第一部:秋本夢美 3
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六月二十二日、水曜日。
お姉ちゃんの葬儀が終わり初七日も過ぎて、一応、あたしは日常の中へと戻ってきた。
結局今日までお姉ちゃんが残した遺書は誰にも見せることなく隠してきたけれど、大人たちはお姉ちゃんの死を自殺と断定し事件性はないものとして勝手に処理をした。
ただ、自殺をした原因については誰もわからずじまいのままで、お母さんをはじめ親戚たちも皆、学校で何か起きていたのではないかという当然と言えば当然な方向に話が向かい、あたしが学校を休んでいる間に全校集会が一回、いじめに関するアンケートが二回実施されていたらしい。
それでも、有益な情報は何一つ出てくることはなく、今現在もお姉ちゃんの死に関しては不透明な状態が崩れることなく続いていた。
遺書に書かれていた、お姉ちゃんがこの世に残した最後のメッセージ。
その存在を知るのは、あたし一人。
つまりこれは、お姉ちゃんとあたしだけの共有物。
正直、死んだお姉ちゃんを発見したときどうしてあれほど冷静でいられたのか自分でもわからない。
本当なら、すぐにでも取り乱して下にいたお母さんを呼んだりしててもおかしくなかったのに。
あのときは、何故か頭の中が何か見えないものにコントロールされていたかのように冷静で、落ち着いていられた。
だからこそ、あたしは遺書を独り占めすることを簡単に、こうする以外にあり得ないというような感覚で自然に思いついてしまった。
お姉ちゃんとの特別な関係を一つ、自分の側に残しておきたかったから。
お姉ちゃんが最後に吐き出した終わりの想いを独り占めしたいという、そんな我がまま。
もしこれがばれたら、何かしらの罰を受けるのだろうか。
そんな小さな不安と後ろめたさは抱えているけれど、ばれない自信はある。
実際、今日までばれていないし、警察にすら見つけられていないのだから。
このまま黙ってさえいれば、あの遺書に書かれたメッセージは一生あたし一人のものになる。
(でも……お姉ちゃんを死に追い詰めた原因はすごく気になる。家の中には問題なんてなかったしバイトとかだってしてなかったから、あるとすればやっぱり学校。先生たちの調査では自殺に繋がるような問題は一切なかったって結論に落ちつこうとしているけど、あんなの全然当てにできない)
学校なんて、極力面倒事を浮き彫りにせず事態を収束させたいと思っているのが本音だろうし、アンケート調査も信憑性はゼロに等しいような気がする。
もしお姉ちゃんの死に関わる誰かが校内にいても、知らないと一文字書けばそれで白を切っていられるのだから。
(あたしが調べないと。警察でもお母さんでも学校でもない。この世でお姉ちゃんを一番理解していたのはあたし。あたしが、お姉ちゃんが抱えてた何かをつきとめてみせる。そして――)
場合によっては、報いを受けてもらわなければ。
もし、お姉ちゃんを死にまで追い込んだ存在がいるのなら、あたしはその人を許すことはできない。
あんなに優しくて大好きだったお姉ちゃんを苦しめてこの世から消したくせに、名乗りもしないで今も普通に生活していることを想像すると、それだけで頭と胸の奥がチリチリした痛みと熱に満たされそうになってしまう。
「夢美、怖い顔してどうしたの?」
二時限目の休み時間。
自分の席に座り眉宇を寄せながら机上を見つめていたあたしの元へ、見慣れた人物が近づき声をかけてきた。
「紗由里……」
あたしと同じ一年四組。中学校時代からの友人でもある伊藤紗由里。
大人しくはなく、かと言って快活でもないけれど、基本的に男女を問わず誰とでも仲良くできるという羨ましい特技を持つ彼女は、珍しく躊躇うような視線をこちらへ向けぎこちなく笑みを浮かべていた。
「朝からずっと様子おかしいから気になってて。授業中とか、上の空だったでしょ? あんまり無理はしない方が良いよ。その……、気持ちの整理とかさ、そんな簡単にできるもんじゃないし。わたしなんかじゃどう言ってあげたら良いのかわかんないけど、あんまり塞ぎ込み過ぎても夢美にとってよくないんんじゃないかなって思うんだ」
お腹の前で両手を組み一言一言を考えるようにしながら告げてくる紗由里の言葉に、あたしはやんわりと頷いてみせる。
「うん、ありがと」
お姉ちゃんが死んでから、先生をはじめとした学校の皆はあたしの扱いに困っている様子だった。
声をかけて良いのかどうかすらわからず、遠巻きにしてあたしの行動を眺めているのが大半で、すごく気を遣われているなと嫌でも実感させられる。
一時限目の数学も、普段なら容赦なく説教を飛ばしてくる真木野先生ですら、ノートを取らずにぼんやりしていたあたしへ一言も声をかけてはこなかった。
「ところでさ、今度の週末二人でどこか遊びに行かない? 少しくらいは気分転換になると思うんだけど」
紗由里は無理矢理表情を明るくすると、場の空気を解そうとするかのように話題を変えてきた。
「え?」
考えてもいなかったその誘いに、あたしはついポカンとしながら声を漏らす。
「もちろん、無理にとは言わないよ。夢美さえ良ければって話で」
「ん……ありがと。考えとくよ」
慌てて付け足す紗由里の台詞に微笑んで、あたしはそんな言葉だけを返しておいた。