第三部:風岡夏純 20
警察にばれたら、学校にもばれる。
そうしたら、当然秋本家の家族や自分の家族にだってばれてしまう。
逮捕され、少年院みたいな所に入れられるのかそれとも、親に勘当でもされ以前より更に惨めな人生に蹴り落とされるのか。
「……」
そういった事態を想像しようとしても、今は全く現実味が湧いてこない。
茜が何かしら調べてくれることになっているから、まずはその結果を聞いて、その後もっとじっくり考えをまとめていけば良いだろうか。
面倒事から目を逸らすための現実逃避。他人任せの思考で己を納得させてから、枕元に置いていたスマホの電源を入れる。
画面が光り室内が薄く照らされる中で、適当にSNSの書き込みをチェックしながら微睡みに身を任せていると、視界の奥、手にするスマホの向こう側で何かが動いたような気がした。
反射的にスマホへ固定していた視線をずらし、更に前方、天井に焦点を合わせる。
「――!?」
いつも通りの天井。
愛はそこに、等身大の人間の影が音もなく這い回っているのを見てしまった。
重力を無視したようにへばり付き無秩序に動き回るそれに目を見開いて、愛は全身の筋が突っ張ったように身体を固くしてしまう。
(何…………これ……)
無音のままムカデのように天井を蠢き続けるそれは、闇の中でも目立つほどに濃い漆黒をしていた。
胸中から膨らみだした恐怖心に喉を引きつらせ、愛はかけていた布団を頭から被りきつく目を瞑る。
昼間に聞いた茜の言葉が、脳裏にリプレイされた。
窓に貼り付いた、黒い人影。
茜はそれを見たと言っておかしくなっていた。
まさか、彼女が見たその正体がこれなのだろうか。
だとしたら、何故そんな得体の知れないモノがいきなり自分の部屋に現れたのか。
これまでずっとこの場所で暮らしてきて、一度たりとも幽霊なんて遭遇したことないのに。
季節がら、かけていたのは薄いタオルケット一枚でしかなかったが、それでも長時間その中に顔を埋め続けると息が苦しくなってくる。
顔を出して新鮮な空気を取り込みたい衝動に駆られるが、またあの影がいるのではと思うと怖くてそれもできない。
(どうしよう…………)
ベッドの上で身体を硬直させたまま、ただ静かに室内の気配を探る。
静寂だけが、被るタオルケット越しにのし掛かる。
どれくらいの時間耐えていたのかは、愛自身わからない。
五分か、十分か。それとも、実際はまだ三分程度か。
やがて息苦しさに限界を迎えた愛は、モゾモゾと身を捩らせなが恐る恐る顔を出した。
大きく息を吸い込み、酸欠になりかけていた脳を正常に戻しながら、薄く開いた瞼の隙間からそっと闇に染まる自分の部屋を見渡す。
「…………」
スマホの明かりも消えた状態では、全てが黒く染まり影がいるのかどうか判断が難しい。
問題の天井にも、影が動いているのかはわからない。
じっとして、数十秒間の沈黙を耐える。
それで何も起こらないと判断した愛は、再びスマホを手にして電源を入れた。
ライトを点灯させ、辺りを照らす。
ついさっきまで座っていた椅子や汚れた机。適当に放り投げられたままの衣服と、閉じられたままの入り口。
全てが、見慣れた光景そのままに瞳の中へ映されていく。
そして、天井。
そこも、何一つおかしなところはなくなっていた。
普段と変わらない、ただの天井。
動き回るモノなんか、どこにもいない。
はぁ……っと、安堵のため息をついた愛は脱力したように枕へ頭を沈ませる。
(良かった。今のは何だったんだろ。見間違いなんかじゃ絶対にないし……)
横向きだった身体を仰向けに変え、天井全体をぐるりと確認する。
完全に影はいない。もう大丈夫。
(まさか、真美が悪霊にでもなって化けて出た、なんてことはないよね)




