第四部:風岡夏純 4
だけど、そんなわたしの否定の言葉へ待ったをかけるように、竜次が外の景色を一瞥しながら声を挟んできた。
「昨日、俺も変な体験したぞ。自分の部屋にいたらよ、いきなりテーブルにあった空き缶が潰れたんだ。誰もいねぇのに、いきなりな」
「え? 何だよそれ。元々潰してあったんじゃないのか?」
突然の怪談じみた話に、晴樹が苦笑を浮かべる。
「いや、それはねぇ。灰皿代わりにしてたからよ、潰れる前に煙草捨ててんだ。へこみ一つなかった。後な、その空き缶潰れて少しした頃に、今度は壁に掛けてあったシャツの後ろから真っ黒い人間の手が伸びてきてよ、モゾモゾ動いてやがった。すぐシャツの裏に引っ込んで消えちまったが、ありゃいったい何だったんだかな。ガキの頃から使ってる部屋だが、あんなもん見たのは始めてだった」
本気で不思議そうに語る竜次の顔を、茜はまるで共感できる仲間を見つけたように見つめる。
そんな二人を交互に見てから、わたしはわざと大きなため息をついた。
「何かよくわかんないけど、そういう貴秀たちとは関係ない話今はいらないでしょ。話題を戻すけど、貴秀たちを探す方法、茜が言ったように警察が活動してない夜に実行するのが間違いないかもね。グズグズしてらんないし、今日の夜早速探しに行きたいところだけど、皆はどう?」
「え? 今日って、この後行くの?」
「モタモタしてたら警察が来ちゃうでしょ? 絶対先に二人を見つけて妹の口を封じないと。これからの人生台無しにしたい?」
強引とも取れるだろうわたしの提案に、三人とも戸惑った気配を窺わせるも、こちらとしてはそんなことに構っていられる余裕がない。
万引きが見つかって補導とか、自分たちが直面してるのはそんなレベルの問題ではないのだ。
いじめの内容と、それによる自殺。その真実を知った妹の復讐。
そういったものが明るみになれば、ニュースにだって取り上げられかねない。
「……確かに、夏純の言うことは一理ある」
最初にわたしへ同意してくれたのは、竜次だった。
「え? 竜次、本気で言ってるの?」
そんな友人を信じられないという風に見つめる晴樹たったけど、竜次は当然といったように頷きを返してみせた。
「ああ。俺だって、警察に付け回されるような生活は真っ平ごめんだ。何より、さっさとこの問題を片付けちまいてぇってのが本音だしな。秋本の妹引っ張り出して、強引にでも口閉じさせれば解決なんだろ? 大体の行動がわかって、それに対してやれることも決まったんなら、さっさと済ませちまった方が良いに決まってる」
「でも、万が一何かあったらどうするの? 本当に熊とかと遭遇したら、さすがの岩沼くんでも相手できないでしょ」
茜が怖がっているのはそんな野生動物なんかより幽霊の類いなんじゃないのか。
頭に浮かんだ嫌味を胸に沈めて、わたしは妥協しない意志だけを彼女へ示す。
「そんなこと言ってたら、時間がなくなるじゃない。茜はこのまま成り行きに任せるつもりなの? そもそも茜が 言い出したことがきっかけで真美へのいじめは始まったわけだし、それがばれたら一番被害が大きいのはあんたなんだよ?」
「……」
こちらの言わんとする意味が、即座に理解できたのだろう。
茜は目元を強張らせて、ぐっと息を飲み込んだ。
「自分でわかってるよね? あんたのお父さん、市長なんだし。自分の娘がクラスメイトを自殺に追い込んだ一人で、しかも裏で指示した黒幕だってばれたら、家族全員……ううん、親戚すらどんな風評受けるかわからない。熊とか影とか、そんなくだらないこと言ってるときじゃないんだよ」
「…………」
頭でわかっていても、それを直接誰かに指摘されたときのダメージは大きいもので、茜はわたしの言葉を聞くと更に表情を固まらせ沈黙を強くした。
「本当に、わたしたちには余裕がないの。あの妹のせいで、かなりやばいとこまで追い詰められてるんだから。熊が本当に出たら、それはそれでヤバいのは認めるけどね。……竜次」
「何だ?」
茜とのやり取りに区切りをつけ、わたしは竜次へ意識を切り替えた。
「車、運転できたよね?」
「ああ。しろって言いてぇのか?」
竜次はまだ高校二年。当然車の免許なんか持っていない。
にもかかわらず、年上の知り合いから乗り方を教わりたまに車を乗り回していることがある。
何度かばれそうになったことはあるらしいけど、今のところはうまく誤魔化しきっているようだ。
「できる?」
「まぁ、頼んではみるが駄目だった場合は諦めろよ」
そう言うなり、電話をかけ始める竜次。
たぶん車の持ち主へ連絡を取ってくれているんだろう。
「じゃあ、今夜植染駅……は面倒だから、夜目沢駅に集合しよう。時間は、そうね……茜、警察って何時くらいまで捜索をしてるの?」
「よく知らないけど、暗くなった時点でその日は打ち切るんじゃないかしら」




