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【第7章】

 薄曇りの朝、あたしは廃墟の片隅で目を覚ました。昨日、発射施設跡で衛星キーを入手したが、ドローンとの戦闘で体はくたくただ。首輪の工具を確かめ、ポーチの中身を点検する。エナジーセルはかなり消耗したし、防御を強化する必要を感じる。


 これからタワー地下4階へ戻ってエレベーターシャフトを登るわけだけど、そのルートはきっと厳重なドローン部隊が守っている。前に戦ったドローンよりもさらに強力なやつが出てくる可能性が高い。どうする? 正面突破は難しい。何らかのトラップやEMP的な装置を用意したいところだ。


 あたしは首を振って周囲を見渡す。ここはかつての研究施設の外れだと思われる場所で、地盤が崩れ、洞窟状の空間ができている箇所が多い。地下経路を再利用すれば敵の目を避けられるかもしれない。

 ノイズを聞き取るために耳を澄ませると、かすかな滴り音が響いてくる。水が地下へ流れ込んでいるのか。そこに行けば、少しは体を洗ったり、冷却用の液体を採取できるかもしれない。


 あたしはゆっくり歩き出す。瓦礫を乗り越え、クレーターの縁を回り込むと、地面に亀裂が走り、下へ降りられそうな傾斜が見える。気をつけて足を進めると、案の定、半洞窟状の空間に出た。鉄骨やコンクリ、配管が崩れ落ち、自然と人工の狭間みたいな空洞が広がっている。


 薄暗い洞窟内をLEDライトで照らすと、コンクリ壁の残骸に奇妙な標識が残っていた。

 “Bio-Engineering Sub-Lab #4”

 生物工学系の下層ラボがこの付近にあったらしい。人間はここで生物実験や改造を行っていたのかもしれない。protoCROW計画の一環として、犬以外にも色んな生物をいじった可能性がある。


 足元に気をつけながら進むと、水たまりが広がる小さな開けたスペースに出た。水は泥混じりだが、一応液体だ。あたしは鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。強い化学臭はしないが、飲むには微妙。フィルターがあれば多少浄化できるはず。

 少しだけ舐めてみると、泥っぽいが腐敗臭はない。慎重にフィルターを使えば、のどの渇きを癒す程度にはなるだろう。


 水辺の横に、崩れかけた保管庫らしき構造が見えた。低い天井、コンクリ壁に埋め込まれたドア……ドアは歪んで半開き。中に入れば資材があるかもしれない。EMP用の素材や防御ファイバーとか、何でもいいから役立つものが欲しい。


 ドアをくぐると、ガチャリと足元で何かを踏んだ。光を当てると、金属プレートやガラス管が散乱している。テーブルや棚が倒れ、シャーレや試薬瓶の破片が床に転がっている。時の止まった実験室だ。

 棚の上には、バイオメカ動物に接続するためのインターフェース装置の残骸があるようだ。配線やセンサー類が残っているなら、ドローン用のジャミングデバイスが作れるかもしれない。


 あたしは首輪の工具を使い、配線を慎重に引き抜く。光ファイバーに似た特殊ケーブルが得られた。これをエナジーセルと組み合わせて強い電磁パルスを発生させるトラップを作れるかも。

 さらに、棚の下で硬質ファイバーシートを発見する。これを首周りや前脚に巻き付ければ、防御力が多少増すだろう。装備を強化するにはもってこいだ。


 加工にしばらく時間がかかるが、焦らずやろう。あたしは水たまりで水を汲み、フィルターでろ過して少し口に含む。やや苦いが、生命にかかわるほど危険な味はしない。喉を潤してから、ファイバーを前脚に巻き、首輪周囲にも補強する。少し窮屈だが、弾片くらいは防げそうだ。


 加工途中で、光を遮る物体に気づく。部屋の隅で、巨大なカプセルが倒れている。そのカプセルは強化ガラス製で、中には骨格らしき残骸が見える。近づくと、腐敗した有機体とメタルフレームが融合した奇怪な姿が薄ぼんやりと浮かぶ。犬ではない、むしろネコ科か、あるいは大型齧歯類を改造したものか。分からないが、明らかに生体改造の実験体だ。


 あたしはかすかな共感を覚える。この生物も、あたしと同じく改造され、目的を与えられた存在だったのかもしれない。今は骨と錆びたフレームが残るだけだが、かつては息をして、ここで飼育・実験されていたのだろう。

 人間は何をしようとしていた? なぜこんなに多くの生物を改造し、兵器化したのか。戦争があったのか、あるいは大災害に備えたプロジェクトだったのか……


 ふと、カプセルの下にメモリプレートが落ちている。歯で軽く噛んで持ち上げると、メモリチップが内蔵されていた。文字はほとんど判読不能だが、“Backup Neural Patterns”とエッチングがある。

 バックアップ神経パターン? もしかしたら、protoCROWの兄弟プログラム的なデータも入っているかも。ポーチにしまっておこう。


 加工したファイバーを首元に巻き終え、配線で簡易EMP発生器を組み立てる。エナジーセルと干渉させ、スイッチになる金属片を工夫して作る。これを設置してドローンが近づいたら起動すれば、一瞬センサーを狂わせられるはず。長時間は無理だが、奇襲には十分。


 時間がかかったが、装備は少しマシになった。あたしはもう一度水で口を湿らせ、部屋を出る。洞窟内を進むと、先ほど来た方向と別の出口がありそうだ。

 その出口は崩れたトンネルにつながり、地上へ戻れる気配はないが、タワー方向へ向けて地下を進むには役立ちそうだ。


 急に、震動が伝わる。遠くで何かが爆発したか、あるいは大型ドローンが飛行しているのか。微細な土埃が舞い、天井の鉄骨が軋む。危険だ。このままここに長居すれば崩落に巻き込まれるかもしれない。


 だが、洞窟の奥からわずかに電気的な光が揺らめいている。あたしは好奇心と慎重さの間で揺れながら近づく。

 そこには、朽ちた制御卓が倒れていた。画面は割れて暗いが、内部のコンデンサに残った電荷が怪しく放電しているようだ。この放電現象で弱い電磁波が生まれ、苔の微生物が反応しているのだろうか? 闇の中でかすかに光る苔の上を、小さなバイオメカ昆虫らしきものが這っている。


 昆虫たちは、金属の脚を持ち、体内に微小なナノ構造を抱えているのかもしれない。人間が小動物を改造していたように、昆虫にも何らかの実験をしたのか。

 あたしはあまり近づかないようにして、慎重に迂回する。噛まれたり感染されたら厄介だ。


 やがて、洞窟の先で崩落部分を乗り越えると、再び人為的な階段跡に出た。錆びた階段を降りると、狭い管路があり、その先にはタワー地下へ続く通路があるかもしれない。

 protoCROW計画の実験場の近くに入り込んだ実感がある。もしあたしと同様の改造生物がここで生み出されていたなら、タワー本体にはより高度な研究設備やデータベースが残っているかも。


 呼吸を整える。EMPトラップ、強化ファイバー、データ断片。準備は万全じゃないが、できる限りのことはした。

 地上でドローンが跳梁し、地下では崩落が進み、時間はあたしの味方をしてくれない。早めにタワー地下4階を見つけてシャフトへ到達しなければ。


 先へ進む途中、突然、足元が滑った。床には苔と水が混ざり合い、ツルツルしている。前脚を踏み外し、肩を打った。痛みが走り、出血する。クソッ! 油断した。

 だが、こんな怪我で立ち止まるわけにはいかない。首元につけたファイバーで止血は難しいが、舌で傷を舐めて落ち着かせる。筋肉の鎧が衝撃を和らげてくれたおかげで、骨まではいってない。


 痛みをこらえ、さらに数十分進むと、崩れた配管やケーブルが増えてきた。これらはデータセンターへ通じるインフラだったろう。

 階段を降り、もう一度地図データを脳裏で反芻する。Basement Level 4……タワーの根元近くまで潜れば、シャフトがあるはずだ。


 しかし、そろそろ休息が必要だ。さっき負った傷が痛むし、長い潜行に身体が悲鳴を上げ始めている。

 小さなくぼみを見つけ、そこに身を横たえる。光を最小限に抑え、呼吸を整える。EMPトラップはまだ未完成だが、使用時には即席で組み立てればいい。


 思い返すと、地下実験室で見た骨とフレームの生物。あれもまた、あたしと同じように人間が作った存在だ。なのに今では誰もいない。人間が消え去ったあと、改造生物たちはどうなった? あたしのように生き延びたやつがいるかもしれないが、出会ったことはない。


 孤独だが、進むしかない。最終ノードでprotoCROW計画の全貌を知れば、あたしがこの乾いた世界でどう生きるか、指針を得ることができるだろう。

 眠気がじわじわと押し寄せる。地下は静かで、遠くの滴り音が子守歌のようだ。少し仮眠を取ろう。傷を休め、体力を回復するんだ。


 まぶたを閉じると、またあの白衣の人間たちの幻が脳裏をよぎる。笑顔で犬を囲み、モニターを見つめる科学者たち。犬に指示を与え、作戦行動をテストする様子。

 あたしはかつて、彼らの道具として使われる運命だったのか。それとも何か別の目的、例えば救助や再生計画の一部だったのかもしれない。分からない、だから知りたい。


 軽く唸り声を出して夢を払う。疲労が重くなり、ついに眠りに落ちる。

 明日、目覚めたら、もう少し奥へ進もう。エレベーターシャフトを見つけ、上部フロアへ登るためのプランを考える。EMPトラップとファイバー補強で少しは有利になるはずだ。


 静かな地下洞窟で、あたしは重傷と疲労を負いながらも、生存への意志を燃やし続ける。protoCROW……その名を噛みしめながら、暗闇の中で牙を研ぐ。この世界に、あたしの存在を賭ける理由を見つけるために。


――第7章、了。

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