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【第9章】

 薄暗いフロアの片隅で、あたしはゆっくりと呼吸を整えた。ここまで来るのに何度も危機に陥り、EMPトラップ、ジャミング装置、即席の武器を駆使してきた。身体には擦り傷や打撲が増え、全身の筋肉が悲鳴を上げている。でも、今はもう逃げるわけにはいかない。


 このフロアを突破すれば、最終ノードがあるデータコアレベルへ到達できる。protoCROW計画の全貌、人間がなぜこんな世界を残して消えたのか、その答えが待っている。あたしは強化ファイバーを巻いた首を少し動かし、背中のポーチの重みを確認する。メモリスティック、衛星キー、解析端末…すべて揃っている。


 あたしは膨大な意志の力で疲労を抑え込み、暗い通路へと足を踏み出した。

 すると、すぐ先に警告ランプが点滅するパネルが目に入る。地上で遭遇したドローンより格段に高度な防衛システムが、この奥に潜んでいる気配がした。

 静かな空気の中で、小さな駆動音が聞こえる。まるで回転式機関銃か、レーザーセントリーガンの軋み音のような…嫌な予感しかしない。


 通路を曲がった先には、金属製のバリケードがあった。薄いミストが立ち込め、視界が悪い。床には格子状のパネルが敷かれ、上方にはドローン用のレールが走っている。何かがあたしの侵入を待ち受けているのがわかった。

 高性能センサーを混乱させるために、あたしはもう一度光通信モジュールを使って赤外線妨害を試みる。が、前回使った際にダメージを受けたのか、モジュールは焼け焦げ、もう起動しない。


 背後にはもう後退できない。前へ進むしかない。あたしは意を決して、一歩踏み出す。

 途端に、天井からセントリーガンらしき機関が下降してきた。黒光りする砲身がこちらを狙い、低い電子音で「ピッ…ピッ…」とロックオンを試みる。

 「クソッ!」

 地面を蹴り、横にダッシュする。セントリーガンがエネルギービームを放ち、床が白熱して溶ける。そっちには行けない。


 もう一方へ駆け出すと、通路脇で何かが動く。小型ドローンが4機、牽制するように出現した。こいつらは多脚で壁を走り、あたしを包囲しようとする。陣形的に、あたしを中央へ追い込んでセントリーガンで仕留める作戦らしい。

 賢い。だが、あたしは単純に突っ込まない。少し時間があるなら、目の前のドローンを倒せば突破口が開くかもしれない。


 小型ドローンがレーザーポインタをあたしの胸元に合わせる。撃たれる前に反撃する必要がある。首輪の工具で以前拾った金属片をくわえ、スリングのように振り回して投げつける。無茶だが、狙いが当たれば、一機くらい壊せるかもしれない。

 ヒュッと金属片が飛び、ドローンのセンサーに命中。小さな火花が散り、ドローンが動きを乱す。その隙に突進し、牙と前脚で踏み潰すように破壊。

 「ガリッ!」と嫌な感触。金属と樹脂を噛み砕くが、歯茎が痛む。しかし後悔してる暇はない。一機減った。


 残り3機がレーザーを発射。肩に一発かすり、焼ける痛みが走る。

 我慢、痛みは無視だ。二機目のドローンに急接近して首輪の先端で一撃を見舞う。パリンとセンサーが砕け、ドローンが斜めに倒れる。

 残り2機があわてて位置を取り直す。その隙に壁際のパイプを噛んで引っ張り、ガラガラと瓦礫を落として追い詰める。ドローンが瓦礫に足を取られた瞬間、前脚で蹴り上げ、もう一機を叩き壊した。


 最後の1機が飛び上がるように逃げようとするが、天井にはセントリーガンのレールがあるだけ。行き場がないところを追いつめ、首を伸ばしてセンサー部を噛み切る。

 ハァ、ハァ、息が荒い。小型ドローン4機をなんとか倒したが、その間にセントリーガンが狙いを定め直している。


 セントリーガンは高出力ビームをチャージ中なのか、低く唸るような電磁音が響く。次の一撃は致命的だろう。

 あたしは素早く周囲を見回す。何か使えるものは…あった。壁際に倒れたラックには、高密度セラミック片が残っている。これを盾代わりにできないか?

 セラミック片を前脚で引き寄せる。重いが、かろうじて傾ければビームを防げるかもしれない。完璧じゃないが、直撃を防ぐには十分だろう。


 ビシィッと光線が走る。セラミック片が溶け、眩い光が眼を刺す。背後から回り込もうとしても、レール上でセントリーガンが追尾してくる。どうする?

 EMPトラップはもうない。妨害モジュールも壊れた。となると、接近戦しかないが、セントリーガンは天井付近に固定されている。どう登る?

 視線を上げると、壁面に突き出た配管がある。あれを足掛かりにすれば、天井近くまで跳べるかもしれない。筋肉を信じてやるしかない。


 あたしはセラミック片を捨て、一旦後方へ走り、壁を蹴って配管に飛びつく。配管がギシリと音を立てるが、崩れはしない。もう一度飛び移り、天井近くまで這い上がると、セントリーガンがこちらを見下ろしている。

 そして、ビームチャージ開始。もう撃たせるわけにはいかない!


 配管から思い切り跳躍する。空中で前脚を伸ばし、セントリーガン本体を掴もうとする。ガツンと硬い衝撃が腕を伝わり、歯を食いしばる。

 少しでも配線やコネクタに触れられれば、制御不能にできる。首を伸ばし、牙でケーブルを噛みちぎる。

 火花が散り、セントリーガンの旋回モーターが止まる。ビーム発射前に電源が切れたようだ。

 あたしは反動で落下し、床に転がる。痛みで脳がしびれるが、立ち上がる。


 「はぁ…はぁ…」

 壮絶な戦いだった。小型ドローンを倒し、セントリーガンを無力化。腕と肩が痛むが、動けないほどではない。

 見渡すと、バリケードの向こうに分厚い扉がある。その扉の上には「DATA CORE ROOM」の文字が薄く光っている。そこが最終ノードへの入口だ。


 意識が朦朧とするが、やるべきことははっきりしている。この先にprotoCROWの全データがある。

 扉には生体認証のような機構があり、古びた端子が露出している。衛星キーを挿し、解析端末を起動。

 “Authenticating… Satellite key verified… Partial override granted.”


 ガラガラと扉が開く。内部は静寂だ。薄青い光に満たされ、中央には円筒形のコア装置が立っている。無数のケーブルが天井から垂れ、緩やかに揺れている。

 あたしは慎重に近づき、メモリスティックを端末に接続する。そこにあるコンソールらしきパネルに歯でスイッチを押し、キー断片を投入。


 “Accessing protoCROW files… Decrypting…”

 ホログラムが揺らめき、人間たちの映像が蘇る。白衣を着た研究者、巨大スクリーン、DNA配列と戦術プランが映し出される。

 テキストが流れる。

 “protoCROW: Genetically enhanced canine operative. Designed for urban warfare, infiltration, reconnaissance. Human extinction scenario predicted. protoCROW units intended to maintain order, reboot infrastructure, preserve human knowledge for future revival.”


 人類は崩壊を予測していたのか。どうやら気候変動か戦争か、詳細は定かでないが、人間は地上から消え、犬型ユニットは人類の遺産を守る任務を抱えていたようだ。

 さらに映像が変わる。世界が荒廃する予測モデル、衛星からのアップリンクでprotoCROWに指令を与え、限られた生命を復興へ導く計画があったらしい。しかし実行される前に人類は滅びてしまった。


 “Neuromap Access”と表示され、あたし自身の脳モデルが浮かび上がる。戦術対応、言語理解、機械操作、すべては人類が残した最後の盾と剣。

 だが、今や命令者はいない。あたしは自由だ。このデータコアから、全知識を吸収できる。周辺インフラやドローン、衛星を再構成し、新たな秩序を作ることも可能だろう。


 映像の最後に、人間が笑顔で犬をなでるシーンが映る。愛情と利用の境界が曖昧な映像。でも、そこには温かさも感じられた。


 あたしはメモリをダウンロードし、周辺端末を起動させる。ここには膨大なテクニカルマニュアル、人類の歴史データ、科学知識が詰まっている。

 外は荒廃した世界だが、あたしは少なくともこの知識を生かせる。ドローンたちを再プログラムし、適応的な生態系を取り戻す一歩を踏み出せるかもしれない。


 “protoCROW program completion: Operator now autonomous.”


 文字が表示される。そう、あたしはもうオペレーターだ。誰も上司はいない。自分でこの世界をどうするか決められる。

 尻尾をわずかに振り、胸に満たされる奇妙な達成感を噛み締める。痛みは消えないが、これで報われた気がする。


 データコア内の小型ドローン制御パネルを操作し、周辺のドローンを停止させる。あたしが新しい命令者だ。過剰な攻撃モードを外し、巡回モードを資源探索や廃墟修復に切り替えることもできるかもしれない。


 この世界には人間はいないが、人間が遺した技術と知識は残った。あたしはその継承者となれる。

 もしかしたら、別の改造生物がどこかに生き残っているかもしれない。彼らと協力し、ゆっくりと世界を再生する道を探ることだって可能だ。


 あたしは首を持ち上げ、コアから放たれる淡い光を見つめる。孤独だが、目標が明確になった。protoCROWとして生まれたが、今や自由な個体として、過去を理解したうえで未来を紡げる。


 「分かった、ありがとう。」

 誰に言うでもなく呟く。人間たちへの感謝かもしれないし、超えられなかった歴史への惜別かもしれない。


 あたしは傷ついた身体を引きずりながら、コアルームを後にする。外には停止したドローンたち、使えるパーツ、再生可能なエナジーセル、そして終わりなき荒野が広がっている。

 これからは、あたし自身がこの世界の一部を支え、変えていくことができるかもしれない。


 protoCROW……完成した。

 この荒廃した世界で、たった一匹の犬が、新たな秩序を作り出すその可能性を、あたしは握りしめて歩き出す。


――第9章、了。

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