5話:よく考えたら水族館には小学校の遠足で行ったことあった。
やや、性的なシーンがあります。
「それで、今から何するの?」
陽太は駅から出ると軽く伸びをしてそう言う。
私たちは陽太の部活が終わり次第、私鉄、JRのジーゼルカー2本と電車とこまめに乗り継いで、最後に乗った第三セクターの終着駅で降りた。降りた駅のホームは人ではなく、たぬきの置物で埋め尽くされていた。
午前中に私は簡単な買い物と目的地までの切符を買っておいて、お昼は簡単なおにぎりをホームで食べるという、お急ぎモードでやってきたけど思ったよりも時間がかかった。
「いまからね……、」
「うわでっか!」
私が今日の予定を伝えようとしたところで、陽太はそう驚いた声を上げる。
陽太の視線の方には二階建ての家の屋根ほどの大きさがあるたぬきの置物が鎮座していた。
ーーあれは、電話ボックス?
「めっちゃ、おっきいね。」
想像していたより大きくて、私も驚く。
陽太は、近寄って行って写真を撮っている。私ははしゃいでいる陽太が面白くてそんな彼の写真をとる。
「もう、何やってんの?」
陽太は私の方を見て抗議の声を上げる。
ーー気づかれた。
「楽しそうだったから、つい。」
私は、ずいずいと陽太に近づいて、彼からスマホを奪う。私のiPhone5cよりも彼のiPhone6の方が少しだけいい写真が撮れるのだ。
「ほら、こっち向いて。」
私は彼の腕を抱き寄せて頬をくっつけて、内カメラで自撮りをする。
ーーうん。うまく取れた。デカたぬきも映っていい感じだ。陽太もなんだかんだ笑っている。
「それで、今から何するの?」
私が彼のスマホを返すと、先ほどと同じ質問を私に投げかける。
「あ、そうそう、確かになんも言ってなかったね。ちょっと行ったところで陶芸体験できるんだよー。私、それやってみたくてさ。」
私は彼の手を取って、駅正面からまっすぐ続く道を歩き出す。
駅から二軒目の建物も焼き物屋さんで、一人では抱えられないくらい大きなカエルや人間サイズのたぬきの置物が所狭しと置いてある。
「焼き物の町なんだっけ。」
「そうそう、電動ろくろ?っていうんだっけ、あれを回したいと思ってねー。」
私は自分のスマホをポケットから出して、ルートを確認する。左手は彼の手を握ったままだ。
ーーこっちであってる。
「あ、絵付けとかじゃないの?」
「うん。くるくる回るやつ。絵付けはさ、なんだかいつかにやったじゃん。」
私たちが歩く道沿いには数軒に一つは焼き物屋さんで、たぬきの置物が並んでいたり、鮮やかな青色の鉢が積み重なっていたりする。
ーーあ、フクロウが並んでる店もある。
「あー、いつだっけ、小学校の社会科見学か遠足かでやった気が……」
「そうそう、あれ、4年生くらいだよねー。あの時のお皿なんだかんだよくつかってるなー。」
「そうなの?どんなやつだっけ。」
「ほら、百均とかで売ってそうな幾何学模様のやつ。たまに使ってるでしょ。」
二人分のおかずをのせるのに丁度良いサイズなのだ。うちで夕飯を食べるときには使う時がある。
「あれね。確かに、おとなしい柄だから気づかなかったよ。」
「まあね。あの時みんなその時好きだったキャラクターとか、小学生っぽい絵をかいてたけど、私は使うことを考えてああいう柄にしちゃったから。」
「まあ、いつも使える方がいいもんね。僕の作った奴なんて、どこに行ったかもわからないから。」
「えー、そうだっけ。帰ったらさがしてみようよ。」
私が少しおどけていうと、彼は優しい無言の笑顔で返した。
それからも道端のかえるやたぬきに驚いたり、陶芸教室の多さに感心したりしながら歩いた。
駅から歩いて10分もせずに目的の陶芸体験ができるお店にやってきた。『ろくろ道場』と大きな文字で書いてある。たたずまいは作業小屋のようだ。
「お邪魔しまーす。」
開け放されていた入口から顔をのぞかせる。
お客さんは誰もおらず、店主と思われるおじさんが新聞を読んでいた。
店内は雑然としていて、そこら中に土くれがある。
ーーいかにも陶芸教室という感じだ。
「はいはい、いらっしゃい。ろくろ体験かな?」
少し見た目がいかついけれど、なんだか気さくそう。
私は、「はい」と答える。陽太は、私の横に来てきょろきょろしている。
「じゃあ、一人1時間1000円で土は使い放題、もしできたものが焼いてほしかったら、焼代と送料は大きさによるから後で払ってね。」
「わかりました。二人分お願いします。……それでよかった?」
私は注文した後に陽太に呼びかける。
「ああ、うん。僕もやりたいな。」
「よかった。二人分で。」
店主のおじさんは私たちのやり取りをにっこり笑いながら、
「二人ね。じゃあ、ちょっと土、準備するから、荷物おいて、そこにあるエプロンつけててね~。」
といって、電動ろくろの準備をし始める。
紺色の大きいエプロンのつけ合いをしているうちに、店主のおじさんは準備を終えて私たちを呼ぶ。
「二人とも、電動ろくろは初めてかい?」
私たちはうんうんとうなづく。
「そうかい、やり方た、このろくろの前に書いてあるとおりで、まず、手をよく濡らす。」
店主のおじさんはろくろの前に貼ってあるラミネート加工された手作りの図の通り説明をしてくれた。
二回ほど基本のお茶碗の作り方を教えてくれた。
「じゃあ、やってみようか。1時間しかないからどんどんやって、どんどん失敗して!初めてだからお茶碗がうまくできれば上出来だ。」
陽太は「わかりました」と答えておじさんの座っていたろくろの前に座りなおす。私が隣に座ろうとすると、おじさんは「ちょっと待ってね。」と言って、土を整えてくれた。
「はい、じゃあ、1時間頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
そういうと店主のおじさんは私たちから少し離れたところに移動して座った。
それから私たちは何度も泥を飛ばしたり、失敗して土をぐちゃぐちゃにしたりしながら、いくつかお茶碗を作った。初めのうちは全くうまくいかなかったけれど、20分もしたら形のあるものができてきた。最後には、少し口が厚かったり、底が浅かったりするけれど、ちゃんとお茶碗の形をした土塊がいくつも並んだ。
陽太の方は私よりもセンスがあったようで、私のよりも口が薄くて真円にちかい。
店主のおじさんの方を見ると途中から入ってきた知り合いと思われるおじさんと「ヤマカガシって昔は毒蛇じゃなかったよなあ」なんて話をしている。
ーーそろそろ時間が過ぎるけれどどうしたらいいのだろう。
「あのぅ……」
私は振り向いて声を掛ける。
「……ん、おお、そろそろ時間だね。うん、結構うまく作ったね。」
店主のおじさんはそう言いながら近づいてくる。話をしていたおじさんは「じゃあ、また」と帰って行った。
「えっとね。焼きはその大きさなら一つ1500円ね。送料は1件1000円、でいくつ焼こうか。」
「じゃあ、一つずつお願いします。……陽太もそれでいい?」
「うん。全部お茶碗だし、一番いいのだけ焼いてもらうよ。」
私たちは、自分の中で一番よくできたと思うものを選ぶ。
「じゃあ、ひと月くらいで送るから、待っててね。一応注意事項としては、初心者が作ったときは割れちゃうこともあるっていうのと、デザインは俺がやっちゃうからそこは勘弁ね。」
「わかりました。全然問題ないです。」
私は「やっぱり、焼きあがる頃には死んでるな~」なんて考えながらも、「陽太が受け取ってくれればいいだろう」と受け流す。
「じゃあ、手を洗ったら、送り状書いてお支払いね。」
それから、私は送り状に陽太の住所を書いて、体験代と焼成代それから送料を払う。二人合わせてもたった7000円だった。普段なら少し気おくれする値段だけれど、もともと考えていた温泉旅行とか、高めのレストランに比べたら十分安い。
陽太は半分だそうとしてくれたけれど私は止めた。どうせ貯蓄した進学資金が使わずに残るのだ。問題ない。
「じゃあ、楽しみに待っててね。」
店主のおじさんはそう言うと店じまいを始めた。私たちが最後の客だったようだ。
「やー、楽しかったね。陽太。」
「そうだな~。途中から結構うまくいって楽しかった。」
「陽太は得意そうだね。手先、器用だもんね。」
私たちはそんな他愛もない話をしながら速足で駅に戻る。次の列車を逃すと1時間半後になる。
きちんと列車の出発前には駅について、無事に乗車した。
はじめ思い描いていたような甘いデートではなかったけれど、なんとなく楽しかった。
さて、これからどうやってそういう雰囲気に持ち込もうか。
***
「今日はさ、なんで陶芸体験だったの?」
いつもの通り、私と陽太は二人で食卓を囲んでいる。
当初の予定では駅前のファミレスで夕飯を食べようと考えていたのだけれど、やっぱり自分たちのご飯が食べたくなって帰ってきしまった。
ただし、駅前のスーパーでちょっといいお肉を買ってすき焼きを作った。私も陽太もすき焼き風の味付けには慣れていたけど、ちゃんとしたすき焼きは食べたことがなかったので、ただの甘じょっぱい鍋になってしまっている。部屋が暑くてエアコンが大活躍だ。
……、もしかしたらすき焼きは夏に食べる献立ではないのかもしれない。
「ん-。なんでって?」
私はシメのうどんをすすりながら答える。
「ほら、昨日は水族館とか、高いディナーとか、温泉とか言ってたけど。」
「あー、そういうこと。まあ、やったことなかったからかってのはおっきいかな?水族館はなんだかんだ遠足とかで行ったことあるし、高いディナーに行けるようなちゃんとした服とか、そういうの持ってないし。それに、温泉に行っても別行動でつまんないかなって。」
彼はもううどんを食べ終えていて手持ち無沙汰にしている。
「まあ、そうか。」
「それとね。一番の理由は、残る物が欲しかったからかな。」
そう答えると、私は最後のひと啜りを口に入れる。
彼は私が嚥下するのを見てから反復する。
「残る物?」
「うん。そう。焼き上がりには間に合いそうにないけどね。」
私はなるべく無味乾燥な返答をする。
湿っぽくはしたくなかった。
「だからさ、陽太はちゃんと受けとってね。」
私はそう言い捨てると、食器をまとめて立ち上がる。
「陽太先にお風呂入ってきなよ。私片づけとくからさ。明日は早いんでしょ。」
「ああ、うんわかった。ありがと。」
陽太も自分の食器とすき焼きの入っていたフライパンをキッチンのシンクにおいて、浴室に向かった。
私は食器を食洗器に突っ込んで、やや焦げてしまったフライパンの汚れもお湯と洗剤で簡単に落ちた。
食洗器を回して食卓を台ふきで拭いている頃には、陽太が浴室から出て二階に上がっていく音が聞こえた。
私も続いて浴室に向かう。
髪を濡らしてすぐ髪に泥がついていたことに気づく。
それから私はいつもより入念に体を洗った。
体を拭いて、今日買ってきたショーツを履いて半裸のまま髪の毛を乾かす。
胸のあたりまで伸ばした毛量の多い直毛は乾かすのにやや時間がかかる。先に服を着ると寝巻が濡れてしまう。陽太はノックもせずにドアを開けたりしないので大丈夫だ。
髪の毛が粗方乾いたので、ドラム式洗濯機から、乾かしておいたダボTをとってワンピースのようにかぶる。
『Fight like a Girl』のプリントがいつになく印象的だ。
二階に上がると陽太は自室の勉強机に向かって、PCで何か調べものをしていた。
ここ数日、この部屋を私は自室のように使っているけれど、陽太の部屋だ。用事があったら入るのは普通か。
私は声もかけずにベットに倒れこむ。
時間はまだ9時、明日が早いとはいえ、まだ寝るには早い。
「ねえ、明日は、何時?」
私はうつ伏せのまま陽太に声を掛ける。
やや、緊張しているのか声がかすれている。
「ああ、今調べてる。大体7時半には起きるかな。」
「そう、いつもの時間だね。」
「うん。場所も時間も変わらないからね。自分の準備はないけど、後輩たちの手伝いは必要だから。」
「そっか……、いつも偉いね」
この話題はダメだ。
いつも通りになる。
私は寝返りを打つって天井を見上げる。
それから、深く息を吸って、吐く。
それからすこし、間を開けて、また、陽太に話しかける。
「ねえ、知ってる。」
「なに?」
陽太は全然気にした振りもせずにとぼけた返答を返す。
そういえば「ねえ、知ってる?」から始まるショートアニメがあったな。なんてことを思いながらも、私は続ける。
「……男の子は初めての彼女を忘れられないけど、女の子は新しい彼氏で上書き保存するんだよ。」
私は天井を見つめたままで陽太の様子を見はしない。
いまは、彼の方を見れない。
「急にどうしたの?」
陽太は、やや気だるそうだ。
離しながらも検索をやめる気配がなく、クリックやタイピングの音が聞こえる。
「ううん。陽太ってさ。最初の彼女覚えてさなそうだなって。中学の時だっけ?」
「ああ、生徒会の先輩だったかな。」
「そういう関係だったんだ。そういえば、1年のころから一人は生徒会やらされてたっけ。」
「まあね。」
中学の生徒会では、前期が3年だけれど、後期は2年が生徒会の主担当で一人は一つ下の学年から雑用係を出されていたと思う。陽太は人がいいので面倒な雑用係を押し付けられていた。
「まだ、連絡とってたりするの?」
「いや?……すぐに振られたし。ガラケー時代のメールだったからもう手段がないかなー。」
確かに、中学の頃の知り合いとは機種変更のせいで連絡手段のない人が多い。
まあ、私は中学のころそもそも携帯電話を持っていなかったので、ほとんど連絡先を持っていない。
同じ中学から進学した子たちの連絡先を知っているくらいだ。
「じゃあ、高校に入ってからは?」
陽太はタイピングを止める。
私はなんとなく話しずらいのかと訝る。
「まあ、同じ部活にいるから普通に友達だよ。」
「確かに。女子部長の岡野さんだっけ?」
「そう。岡野奈那子。結局一回デートに行っただけで、部活の人にばれて自然消滅した感じ。」
陽太はまたPCで作業を始めた。
「部活内恋愛はダメなの?」
「いや、そういうことではないけどね。後輩ができて、結局よく働くのが僕と岡野ってだっただけで。それなのに私生活までっていう雰囲気にはならなかったんだよ。」
「部活、とっても大変そうだもんね。」
陽太は部長でもないのに部活の後輩教育に責任感を感じている。単純にエースでもあるみたいだし、そういうものなのかもしれないけれど……。
けれど、あまりやる気のない人たちに流される男子部長や、自分の練習には注力するけれど後輩教育や部活の雑務を放りだす数名の部員たちのせいで、真面目な性格の陽太は割を食っているんだろうというのが私の見立てだ。
多分、岡野さんもそんな感じなんだろう。
「陽太は、さ。」
私は言いかけた言葉を飲み込む。
結局、陽太の人付き合いへのドライさはやっぱり家族との関係に起因しているんだろう。
ただ、生来の真面目さからか責任感を感じたことには執着する。
恋愛では、見てくれは悪くないし、真面目で優しくて、でも芯が通った性格だから仲良くしている女の子は陽太に魅かれる。けれど、陽太はあんまり他人に興味を持てないから関係が続かない。自分に興味を持ってくれない男と付き合うのは、女の子にとって辛し、責任感では恋愛はできない。
それにーー。
「どうしたの?」
陽太はPCを閉じてこっちを振り返る。明日の時間は調べられたのだろうか。
私は少しだけ陽太に目線を向けて、また天井を見る。
「ううん。何でもない。」
ーー陽太には私がいる。
私と陽太はずっと共依存をして生きてきた。それを大っぴらにはしていないし、知っている人はお互いの親くらいだ。
けれど、それはやっぱりお互いの外へ興味を向けるのを妨げているんだと思う。お互いに依存しているくせに、それ以上の関係は望まない。そういう関係が外にも、内にも進まないそういう関係が。
だからこそ、私と彼が新しい関係になるにはあと一歩どちらかが踏み出さなければいけない。
「そう。いいけど。」
私は寝返りを打って、陽太に背を向けるように横向きになる。
「ねぇ、……。」
また、言葉に詰まる。
単純な言葉すら出てこない。「私の今以上の関係になろう」そんな言葉は出てきやしない。
結局、私は彼との関係を変えることが怖いのだ。
「ん?」
陽太はとぼけた声をだす。
今どんな顔をしているだろうか。
わたしの変な様子に気づいているのだろうか。
「……、こっち、おいでよ。」
私は思い切ってそう言う。
私と陽太は共依存の関係だ。共依存、なのだ。
そこそこの距離をとって、お互いに干渉せず、でも協力するそういう関係でやってきた。
つかず離れず、……離れず生きてきた。
だから、近寄ってほしい。そんな私の提案は、驚くものだと思う。
陽太は戸惑ったようで、一瞬反応はなかったけれど、椅子から立ち上がってベットの中ほどに腰を掛けた。
ーー私の意図は伝わったみたいだ。
私は少し後ずさって、陽太の腰と背中をくっつける。
自分の鼓動がうるさいくらい聞こえて、なんというか
本当にうるさい。
「……電気、消してよ。」
陽太は無精紐に手を伸ばして部屋を薄暗くした。
「……」
「……」
私たちは二度目のキスをした。
女の子は最後の男を忘れない。