第二部:秋本夢美 18
「…………」
多くの生徒が行き交う階段をジッと見上げ、ターゲットが下りてくるのをひたすら待つ。
一分、二分、三分と過ぎ、まさか呼び出しを無視するつもりかと不安になりかけたとき。
不機嫌そうな表情をした角田が、一人で姿を現した。
足元を見つめたまま階段を下りてきた彼の顔が、ふと正面に、つまりはあたしの方へと角度を変える。
視線がぶつかり、ギクリとしたように角田の足が止まった。
それと入れ替わるようにして今度はあたしが動きだし、階段の途中で立ち尽くす角田の側へと歩み寄る。
目線は一切逸らさず、ゆったりと追い詰めるような気分で距離を詰め、静かな口調で言葉をかけた。
「こんにちは、角田先輩」
笑いはしないが、怒りもしない。
どこまでも平坦で無表情に、あたしは顔を近づける。
「職員室には、行かなくて大丈夫ですよ? あたしが適当に嘘をついて先輩を呼び出しただけですから」
「……あ?」
角田が動揺しているのは、その強張った顔と眼球のぶれ方で簡単にわかる。
まるで、見たこともない得体の知れない生物に遭遇してしまった瞬間のような、間抜けな顔。
後輩。それも自分よりあからさまに華奢な女子を相手に、情けないものだと内心思う。
「あたし、角田先輩にお話があるんですよ。…………この間、近くのカフェでお会いしたと思うんですけど、そのときスマホ、忘れていきましたよね?」
小刻みに中空を彷徨っていた角田の目が、カラクリ人形みたいに大きくなる。
「失礼だとは思ったんですけれど、あたしあのスマホの中、見ちゃったんですよね。と言うより、実は先輩たちの会話もずっと聞いていました」
「…………」
淡々とした口調で暴露するあたしの声を、角田は石膏のように固まったまま聞いている。
姿を見せた直後とは明らかに肌の色が違う。
血の気が引いて真っ青になり、まるで今にも貧血でも起こして倒れ込みそうな感じだ。
「角田先輩……あなたのスマホに保存されてたあの画像、どういうことですか?」
見つめる瞳のその目尻が、僅かに動いた。
「……あたしのお姉ちゃんって、あなたたち六人に殺されたんですよね?」
「……ち、違……。真美は、自殺だろ? おれたちは何も――」
「何もしてない、と?」
耳障りな言い訳を遮るようにして、あたしは言葉を重ねる。
「あれだけ陰湿なことをして、とことんお姉ちゃんの精神を追い詰めておきながらよくそんなことが口に出せますね。挙句に、あたしの身体まで差し出させようとしてくれてたみたいで……。本当に、異常ですよあなた」
すぐ近くを通る多くの生徒が、不審なものを見るような視線を向けながら去っていく。
大声を上げているわけでもないし、会話の内容を聞き取られている心配はほぼ皆無だけれど、角田の心境としてはそうもいかないはず。
万が一にも誰かに内容を把握され拡散でもされてしまえば、退学どころか彼らの人生そのものが詰みだ。
どうにかして、この状況を打開したい。逃げ延びたい。
きっと、そんなことで頭の中がいっぱいになり焦っているだろう。
「あ、因みにですけど、スマホの画像消去しても無意味ですから。証拠になりそうだったんで、あたし自分のスマホにコピーさせてもらいました。……これ、警察とかに提出するには十分な証拠になると思いませんか?」
「なっ……!? お前、ふざけんなよ……っ」
「ふざけてるのはどっちですか? 人を自殺に追い詰めて、それを反省すらせずに当たり前に生活してるって……。ねぇ先輩、あたしが今どんな気持ちであなたの前に立ってるか、わかります?」
問いかけるも、角田は忌々しそうに口元を歪めるだけでこれには答えない。
微塵の余裕も感じられない相手の表情を暫し眺めて放置してから、あたしはわざとニコリと笑い更にお互いの距離を縮め、付けていたマスクをずらした。
角田の耳元に、あたしの唇が近づく。
「……先輩、あたしと取引をしませんか?」
「……取引?」




