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病み憑き  作者: 雪鳴月彦
第三部:風岡夏純 ①
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第三部:風岡夏純 10

         5


 箱沢 茜は、濡れた髪を乾かしながらぼんやりと学校でのやり取りを思い返していた。


 夏純が他のクラスの子から聞いたという、角田の情報。


 植染町山神地区。


 畑や田んぼ、農家くらいしか目につくもののないあんな場所なんかに、本当に角田がいるというのか。


 たまにニュースで見かける死体遺棄現場の映像なんかと照らし合わせてみると、この上なく似通った雰囲気を醸し出すエリアではあるのだけれど、さすがにそこまで大事になっていると考えたくないし、杞憂であってほしいと茜は願う。


(そもそも、真美の件に関して私は直接何かをしたわけじゃないんだから、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだわ)


 使い慣れたドライヤーの音が、静かな空間に遠慮なく響く。


(実際に真美へ手を出していたのは角田くんと岩沼くんの二人だけだし、お金だって手にしてたのはほとんど夏純と愛。私は何もしていない)


 これで万が一最悪の展開になれば、ただでは済まない。


 市長の娘がいじめに加担。


 どんなに遠慮がちに考慮しても、問題に取り上げられず事なきを得るのは不可能だ。


 父親は現在の地位を失うだろうし、このままここで暮らしていられるかもわからない。


 茜自身も、下手をすれば警察へ身柄を拘束され、受けるべき制裁を与えられる可能性が出てくる。


(冗談じゃないわ、そんなこと。……山神地区、あの辺りのことを少し真面目に調べてみないと)


 夏純に情報をくれた女子は、もう学校側へ話をしてしまっているのだろうか。


 もし既に連絡済みなら、警察関係が動きだしてしまう恐れが高い。


 そうなってしまえば、一般人、それも消えた生徒と同じ学校の生徒が付近をうろつくのは状況的に危険を伴うようになる。


 声をかけられ職務質問でもされてしまったら、言い逃れは難しい。


 ドライヤーを片付け、側に置いていたスマホを取り時刻を確認する。


 午後九時三十二分。


 父親は二日前に仕事の用事で東京へ出かけ、明日まで戻らない。


 寝る前に母親の方から山神地区に関する情報を何かしら訊きだしてみようかと考え、茜が脱衣所の電気を消そうとしたとき。


「――!?」


 脱衣所にある小窓へ、何かが張りついていることに気がついた。


 曇りガラスであるため、はっきりとその正体はわからない。


 だけど、その容姿からして人間であることだけはすぐに把握できた。


 ただ、明らかにおかしいのはそのガラス越しのシルエットがまるで影のように真っ黒であるということ。


(何……これ……?)


 ガラスにベタリと両手をくっ付け、必死に中を覗き込もうとしているかのようなその人型は、夜闇の中にいるにも関わらずそれを凌駕するほどに濃い黒に染まっていた。


「あ……?」


 あまりに唐突な出来事に電気のスイッチに手を付けたまま固まってしまう茜の、その視界の中で。


 人型をしたそれは、上から水をかけられ流れ落ちる泡のような滑らかさでズルリと動くと、そのまま窓枠の外へと消えていなくなった。


 静謐が満たす空間に、物音はない。


(何だったの今の……?)


 真っ黒い人間が窓に張りついていた。


 事実だけをシンプルにまとめれば、それだけの話。


 だけど、実際に目の当たりにしてしまった場合のその異常性は尋常ではない。


 人の形にくり抜いた黒い画用紙でも窓に貼りつけて誰かが悪戯をしてきたのであればそういうことかと思えるけれど、他人の敷地でそんなことをする人などいるものか。


「…………」


 怖い気持ちと、状況をはっきりさせたい気持ちを混ぜ合わせながら、茜はそっと窓へ近づき鍵を外すと恐る恐る外の様子を確かめた。


(……誰もいない)


 影が滑り落ちた窓の真下も、見慣れた家の敷地内にも、人はおろか猫一匹見当たらず。


 物音も気配も感じない周囲に暫く気を張っていた茜だったが、不意に頬を撫でた生温い風で我に返ると、慌てたように窓を閉め早足で脱衣所を後にした。

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