第三部:風岡夏純 1
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六月二十九日、水曜日。午前八時二十五分。
この日、学校内は普段とは明らかに違う慌ただしい空気が漂っていた。
一番明確な変化を見せていたのは、教師たち。
廊下ですれ違ったとき、いつもとは異なる違和感というか、普段通りに振る舞っているんだけどわざとらしい、みたいな下手くそな演技をしているように感じたのだ。
そして、おかしなことは今も。
本来、この時間ならもう担任の安達が教室へ現れ出席を取り始めているはずなのに、今朝は未だに姿を見せない。
教室の一部では、
「さっき職員室寄ったら先生たち集まっててさ。会議みたいなのやってたぜ。入ろうとしたら今は駄目だとか怖い顔で追いだされたし、また何かあったのかもな」
「音楽の新妻先生、全校集会あるかもって言ってたけど、どうしたんだろうね。すごい固い表情してたけど……」
と、意味深な情報交換をするクラスメイトたちの声も聞こえてきている。
「ねぇねぇ、夏純。もう話聞いた?」
担任が来ないのを良いことに、愛がわたしの側へやってきた。
わたしより十五センチも身長の低い愛は、どうしても見た目が幼く映る。
お調子者のムードメーカー的な存在で、いつも能天気にはしゃいでる子供なイメージが強い反面、わたしや茜より男子との交際経験が多いというのが複雑なところだ。
「話って?」
机に頬杖をついていたわたしは、ゆっくりと顔を上げ愛と視線を合わせる。
彼女にしては珍しく、その表情からは普段の愛くるしい笑みを剥ぎ落していた。
いつもなら、転ぼうが叱られようが気にも留めないで笑っているような子なのに。
「今日、朝からずっと学校の中ばたばたしてる感じでしょ? 実はさっきさぁ、あたしたまたま聞いちゃったんだけどぉ……、真美の妹、一昨日から行方不明になってるらしいんだよね」
「え?」
周囲を気にしてか、スッと顔を近づけ告げてきた愛の言葉に、わたしは思わず眉を顰めた。
「あたしもまだそんなに詳しくわかんないけどさぁ、一昨日のお昼に早退したらしいのよ。で、そのままドロン。家に帰った形跡もないとか言ってたから、きっと帰る途中で何かあったんだろうね。親が昨日の夜になって警察へ捜索願だしたって」
「一昨日から行方不明? それって……」
「うん。偶然だとすると、ちょっと気になるよね」
わたしが言いかけた内容を理解して、愛は口元を歪めて首肯する。
二日前の月曜日。
愛の言うことがガセネタでないとするならば、その日に音信不通になった人間は二人いるということになる。
秋本 夢美と、もう一人――。
「――確か、二日前の昼休みって角田くんが安達先生に呼び出された日だったわよね?」
不意に背後から声をかけられて、わたしは若干驚きながら上半身を捻る。
立っていたのは茜で、伏せるような眼差しで座るわたしを見つめてきていた。
「うん。戻ってきてからはずっと様子おかしかったけど、あれって結局何だったのかな?」
愛の方は茜に気づいていたらしく、普通に返答を口にする。
「さぁ。でも、愛が聞いたその話は本当に正確な情報なの? そもそも誰が言っていたのよ?」
「名前とかは知らないけど、三年生の人。この間自殺した子の妹が行方不明で、校長先生とか対応に戸惑ってるとかなんとかって。結構真面目な感じで話してたよ」
「ふぅん……。角田くんの失踪と関連はあるのかしら?」
組んでいた右手をそっと顎に移動させ、茜は遠くを見るようにして窓の外へ視線をずらす。
貴秀の失踪。
二日前、用事があるから一人で帰ると言って校門で別れ、それっきり。
昨日の昼ぐらいまではスマホが繋がってはいたのに、それ以降は電波が届いていないのか充電が切れているのかは定かでないけど完全に音信不通状態となってしまった。
彼が家に帰らず遊び歩くのはそんなに珍しくもないため、今はまだいつものことだと思い家族は放置しているんだろうけど、わたしたちにとって今回のこれは過去にない出来事だ。
貴秀は外出する場合、大抵竜次の家に足を運ぶ。




