第二部:秋本夢美 15
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「嘘……」
時刻は午後の三時半を過ぎた。
あれから風穴を出て神社まで戻り、そこからまた長い山道を下って舗装された道まで帰ってきた。
生贄を捧げたことで願いが叶うなんて、そこまではさすがにあり得ないと内心割り切っていたあたしは、そこで目にした光景に言葉を失っていた。
アスファルトの道路へ出てすぐ。
バス停のある方向へ頭を巡らせたあたしの視界に映ったのは、ここまで乗せてきてくれたのと同じ会社のタクシーだった。
あたしを降ろした位置とほぼ変わらない場所に停車し、客待ちをしているかのようにジッとしている。
(帰ったはずなのに、どうして……?)
車を降りた際、あたしはタクシーが駅の方へ戻っていくのを見えなくなるまで見送った。
だから、ここにまたタクシーが停まっているわけがない。
(この辺に住む誰かがたまたま呼んだ? ……ううん、そんなはずない。ここからすぐ近くに民家はないし、仮に呼ぶなら家の庭先まで来てもらうのが普通のはず)
穴の前で祈った、適当な願い。
淡い期待が皆無だったとは言えないが、叶うはずなどないと思っていた願望が、あっさり目の前に実現された。
(……まさか、本当に願いが?)
止まっていたタクシーが、突然エンジン音を鳴らし動きだす。
そして、困惑し立ち尽くすあたしの側まで寄ってくると再び止まり、運転席に座っていた初老のドライバーが笑顔で目を合わせてきた。
「……」
その顔は、あたしを駅からここまで連れてきてくれた人と同一人物。
果たして、これはどういうことなのか。
少しばかり警戒しながらタクシーに近づくと、運転手はそうすることが当然と言う風に後部座席のドアを開けてくる。
「やぁお嬢ちゃん。帰るのかい?」
「は、はぁ……」
拒否する理由もないため、あたしは吸い込まれるようにゆっくりとした動作で車に乗り込んだ。
「駅までで良いのかな?」
「はい……」
訳の分からぬまま、状況だけがスムーズに流れていく。
「実はね、お嬢ちゃんのことが気になって、あそこでずっと待ってたんだよ」
走り始めてからそれほどの時間も置かずに、運転手はバックミラー越しにこちらを見つめ、そんな言葉を投げかけてきた。
「あたしのことが、ですか?」
「うん。いや、女の子がこんな山の中に一人で入って行くってのも、何だか心配になってね。万が一何かあったら、親御さんもびっくりするでしょう」
「あぁ……はい」
「私にも、お嬢さんぐらいの孫がいてね。今年で中学一年になったんだけど、もしその孫が一人でこんな場所に取り残されたりしたらとか、想像したらどうにも落ち着かなくなってしまって。すぐに引き返してあそこで待機していたんだ。余計なお世話と思われてたら、申し訳ないけどね」
「いえ、そんな。……助かりました」
聞かされた内容に、そういうことかと一応の納得をしながらあたしは社交辞令の笑みを返す。
話としては、わからないでもない。
人の良いタクシーの運転手が、一人で山中へ入り込んだ女の子を心配して様子を見に戻ってくれていた。
そういうことで良いんだろうけど、でも、そんなことが実際に起こる確率とはどれほどのものなのか。
(普通は、そうそうないことだよね)
あの穴へ生贄を落とす儀式。
この結果は、それとリンクしているのだろうか。
それらしい祠があり、大きな穴も側に存在するのを確認した。
そして、病み移しの儀式も試し、願いは現実になった。
これは果たして、偶然なのか。
(わからない。……でも、もしこれが偶然じゃないなら、あの穴を利用して六人を消すこともできるってことになるはず)
胸の奥で、ゾワゾワと何かが渦巻く。
幼い頃、悪いこととわかっていながらつい衝動を抑えきれずにいたずらをしてしまった瞬間の、あの背徳感と同類の負の感情。
早まるなと、どうせ後悔するぞと理性が告げてもコントロールできないあの感覚が、胸中から溢れ全身に広がる。
にこやかに何かを話す運転手の声は、もうほとんど耳には入ってこなかった。
あたしはただ、脳にまで満たされたこの負の感覚に浸りながら、ジッとお姉ちゃんを殺した六人の顔を思い浮かべていた。




