第二部:秋本夢美 21
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結局、今日は太陽の光を見ないまま一日が終わりそうだ。
ほんのりと冷たい霧雨を噴霧し続ける鈍色の空を見上げながら、あたしはぼんやりとそんなことを考えていた。
邪魔になるだけだと思い、傘は差していない。
バッグに折り畳みは入っているけど、そもそもこんな粒子みたいに漂い落ちる水の粒を防いでなんてくれないだろう。
空から周囲に視線を移せば、まるで靄がかかったみたいに白く霞んでいて、薄気味悪い幻想世界に一人佇んでいるような気持ちに陥りそうになる。
時刻は夕方の四時半を少し過ぎたばかり。
昼休みに学校を早退してから、あたしは近くのコンビニでジュースを買い駅の近くにある公園でゆっくりとお弁当を食べた。
それから電車に乗り植染駅で降りると、今回は普通にバスを使いここまでやってきた。
人目にはつかぬよう注意しつつ、適当に散策などをしながら時間を潰していたりしたけれど、いかんせん時間が経つのが遅く感じてしまい、何度も時刻を確認してはため息を繰り返した。
腕と足に合計三か所、虫に食われた痒みが走る。
今が冬じゃないだけありがたいけれど、もう少し時間を調整すれば良かったかなとこれだけは反省した。
学校はもう終わってる時間だし、角田は部活などはしていない。
バスで来るのかタクシーかは知らないけれど、そろそろ姿を見せても良い頃合いだ。
例の神社へ続く小道へ身を隠し、あたしは息を潜める。
まずは、角田が言われた通り一人で来ているのかを確認しなくてはいけない。
もしも仲間を連れて来られたら、さすがに自分一人では対処なんてできなくなってしまう。
耳元で飛び交うブヨや蚊を手で追い払いながらひたすら耐えること十分くらい。
遠くから重いエンジン音が響いてくるのを聞いて、あたしは咄嗟に首を巡らせた。
白塗りのバスが、駅の方向から向かってくる。
草木の隙間から覗くようにしてそのバスを眺めていると、バス停の前で停車し中から乗客が一人降りてきた。
自分と同じ学校の制服。茶色に染めた短髪。
睨むような目つきで辺りを見回すその男は、紛れもなく角田 貴秀本人。
バスは再びドアを閉め発信すると、あたしの前を通り過ぎて去っていく。
その姿が完全に消えるのを待ってから、あたしは小道を抜け出し角田へ己の存在を示した。
すぐに気づいた角田が、慎重な足取りで近づいてくる。
強がっているようなその仏頂面は、きっと彼なりのはったりだろう。
二メートル程感覚を空け立ち止まった角田は、敵意を滲ませながらあたしを見つめてくる。
「……良かった。ちゃんと約束通り来てくれましたね。すっぽかされちゃったらどうしようって、少し不安だったりもしたんですけど」
「あんなん言われて、来ないわけにもいかねぇだろ。……で? こんな陰気臭ぇ場所呼び出して何がしたいんだ?」
「ここからもっと先なんですけどね、一緒に来てほしい所がありまして。……そこで、先輩に会わせたい人が待ってます」
「おれに会わせたい人? 誰だよ?」
心当たりがなさそうに、角田は眉を寄せる。
当然の反応だろうと、胸中で思う。待っている人間なんて、誰もいない。
所詮適当な口実だし、目的地へ着く前に角田が襲いかかってきたりする危険を回避するための予防線みたいなものでしかない。
このタイミングで他に関わっている人間がいると匂わせておけば、下手な手出しもし難いはずだ。
「会ってもらえばわかります。大丈夫ですよ。そんな悪いようにはしませんし、学校で言ったように大人しくあたしの言うことさえ聞いてくれれば、お姉ちゃんの件は水に流しますから」
「……」
何かを言いたそうながらも黙り込む角田。
そんな彼に微笑して、
「さぁ、こっちです。あんまり遅くならないうちに済ませましょう。……あ、あと念のため。スマホにコピーしたあの画像、他のSDカードにも移して家に保管してますので。あたしのスマホを奪えばなんとかなるかもとか……、そういう考えは持たないようお願いしますね」
あたしは、儀式の穴へと通じる薄暗い小道へと先導するようにして入り込んだ。




