第三部:風岡夏純 15
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「だからさ、別にからかってないし、嘘だってついてないってば。大体、そんなことしてオレに何かメリットある? 絶対ないじゃんか」
昼休み。それぞれ購買で買った昼食を持ち込み、わたしたちは旧校舎の一室へと集まった。
とりあえず、今朝わたしが考えた今後このメンバーが抱えかねないリスクを述べ、その上でこれから本格的にどんな対策を練ることができるかを具体的に話し合い始めたその途中で。
愛が相変わらず魂の抜けたような状態でいる茜へ声をかけたことで話題がおかしな方向へ逸れてしまっていた。
ここへ集まるまでの間も終始無言で過ごしていた茜を竜次と晴樹も気にしてはいたらしく、二人とも愛の語りかけにどんな反応を示すのか成り行きを見守るように視線を向ける中、茜は
「……私、昨日おかしなものを見たの。窓の外に真っ黒い人の形をした何かが貼り付いてて、こっちを覗こうとしていたのよ。……あれ、何だったのかしら?」
と、うわ言のように呟いた。
言っていることの意味がわからず、皆が訝しみながら茜を見つめているその横で、晴樹だけはフフッと鼻を鳴らして笑った。
「茜、お前まだそんなこと言ってるのか? 昨日も話したろ。そんなの、単なる見間違いか錯覚だよ。まさか、そんなのが理由で朝からぼけっとしてたわけ?」
「違う。あんなにはっきり見えてたのに錯覚なんてあり得ないわ。あのとき、外には絶対何かがいたの」
表情を固めたままそう呻き、茜はスッと晴樹へ首を巡らせる。
「……ねぇ、晴樹。正直に答えて。あのとき、あなたの側で聞こえてた薄気味悪い声は誰だったの? 誰と一緒にいたのよ」
「……茜、しっかりしろよ。電話してるとき、オレはずっと一人で自分のマンションにいたよ。昨日だってそう言っただろ」
「嘘よ。私のことからかってるの? ねぇ、お願いだから悪い冗談なら今すぐやめて。あの気持ちの悪い声は何?」
この問いに対する晴樹の返答が、最初の台詞だ。
二人だけの会話となったこの展開に、完全な置いてきぼりを食らうかたちとなったわたしたち三人は、全く見えてこないやり取りの内容に困惑しながら視線を交わし合う。
「……おい、二人とも。お前らいったい何の話を始めてんだ? じゃれ合うなら、俺らのいない所で好きなだけやれ。今は角田の件で集まってんだろうが」
若干不機嫌そうな口振りで、竜次が二人の会話を止めた。
「いやさ、茜が昨日の夜からおかしなこと言ってくるんだよ。家で変な影を見たとか、オレの部屋に誰かいるとか。半分からかってるのかと思ってたんだけど、何だかそうでもないみたいで」
困ったように竜次を見ながら、晴樹がわかりやすいくらいに肩を竦めてみせる。
「それはこっちの台詞よ。ただでさえ怖い思いをしたのに、あんな悪戯までされて。昨日はまともに眠れなかったんだから」
「わかったわかった。まずは一回落ち着いて、茜は頭ん中リセットしなよ。とにかく今は角田のことを考える方が最優先だろ?」
能面に近かった茜の顔にやっと感情が浮かび、呆れて首を振る晴樹を噛みつくように睨む。
「茜、悪いけど晴樹の言う通りよ。今はまず貴秀のことをどうにかしないと。最初に言ったけど、このままじっとしてたら警察や学校が真美へのいじめに気がつくのも時間の問題。そうなったら、わたしたち全員どうなっちゃうか……。茜だって、薄々理解してるでしょ?」
「…………」
言い聞かせるように告げるわたしに、茜は面白くなさそうして顔を俯かせる。
ひとまずわかってくれたのか。そう判断し、更に話を続けようと口を開きかけたとき、
「――あ!」
突然、愛が何かを思い出したように大きな声をあげた。
「どうしたの?」




