第一部:秋本夢美 12
角田と新中がきょとんとしたように箱沢を見上げ口を開く。
「ううん。一人で平気。晴樹はゆっくりしててよ」
彼氏へ微笑みを返してそう言う箱沢だったが、その意に反するように新中は席を立つ。
「遠慮するなよ。送るって」
「えー? 二人揃って帰るんだったらわたしらも出ようよ。四人だけで喋ってても面白くないし」
「だな。俺も夏純に賛成だ」
晴樹の行動に感化されるように夏純がぼやき、岩沼も残っていたグラスの中身を飲み干し立ち上がった。
(やばい――)
店を出るつもりらしい六人を横目で窺いながら、あたしは焦りで身を強張らせる。
もしここで彼らに話を盗み聞きしていたのがばれてしまったら、かなり都合が悪い。
かと言ってこのタイミングで自分まで立ち上がれば、自ら存在を知らせるかたちになってしまう。
「……っ」
あたしは慌ててスマホを取出し、その場凌ぎの策を講じる。
万が一自分がいることに気づかれても、どうにか誤魔化しきるしかない。
じっと下を向き、六人が動くのを待つ。
(お願いだからこっちには気づかないで……)
面倒なく、切り抜けられますように。
だけど、そう胸中で囁くあたしの願いは空しくも却下され、すぐ前の通路を通り過ぎようとしていた一人がピタリと足を止めこちらを見下ろしてくるのが気配でわかった。
「どうしたの、角田くん?」
心臓の鼓動が速くなる。
愛の呼びかけから、側に立つのが角田 貴秀だと理解する。
(…………)
身体中を駆け巡る血液の騒々しさとは裏腹に、努めて冷静を装いながらあたしは下げていた顔を上げた。
「……? 何ですか?」
耳に付けたばかりのイヤホンを外し、あなたのことなど何も知らないという風に小首を傾げてみせる。
若干警戒するような芝居も心掛けるが、実際に警戒しているのも事実なため下手な演技よりはリアリティを作れているのではと自己評価できた。
近づいてきた他の五人は訳がわからぬ様子であたしと角田を見比べている。
「……あ、きみ、うちらと同じ学校だよね」
引きつったような声を出しながら、角田が口を動かした。
お互い同じ高校の制服を着ているのだから、聞くまでもなくわかるだろうに。
「そう、ですね。何かご用ですか?」
「いや、別に。ちょっと気になっただけ。ごめんね、ゆっくりしてるとこ邪魔しちゃって」
「はぁ……」
つい今しがたまでの調子に乗った態度が完全に身を潜めている。
腫れものにでも触れるようなぎこちない仕草で小さく手をあげ、そそくさと店の外へ出ていく角田とその仲間たち。
その背中を冷めた気持ちで見送りながら、あたしは音の出ていないイヤホンをしまいつつ口元を緩めた。
(良かった、ばれなくて)
とりあえず、今の接触で全員の顔をはっきりと確認できた。
(あたしが話を聞いてたのは全然気がついてない)
角田たちの姿が見えなくなるのを見計らって、あたしは立ち上がる。
今日のところはこれ以上深追いしない方が良いかもしれない。
(何となく、話す内容に見当はついた。あの人たち、やっぱりお姉ちゃんが死んだ原因に関わってる。しかも……)
あたしまで、巻き込もうと企てていたんだ。
その具体的な中身がどんなものであろうとしたかを想像し、無意識に眉根が寄る。
言葉の端々に垣間見えたえげつない表現。
それが意味することに無頓着なほど、あたしだって無知ではないのだ。
だけど、それを具体的に想像するのは脳が拒絶している。
「……?」
何とはなしに、彼らの座っていた席へ目を向けたあたしは、座席に黒い長方形の物体が置き去りにされていることに気がついた。
もしやと思い近づき、それを拾う。
「これって……」
そこにあったのは、一台のスマホ。
角田が弄っていたのと同じデザインだとすぐに気づく。




