第三部:風岡夏純 12
その発端は偶然の事故みたいなもので、晴樹自身あそこまで大きな事態になるなんて、思ってもいなかった。
高校一年の秋。学校内が文化祭のムードで盛り上がり始めている時期に、いじめのきっかけが生まれた。
ある日の放課後、クラスの出しものの準備を進めるためほとんどの生徒が居残り作業をしている中で、秋本真美はたまたま床に置いていた茜の腕時計を壊してしまうという出来事が起きた。
当然、真美本人はその場で謝ったし弁償もすると言ったのだが、茜はそれを当然としたうえで許してやることをしなかった。
その理由は、真美が壊した時計は茜が晴樹から誕生日に貰ったエルメスの高級腕時計であったため、一括での弁償が不可能な額だったということ。
普通に買えば三十万以上する腕時計の弁償なんて、一般の高校生にはかなりキツいはずだろう。
そのことに加え、真美は自分の家が裕福ではなく、月の小遣いから払っていくにもかなりの時間がかかると言い訳を添えた。
それに対して茜が考えた解決策が、あのえげつないいじめだった。
『スマホとか持ち歩いてるくせに、お金ないとかおかしくないかしら? 家がまずしくてお小遣いがないなら、バイトでもすれば良いのに』
嫌味っぽくそう口にする茜の前で、真美は泣きそうな表情でひたすら俯いていたのを晴樹は覚えている。
『……そうだ、良いこと思いついたわ。ねぇ秋本さん。私の言うことを素直に聞いてくれるなら、ひとまず許してあげても良いわよ』
『え……? 何、ですか?』
この瞬間の茜の提案が、ターニングポイントだった。
秋本真美は、クラスでもそこそこ可愛いと評価され、男子たちには好意を持たれたりしていた。
当然、角田や岩沼も例外ではなく、茜はそれを利用して真美を傷物にすることを思いついたのだ。
そのために、なるべく安全に事を成し遂げられる場所として晴樹のマンションが利用されることとなり、晴樹自身もある条件を前提にとしてこのことを了承した。
茜に言われるまま晴樹のマンションへ来た真美は、角田たちの手により純潔を奪われその行為の最中を写真に撮られてしまう。
そして、その写真をネタにしての金銭要求が女子たちの手により始まる。
そもそも、写真は角田のスマホだけに記録されていたわけではない。愛、茜の二人――夏純は気持ち悪いと拒否した――も、脅迫の道具として使用するためにそれぞれ写真を保存していたのだ。
つまり茜の考えた提案は、男二人に真美をレイプさせその姿を撮影。逆らえない状況を作り出し、定期的な金銭の巻き上げをするというもの。
そして、
(きっとあの妹は、自分の姉が貴秀と竜次以外に、他の男とも関係を持たされてたことまではまだ知らないんだろうな)
茜に話を聞いた他校の生徒も、一回につき二万で真美を抱いていた。
角田たちの性の捌け口にされ、小さい頃から貯めてきた貯金や小遣いも奪われた挙句、知らぬ男たちに抱かれて金稼ぎの人形として利用される。
ずっと貯めてきていたのだろう貯金も早い段階でなくなっていたようであったし、自殺する時点での彼女の懐はかなり惨めだったに違いない。
そこへきて、たった一人の姉妹である妹までも角田の餌食になろうとしていたわけだ。
傍から見れば、これはいじめなどという枠を超えていると言われても仕方がないような内容だろう。
もっとも、巻き上げた金の一部を場所提供の謝礼として受け取っていた晴樹が――これがなければ協力は渋るつもりだった――どうこう言える立場でもないが。
「――聞いてるの、晴樹?」
「ああ、聞いてる。オレの部屋には誰もいないし、特に何の音も聞こえてないよ。そっちでしてる音なんじゃないの?」
会話が途切れたことに不安を覚えたような彼女の声に、晴樹は笑いながら口を動かした。
「そんなのあり得ないわ。こっちだって今自分の部屋にいるし、テレビもラジオも点けてない。誰の声も聞こえてないし。……ねぇ、本当に一人なの? 声、ずっと近くから聞こえてる感じなんだけど……」




