第二部:秋本夢美 13
あと一歩。
たった一歩前へ足を移動していたら、あたしは二度と家に戻ることはできなくなっていたかもしれない。
何気なく見た足元。そのすぐ先。
そこから先は、ポッカリと巨大で深い穴が開き、黒い漆黒の闇を蠢かせていた。
開けた空間かと思ったその場所は、地面に異常なほど大きな穴の広がる異質な所で、下を覗き込み光を当てても果たしてどれほどの深度があるのかすら窺い知ることはできない。
そっとしゃがみ込み、手近な所に落ちていた小石を拾って穴へと落とす。
「…………」
ズジャッという泥に埋まるような音が微かに聞こえてきたのが約三秒後。
頭の悪いあたしに正確な計算はできないけれど、それなりの深さがあると考えて良いのではないか。
(五十メートルくらいはあるかな?)
自然にできたものか、それとも人口的に用意されたものなのか。
人の手で作られたとして、果たしてどうすればこんな場所にこれほど大規模な穴を作ることができたのか、その方法や執念は想像すらできない。
ひょっとしたら、最初はもっと小さかった穴が少しずつ土が削れたりして大きくなったりもしているのかもしれないけど。
そういう細かい部分はあたしの頼りない脳みそじゃ解答を導き出すことは不可能。
そう割り切り、すぐに思考を切り替えた。
「……」
古い祠、そして大きな穴。
サイトで見た条件とは、合致している。
(祠が神社みたいな感じで建てられてたなんて記述はなかったし……こういう場所にあったとしてもたぶん昔ならおかしくはない……よね? 蝋燭とかで通路に明かりを作ったりして行き来してたりとか、あり得そう)
元々、村へ恵みを与えてくれる山の神に感謝するため建てられた祠だ。
そういう意味では、ここはまさにそれらしい雰囲気がある。
信仰深い昔の人ならば、こういう場所を儀式の舞台に選びそうなイメージもあるし。
(だとすると……、この穴が病気で死んだ人や生贄を捨ててた場所になるんだよね)
冷静になってそんなことを考えると、首筋や背中、肩口を見えない毛虫が這いまわるようなサワサワとした感触が走り抜け、つい身じろぎをしてしまう。
石の落ちた音と水滴の反響から、穴の底は若干固いぬかるみみたいになっているのではとあたしには思えた。
つまり、その暗く冷たい泥の下に、無数の人間が沈んでいるということだ。
「っ!」
フワリと、生温い風が頬を撫でた。
どこかから隙間風でも入り込んできているのか。
「はぁ……はぁ……」
興奮と恐怖で息が荒くなり、自分の呼吸音が洞窟内に小さく響く。
それは間違いなくあたしの肺から漏れ出た音なのに、まるで形のない何者かたちの息遣いみたいに感じられ、心細さと不安感が胸の芯から噴き出してきそうになった。
必死に己を落ち着かせようと暗示をかけつつ、あたしは震えそうになる手足に力を込めて頭の中を整理するよう努める。
(えっと……ここが本当に例の儀式の執り行われていた場所で合ってるとすれば、この穴に生贄を落とすことで願いを叶えてもらえるってことになるはず。そしたら、あいつらに復讐ができる)
既に何度も味わった猜疑心。誰が管理しているのかもわからないサイトに掲載されている情報なんて、信憑性の欠片もないはずだ。
それでも、ここまで酷似した状況が目の前に提示されてしまったのも事実。
これで更に、この場にいるという神が願いを聞き入れてくれることも真実だとするならば……。
(嘘か本当か、確かめる方法があればはっきりするんだけど――)
思案するあたしの足首に、また子猫が身体を擦り付けてくる。
それを見下ろした瞬間、あたしは条件反射の如きスピードで解決策を思い浮かべてしまった。
「……」
ここに、ちょうど良い生贄がいる。
あのサイトには、若い命を捧げると書かれていたけれどそれが人間でなくてはいけないとは表記がなかったはず。
(使えるかもしれない……)




