第二部:秋本夢美 22
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天気が悪くても、やっぱり蒸し暑い。
と言うより、天気が悪いからこそ湿度が上昇し熱くなっているのか。
べたつく汗を我慢しながら山道を歩き始めて約二十分。
ちらりと背後を窺えば、角田も額から汗を滲ませながらあたしの後をついてきている。
会話らしい会話は、全くない。
仲良くお喋りをするような関係でもないため当然と言えばそれまでだけど、質問の類を投げかけられることくらいは覚悟していたので、正直ここまで大人しいのは良い意味で予想外だった。
「疲れましたか?」
気遣いではなく、素直についてきていることへのサービスのつもりで声をかけてみる。
「……別に、どうってことねぇよ。つーか、これどこに続いてんだ? 本当にこんなとこで人なんか待ってんのかよ」
不服そうに眉間へ皺を寄せる角田。
「ええ。もうちょっと行けば、一度広い場所に出ますから」
もうそろそろ、神社が見えてきても良いはずだ。
そうしたら一度休憩を挟むか、どうするか。
あたし個人としては疲れている。疲れてはいるけど、あまりもたもたと時間をかけたくもない。
それはきっと、角田も同じだろう。
訳のわからない用事などさっさと終わらせ、あたしとの取引に終止符を打ちたいと考えているはず。
「あ……? 神社かあれ?」
地面へ意識を向けていたあたしより先に、角田が神社の外観を視界に捉え声を発してきた。
「はい。たぶん、この辺りの地区を治める神様でも祀ってあるのかもしれませんね。あたしは詳しくないですけど」
長かった小道を抜け、神社の境内へ移動する。
前回来たとき同様、人の気配はない。
舞うように漂い落ちる霧雨を吸い込み黒く湿った土を踏みしめながら、あたしと角田は社殿へと近づいていく。
「……おい、どういうことだ? 誰もいねぇじゃねぇかよ」
本能的に嫌な予感でも感じ取ったかのような警戒心を含んだ声を、角田がこぼす。
「そりゃあいませんよ。だって、待ち合わせ場所はここじゃないんですから。目的地はここから更に奥になります。ここで少し休憩を取ろうかなって考えてたんですけど、このまま進んじゃった方が良いですよね? こんなとこに二人っきりでいても、お互いばつが悪いだけでしょうし」
「……まだ先があんのか?」
あたしの皮肉は面白くなさそうに表情を歪めるだけにとどめ、角田は社殿の先を透かし見ようとするように目を細める。
「この裏に道……と呼べるかどうか微妙な茂みがあるんですけど、そこを進みます」
道と呼べるかどうか微妙な茂み。それは結局茂みじゃないかと、自分が口にした言葉に胸中で突っ込みながら社殿横の草むらを歩いていく。
そしてそのまま例の誰かが掻き分けた痕跡のある茂みへ足を入れ、視線で角田へついてこいと合図を送った。
「うぁ……んだよ、こんなとこ歩くのかぁ?」
文句を呟く角田の声と蝉しぐれを聞きながら足を動かす無言の進行がひたすら続き、やがて――。
木々の密集する山奥、霧が漂うその先に。
あの風穴がその姿を現した。
「先輩、着きましたよ。すみませんでした、こんな所まで歩かせて。この穴の奥に、先輩と話をしたいという人が待ってます。日が暮れて面倒なことになる前に、さっさと話を終わらせましょう」
「……何だここ。こんな薄気味悪ぃ場所でおれを待つ奴なんて本当にいんのか? お前、何か企んでんじゃねぇだろうな?」
風穴を指差すあたしを、角田は胡散臭そうな視線で睨んでくる。
警戒するように足の角度をずらし、引き返そうとする気配まで漂わせてくる相手に、だけどあたしは冷静に言葉を返した。
「……企むって、先輩まさかあたしのことを怖がってるんですか?」
身体を回転させ角田と向かい合い、聞き分けのない子供とやり取りをするように心底呆れた表情でため息をついてみせる。




