受け止める気配もなく茜は言葉を紡いでいく。
「私がスマホで調べた植染の歴史、覚えてるでしょう? 昔、山神様の怒りを鎮めるために、生贄を捧げていたって……」
「…… あれがどうしたのよ?」
わたしは、ケーキショップで茜に見せられたスマホの画面を思い出した。
祠の近くに穴を掘り、そこへ黒い死体や生贄を投げ神の許しを得ようとしていた儀式。
そんな内容が記されたページだった。
「あそこに書かれてた祠って、これのことだったりしないかしら?」
命綱を手繰るような慎重な口調で茜が言うのを、わたしは鼻で笑い飛ばした。
「またそういう話? あんなの、迷信か何かでしょ。病気が流行したくらいで生きた人間殺すとか死体穴に落とすなんて、実際にあったかわかんないよ。この祠だって、本当にそんな昔からあるのかは微妙だし。……ほら、もう少し我慢して先に行こ? ここまで来て、ただじゃ帰れないわよ」
「…………」
納得がいかないのか、尚も唇を動かす茜だったけれど、結局それ以上言葉が漏れ出すことはなかった。
「……じゃ、行こっか」
少し気遣うように言って、晴樹が歩みを再開する。
ピチャン……ピチャン……、とどこかから水滴の落ちる音が響き、幼い頃に一度だけ連れていってもらった鍾乳洞を思い出しながら晴樹を追っていると、突然お互いの距離が縮まり彼の背へおもいきり鼻をぶつけてしまった。
「いったぁ……。どうしたの、いきなり立ち止まったりして」
鼻を押さえながら、わたしは晴樹の後頭部を睨む。
だけど、晴樹は振り向くことなく前を見据えたまま、小さな呟きだけを漏らしてきた。
「あそこ……何かいるよね? 人……かな?」
「え?」
言われている内容がよくわからず、わたしは顔をしかめて晴樹が見ているであろう位置に視線をずらす。
「…………?」
自分たちが立ち止まっている細い道の先。
距離的には三十メートルくらい前方か。そこには、ライトの光など意味を成さないくらいに深い闇が控えていた。
奥行きのある広い空間になっているのだろうか。
ひょっとしたら、穴の最奥まで到着したのかもしれない。
だけど、晴樹が言った問題の箇所はその空間のすぐ手前。
まるでその先へ進むのを邪魔する障害物みたいに、ゴロリとした何かが横たわっている。
「……おい、あれうちの制服じゃねぇのか?」
「え……?」
わたしの頭上から奥を覗き込むように顔を突き出してきた竜次が、唸るように呟く。
「よく見ろ。あれはうちの女子制服だろ。つーか、晴樹、お前さっさと進め。こんなとこから眺めてたんじゃよくわからねぇ」
筋肉質の腕が晴樹の背中を押し、無理矢理前へと歩かせる。
「ち、ちょっと押すなよ。転んだら危ないだろ」
つんのめるようになりながら文句を言い、恐る恐る晴樹は足を動かした。
その背後に隠れるような体勢でわたしも続き、横たわる何かへ近づいていく。
竜次の言うように、それがわたしたちの通う学校の制服を着ているとはっきりわかったのは、七歩程進んだとき。
そして、それが人間であると明解に把握したのは、更に三歩前進したときだった。




