第三部:風岡夏純 19
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勉強机は勉強するための机である。
そんな当たり前のことくらい愛にだってわかっていたが、彼女がこの机で真面目に勉学に勤しんだ経験はほとんどなかった。
使うべき教科書や参考書は乱雑に積み上げられ、食べ終えた菓子袋が置きっぱなしにされているという、他人からすればだらしないとしか言えない有り様の机上。
そんな場所に肘を乗せ、愛は残り少ないペットボトルのお茶に口を付けていた。
「…………はぁ~あ、どうしよ」
目の前、ゴミと一緒に置かれた財布を微睡んだような瞳で見つめ、一人呟く。
一ヵ月くらい前に購入したブランド物の白い財布へのそりと手を伸ばし、中身を確認する。
三千三百二十五円。
これが、現在の所持金。増える予定も全くない。
金を運んできていた 秋本 真美がこの世から消え、欲しい物も食べたい物も気楽に買えなくなってしまったことは、愛にとって致命的なことと言えた。
母は専業主婦で父は安月給の会社員。二つ年上の兄は真面目に進学も就職もしないフリーター。
お世辞にも裕福な家庭ではない。
その証拠に、高校二年となった今日まで、親からまともに小遣いなど貰ったことはほとんどない。
小学、中学とクラスの女子たちは可愛い服や小物を自慢し、おしゃれなメイクをして毎日を楽しんでいたのに、自分はそれを愛想笑いを浮かべて眺めるだけ。
持ち前の明るい性格――実際は明るく振る舞って周りをごまかす能力――だけを武器にどうにかはぐれ者にされず耐え続けてきた。
いつか自分も、皆が注目してくれるようなおしゃれがしたい。羨ましがられるような小物を身に付け、周りに自慢したい。
そんな欲望が噴き出しそうになるのを、必死に蓋を被せ堪え過ごしてきた青春。
そして、その蓋を開けてしまったのが、秋本 真美の存在。
最初は茜の提案で、貴秀と竜次の二人が彼女を傷物にして遊ぶだけの内容だと思っていた。
だけど、それを更に脅しに利用してお金を巻き上げる計画があると知りそこに自分も加わることになった瞬間から、人生の中に積もり続けてきていた劣等感が溢れだし、弱者を見下し他人から金を横取りするという行為に快楽を覚える人間になってしまった。
弱味を握られ、角田たちだけでなく名も知らない男にまで身体を汚されていた弱者。
それをネタに、お金を取られ続けてもいた弱者。
そんな彼女を、愛は優越感に浸るような心地で見つめていた。
そうすることできっと過去の惨めな自分を乗り越えたような、勝つ側に立ったような、そんな自惚れを無意識に味わっていたのだろう。
手にしているこの財布も、真美から奪った金で買った物。
いくらしたっけ? と一瞬考えてみるも、正確な値段を覚えていない。
ただ漠然と高かったというイメージだけが残っている。
それくらいお金に悩むこととは無縁な生活を送っていた日々がもう終わりを迎えてしまったことを、愛はまだ受け入れられなかった。
「つまんないなぁ……」
こんな財布の中身じゃ、もうまともな服の一着すら買えやしない。
机の奥で埃を被るデジタル時計は、深夜の一時になろうとしている。
空虚さに浸っているうちに日付が変わり、気づけば土曜になっていた。
どうせ学校はないから寝坊を気にする必要はないけれど、眼孔の奥からせり上がってくるような眠気に欠伸を促され、愛は放るように財布を置くとのそりとした動きで立ち上がった。
残ったお茶を一気に飲み干し、部屋の電気を消してベッドに潜る。
暗くなった室内の天井をぼんやりと見ながら、愛は夏純たちとの会話を思い返した。
真美が死に、その妹と角田が消えたという、今起きているちょっとした事件。
これが今後大事になるのか、案外あっさりと収束して肩透かしをくらうことになるのかは全然わからない。
だけどもし本当に、自分たちがしてきたことが周囲にばれたら。
(どうなるんだろ……)




