第三部:風岡夏純 8
「何でも良いの。わかることだけで問題ないから」
「う、うん……」
急かすように告げたわたしの台詞にぎこちなく頷きながら、相手はそのときのことを思い出そうとするように一度天井のライトを見上げ、ポツリポツリと話し出した。
「えっと……、場所は階段。四組のすぐ側の。あの階段の途中で、角田くんと夢美って子が二人で立ってて、何かコソコソ話してたんだけど、角田くんは手にメモ用紙みたいなの持って、それ見ながらすごい真剣な表情してた」
「メモ用紙? それ夢美って子に渡されたの?」
「それは知らないけど、二人のすぐ横を通り過ぎるときにちょっとだけメモに目を向けたら、どこかの住所だったのかなぁ……それっぽいことが書かれてたんだよね。植染町山神までは読めたけど、足止めて覗いたりしたわけじゃないから、それ以上はちょっと記憶にないなぁ」
「植染って、隣町の?」
馴染みがある地名だ。わたしの住むここ、夜目沢市の隣に並ぶ植染町。
はっきり言って、田んぼや農家が多く集まるエリアで普段は通り過ぎる以外に足を運ぶことがないような町。
コンビニや個人で経営してるボロい商店くらいはあるけど、言ってしまえばそれだけ。
コンビニなんて夜目沢の方が圧倒的に数が多いし、スーパーだってある。本屋も美容院も娯楽施設も、全てこちら側に集中しているのだ。
何の面白味もない植染町の住所なんか見て、貴秀はいったいどんなことを言われていたのか。
「たぶんね。この辺りで植染なんて地名は隣町くらいしかないし。そろそろあたしたちも戻るけど、もう良い?」
言われて周りを見ると、二学年の生徒たちが退場するためにぞろぞろと出口へ移動を始めていた。
「あぁ、うん。ごめん、ありがと」
確かにこれ以上は無理かと判断しお礼を言うわたしへ軽く頷いて、相手とその友人は並んで体育館を出ていった。
(山神……どの辺りだろう)
聞いたばかりの単語を忘れないよう脳裏へ刻み込みながら、わたしは口元に力を入れる。
昔から馴染みがあるとは言え、興味もないまま今日まで生きてきたため地区なんて言う細かい区分けまでとても把握していない。
(四人に訊いてみれば、誰かわかるかな。茜はお父さんとか顔広そうだし)
幸運にも、大きな手掛かりは手に入った。
(これで何か進展があれば良いんだけど……)




