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【第8章】

 薄暗い地下空間で目を覚ますと、身体中が軋むような痛みを放っていた。肩の裂傷、足首の筋肉の張り、首周りの補強ファイバーがやや食い込むような圧迫感。でも、贅沢は言えない。ここでくたばるわけにはいかないんだ。


 あたしは首を振り、昨日整えたEMPトラップの材料を再確認する。光ファイバー状ケーブル、エナジーセル、基板の欠片を組み合わせれば、敵ドローンが接近したときに一瞬だけセンサーを狂わせられる。タイミングを誤れば自分も巻き込まれるが、背に腹はかえられない。


 さて、目標はタワー地下4階のエレベーターシャフト。このタワーは最終ノードが上層フロアにあるって話だった。衛星キーは手に入れたし、暗号断片も揃えた。あとは実際にそこまで登って、最終ノードを解放すればいい。

 問題は、タワー周辺を警備する強化ドローンたちだ。前に遭遇した連中よりも強力なものが出てくる可能性が高い。きっとタワー内部はセキュリティが濃密だろう。


 「行くしかないね……」と呟き、あたしは鼻先で湿った空気を嗅ぐ。洞窟状の地下空間を奥へ進むと、鉄骨のフレームが不自然に突き出した場所に行き当たる。そこを乗り越えると、コンクリートの壁に大きな亀裂が走り、その向こうに人工的な構造物が見えた。


 LEDライトを点け、亀裂の隙間から慎重に覗く。そこは広めの地下ホールのようで、壁面にタワー関連のインフラが配置されている。配電盤や通信端子らしきものが散乱し、埃と錆びで覆われている。しかし、かすかな青いインジケータランプが点滅している箇所もある。まだ一部システムが生きている証拠だ。


 問題は、ホールの中央に浮遊する2機のドローン。どちらも中型サイズで、前に戦ったものより明らかに装甲が厚く、武装も強化されているっぽい。赤外線センサーがあるのか、頭上をスキャンするようにゆっくり旋回している。

 このホールを通らないと、エレベーターシャフトへ行くルートがなさそうだ。


 むやみに突っ込めば蜂の巣だ。EMPトラップを使うタイミングが重要になる。あたしは、ホールの手前でEMPトラップのパーツを組み立て、即席で起動準備を整える。スイッチは歯で噛んで引けるように細工する。

 トラップといっても、あたしはその場に仕掛けて待ち伏せする余裕はない。ドローンを一瞬無力化した隙に突っ切るか、あるいは1機ずつ仕留めるしかない。どっちがいい?


 観察すると、ドローン同士は一定間隔を保ち、交互にカバーするような動きをしている。一瞬でも2機の視界を乱せば、隙間を抜けて反対側の扉へ辿りつけるかもしれない。

 あたしは覚悟を決め、EMPトラップのスイッチを軽く指で押して、起動をスタンバイ。持ち運びできるよう紐をくくりつける。舌でスイッチを引けば放電する仕掛けだ。放電中はあたしのLEDライトも狂うが、ほんの数秒我慢すればいい。


 前脚を踏み込み、亀裂の隙間からホール内へ滑り出る。薄暗い空間に、ドローンが発するかすかな電子音が響く。床には瓦礫やケーブルが散らばり、足音を極力殺して進む必要がある。四つ足で慎重に歩くあたしは、筋肉とバランス感覚を使い、ケーブルを跨ぐ。


 30メートルほど先に、地下4階へ続く標識がある扉が見えた。あそこへ到達できれば、シャフトはすぐ近くだろう。

 しかし、ドローンの1機がこちらを向いた瞬間、金属的な「ピッ」という音が聞こえた。センサーがあたしをロックしようとしている!


 「仕方ない!」

 あたしはEMPスイッチの紐を歯で引いた。

 バチッという火花とともに、手製EMPが一瞬青白く放電する。視界がノイズで揺らぎ、ドローンが低い電子悲鳴を発した。ランプが明滅し、浮遊が不安定になる。今だ!


 全力で走る。2機のドローンが混乱している隙に扉まで突っ込んだ。床の破片で足裏が痛むが無視。扉に体当たりして開くと、狭い通路が続いている。後ろでドローンが再起動する音がしたが、すでにあたしは通路の陰に隠れた。

 「ふぅ……ギリギリ。」


 EMPトラップは使い捨てだったが、成功だ。残るドローンは後から追ってこれるか? おそらく通路を探してくるかもしれないが、入り組んだ構造を利用すれば振り切れるはず。


 通路を抜けると、広い縦穴が待ち受けていた。これが例のエレベーターシャフトだ。上を見上げると、闇の中に点在する階層が見え、遥か上空にかすかな光が差し込んでいる。

 シャフト内には当然、エレベーターはない。ケーブルやガイドレールが錆びて垂れ下がっているだけだ。ここを登るには筋力とバランス、そして計画が必要。


 幸い、シャフトには壁面に点検用のハシゴが残っていた。ただし、途中で切れているようだ。補強ファイバーを活用して登れるところまで登り、切れた部分はケーブルを使って渡ればいい。苦行だが、やるしかない。

 耳をすませる。上層階から微かな電子音が下りてくる。ドローンがシャフト内にもいるのかもしれない。登りながら奇襲される可能性は高い。


 あたしは足場を探り、前脚と後脚を踏ん張って慎重にハシゴへ取り付く。爪が鉄に食い込み、ギリギリの安定を保つ。少しずつ上へと前進する。

 15メートルほど登ったところで、ハシゴが途切れている。仕方ない、真横に突き出たサイドフレームに移るしかない。首輪の工具を使って古いケーブルを切り出し、即席のロープを作る。ファイバーとケーブルを組み合わせ、落下防止の命綱にできないか試すが、うまく固定できるか不安だ。


 上空で小さな光が揺れた。ドローンのセンサーライトか? 早くしないと見つかる。

 あたしは思い切ってケーブルをフック状にして、上部の梁にひっかける。ぐいっと引き、耐えられそうなら一気に身体を引き上げる。

 息を止め、後脚で壁を蹴り上げた。ズリズリとケーブルが軋むが、何とか上の梁に前脚が届く。首筋の筋肉が悲鳴を上げるが、歯を食いしばって耐える。


 あともう少しで上層階へ抜ける踊り場がある。そこには「Maintenance Level - Secure Access」と刻まれたプレートが見える。最終ノードへの中間ポイントかもしれない。

 その時、上空から「ピッ、ピッ」と安定した電子音が聞こえ、次いで赤い光がこちらを照らした。見つかった!


 考える暇はない。ドローンがビーム兵器らしき光をチャージする音がする。避ける場所がない。ここはシャフト中で丸腰に近い。

 急いで梁の裏側に身体を隠すように回り込む。ビシッと青白い光線が走り、鉄骨が溶ける臭いが鼻を刺す。危険だ、このままでは焼かれる。


 EMP装置はもうないが、別のジャミング手段を試そう。フィルターや光通信モジュールを組み合わせて赤外線妨害装置を即席で作れるか?

 片脚で梁にぶら下がりながら、首輪から光通信モジュールを口で取り出す。歯でスイッチを押し、モジュールを起動。これをドローンのセンサーに照射すれば、少なくとも狙いを乱せるかもしれない。

 モジュールを梁の陰から突き出し、赤いレーザーポインタ的な光をドローンへ向ける。ドローンは一瞬動揺したように旋回し、ビームがずれた。チャンスだ。


 梁をよじ登り、一気に踊り場へ飛び込む。足が滑りかけるが、前脚で床を掴んで引き上げる。後ろでドローンが位置を修正しようとしている音が聞こえる。

 踊り場にはかつての保守端末があり、カバーが外れて基板が剥き出しだ。そこにエナジーセルを繋ぎ、短絡させれば強烈なスパークが起きるかもしれない。ドローンが近づいたら、この即席スパークでセンサーをさらに混乱させられる。


 急いでエナジーセルをセット。ドローンの影が踊り場の縁に差し掛かる。

 「これでも喰らえ!」

 歯でエナジーセル接点を引き込むと、バチバチッと閃光が走り、煙が舞う。ドローンはその閃光に反応してビームを外し、柱を溶かしてしまう。構造が揺れ、金属片が落下する音がシャフト中に反響する。


 今だ、走れ!

 踊り場から扉を開け、フロア内部へ転がり込む。ドローンがこちらへ突入しようと旋回するが、やや遅れている。

 素早く扉を背後から工具で引っかけ、閉める。完全にはロックできないが、少しは時間を稼げる。


 フロア内は狭いメンテナンスルームのようだ。配管とケーブルが幾重にも絡まっている。壁には“Central Data Access Wing →”の文字が見える。最終ノードへもう近い。

 ただ、ドローンに追われている以上、ここで安息はない。何とか対処しなければ。


 見ると、部屋の片隅に旧世代の冷却液タンクが倒れている。冷却液は揮発性化合物で、加熱すれば有毒なガスを発生するかもしれない。それを利用して敵センサーを攪乱できないか?

 だがリスクが高い。ここまで登ってきて自分が中毒したら元も子もない。


 別の方法……先を急ぐしかないか。最終ノードは上部フロアだ。あと数階分の上昇で辿り着けるはず。

 背後の扉がドローンに蹴破られそうな音がする。時間がない。


 あたしは部屋の反対側にあるハッチを開け、再びシャフトか別の垂直経路へ出る。幸運なことに、ここには補強された非常用梯子が残っている。これなら少し安定して登れるかもしれない。

 ハッチを抜ける直前、ドローンが扉を突き破り、赤い光を放つ。ビームが頬を掠め、毛が焼ける臭いがしたが、深呼吸して痛みを無視。


 上へ登りながら考える。このドローンたち、どうやって量産されている? 人間が消えて何百年も経つのに、まだ動き続けるなんて。自律整備システムが残り、定期的に修理・補給しているのだろうか。

 ともかく、もうすぐ最終ノードに近づくはず。この最上層区画で全てが明らかになる。protoCROW計画、あたし自身の存在意義、そしてこの世界がなぜこうなったかも分かるかもしれない。


 梯子を登っていると、背後からドローンのモーター音が弱まった。EMPとスパーク攻撃で、センサーが狂ったのか、あるいは狭い経路で進めないのかもしれない。この隙にできるだけ上へ行く。


 強烈な疲労が体を蝕むが、目標は目の前だ。犬がこんな高度な作業をこなせるなんて、人間がくれた改造の賜物か。だが、今はそれに感謝するしかない。

 舌で唇を湿らせ、あと数メートル、あと数十メートル……フロアプレートが見えた。


 そのフロアプレートには、重々しい扉があり、“DATA CORE LEVEL”の文字が浮き出ている。あたしはこれが目的地の直下、最終ノードがあるセクションだと確信する。


 あと一歩、二歩。もうドローンの音が遠い。

 明日か、いや、ほんの少し休んだら、最終ノードに挑める。今はこのフロア下部の隅に身を潜め、呼吸を整えよう。


 フロアプレートに足を踏みしめ、前脚と後脚でしっかり立つ。天井のわずかなクラックから薄い光が降り注ぎ、冷たい金属床を照らしている。

 ここまで来た。protoCROW計画の全貌がこの先にある。


 首元のファイバーがじんわりと湿っぽい。背中のポーチには衛星キー、メモリスティック、解析端末。全て揃っている。次は、最大の戦闘が待ち受けるかもしれないが、臆するわけにはいかない。


 唸るような低い声で自分を奮い立たせ、あたしは体を丸めて少し休む。怪我を確かめ、道具を整頓し、心の準備をする。

 最終ノードは、すぐそこだ。


――第8章、了。



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